第二王女、正体を表す
魔導王国首都にある宮殿にある国王の寝室にて十賢者ドミニクの自白は続く。魔導王国の者は暗殺された国王の死体をほったらかしに使用人兵士関係なく皆が第二王女アニエスに跪いて頭を垂れる構図。異様すぎる。
「ことの発端は王太女殿下が数名の十賢者と精鋭部隊を率いて魔導王国を代表して魔王城での決戦に挑んだ際ですな。御存知の通り王太女殿下は魔導王国随一の魔法の担い手。あの勇者一行にも劣りますまい。その腕をもって殿下は魔王めの娘、すなわちマリエット様を死闘の末に捕らえたわけです」
「それは知っています。しかし魔王女マリエットは厳重に拘束された状態でこの国に護送され、そのままこの宮殿の地下深くに封印された筈でしょう」
「ところがどっこい! その時点で王太女殿下はマリエット様の手中にはまっていたのですよ! マリエット様は対象の心を意のままに操りますので、ね。マリエット様の虜になった王太女殿下はあの方の仰せのままに身代わりを仕立て上げて封印したというわけです」
「なんということを……」
ふーん。魔王城での決戦でマリエットがティファニーを洗脳だか魅了だかして偽ティファニーをこしらえて封印させたわけか。じゃあアレの背中に付いた飾りの翼はマリエット自前のものだったのか。
完全に蚊帳の外な妾は床に座り、イヴォンヌは壁にもたれかかった。魔人形態になって二足歩行を得たせいで歩行にも違和感が拭いきれん。とは言っても一度真女王に進化したら二度とアリの形態に戻れんし。慣れるしかあるまい。
「マリエット様は続いてこの王宮内を掌握。あたかも魔王女マリエットは封印されていると思わせた。そして御自分を別の存在に成り代わって振る舞っても疑問にも思わないようになさったのです」
「ありえない! それが事実ならこの魔導王国に魔王の娘が潜んでいることになるじゃないですか!」
「その疑問にお答えするのは最後にして、マリエット様のお望みは未だ勢力と軍事力を保っていた魔王軍第三軍を巻き込み、この魔導王国を新たな魔王領とするためです。これがこの戦争の目的です」
「最初から魔王女マリエットの術中だったというわけですか……!」
アニエスは憤りをあらわに拳を握りしめて歯を食いしばる。こうまで母国を好きなようにされて悔しいだろうし憎いだろう。そして自分のもとに全てがお膳立てされたことも腹立たしいに違いない。
しかしだなぁ、妾の直感が訴えてる。真相はもっとえげつなくて、魔導王国の者共は残らず弄ばれて、フェリクスの都合よく事態が動いて、妾は佳境に入ったところでいいようにこき使われたんだと。くそったれが。
アニエスはドミニクへと手のひらを向ける。超能力者の彼女のその動作は魔導師が杖を向ける行為に等しい。いつでもその頭を吹っ飛ばせるとの意思表示だが、ドミニクはそんな危機的状況でも飄々としていた。
「それで、魔王女マリエットはどこですか? ロザリー達に差し出すと約束した以上は果たさねばなりません。まさか魔導王国が魔王軍の一部になったから魔導王国内に潜んでるだろう魔王女も差し出したことになる、だなんて言いませんよね?」
「いえ、最後の仕上げとして議長閣下にご退場いただければ姿をお見せになられますでしょうな」
「……!? 私も暗殺するつもりですか……お父様のように!」
「アニエス第二王女殿下を? いえいえ! それならば既に終わっておりますので」
アニエスが何かを言う前に控えていたメイド、って言ったっけな、が二人がかりで大鏡を運んできてアニエスの前に立てた。魔道具でも何でもなくこの部屋のものなので罠などはありそうにない。
しかしアニエスはそれを見て青ざめる。なんと鏡に映る彼女はアニエスと左右対称ではなく全く違う姿勢だったからだ。鏡のアニエス……だった何者かは嘲笑を浮かべ、ゆっくりとした仕草でこちら側のアニエスを指差す。
「何を、やめて……」
鏡の向こうの何者かが何かしら口ずさんだ。人間の唇を読むのは難しいしそもそも言葉という交流手段だって大して会得出来てない。しかしそんな妾でも奴が何と言ったかは察せられた。
マインドコントロール。
奴は確かにそう宣言していた。
直後、大鏡は蜘蛛の巣状にヒビ割れてアニエスはぐったりと項垂れる。使用人連中が頭を垂れたままで心配する素振りも見せないのでどうしたもんかと悩んでいたが、やがてアニエス……いや、アニエスだった誰かが髪をかき上げて上体を起こした。
「ご苦労だったわねドミニク。最後の命令を復唱なさい」
「はいっ。吾輩はご乱心なさった元王太女殿下に自決を進め、嫉妬に狂ったティファニー殿下が暴れるのを命をとして食い止め、悔い改めるために自決する。そうですな?」
「ええ。じゃあ今すぐやってきなさい。もうティファニーも貴方も用済みだわ」
「畏まりましたぞ! しっかりと見ていてくださいませ、このドミニクめの最後の仕事を!」
ドミニクは意気揚々と立ち上がり、部屋の出入り口の扉両脇で事の成り行きを見ていた妾達を一瞥もせず、部屋から立ち去っていった。部屋に残った使用人は砕けた大鏡や国王の死体、汚れた寝具の片付けを粛々と進めていく。
肝心の元アニエスは衛兵が持ってきた豪華な椅子に腰掛けて足を組んだ。ご満悦な様子がふてぶてしいな。イヴォンヌは露骨に顔をしかめるし妾だって絶対に跪いてはやらないからな。
「そう、やっぱり貴女がマリエットだったのね」
「ええ、そうよ。この私が魔王の娘、マリエットですわ」
アニエス改め真のマリエットは肘掛けに肘を乗せて手に顎を乗せる。
その微笑みは人間では決して浮かべられない妖艶さと魔性の魅力があった。




