第二女王、最終手段を選択する
■(第三者視点)■
魔導王国元老院議会。最優先課題は今なお攻め手を緩めない魔王軍への対策についてだが、先の戦争で精鋭部隊は全滅し、虎の子の空中要塞を奪われる大失敗に終わった。もはや野戦での応戦は各地方の部隊をかき集めても不可能なまでに陥っていた。
もはや魔導王国首都まであと都市一つの距離まで攻め込まれている。既に最終防衛線となる都市および首都には避難勧告を発令した。魔王軍が到達するまでには住人は都市からいなくなっている予定だ。
生還出来た人員はおよそ二割ほど。それほどの犠牲により敵側に与えた損害は多く見積もっても全軍の三割ほど。それも魔の森から新たな個体が続々と補充されている。次の戦が行われる頃には回復しきっていることだろう。
「……やはり上手くイレイザーキャノンを命中させるしかありませんね」
「それしかありませんでしょう。最終防衛線で敵軍を食い止め、姿を見せるだろうアリめの真女王を狙い撃ちするしかございません」
「イレイザーキャノンのチャージ状況は?」
「二日以内には満杯となる見込みです」
魔の森に隣接する城塞都市を消し飛ばした戦略兵器は再稼働にそれなりに多くの日数を要する。これまで再使用しなかったのも魔力を充填中だったからだ。それほどまでに魔王軍の勢いが激しかったことを物語っている。
「それで、最終防衛線に割り振れる戦力は捻出出来たのですか?」
「かろうじて戦いになる程度には……。もはや敵軍に対抗するには防衛兵器頼みで籠城するしかございますまい」
「充分です。最後の機会だと気を引き締めて挑みましょう。もはやアリの真女王に対抗しうる十賢者という手札も切れませんからね」
巨大アリの真女王によって十賢者は尽く倒され、残りは二名となった。クロアリの真女王に三名も投入したが返り討ち、空中要塞を守護していた一名もシロアリの真女王によって討たれてしまった。それまでと合わせて八名も犠牲になったことになる。
第二王女は残った十賢者の一人であるドミニクに視線を移した。元老院議員の多くが恐怖と絶望に彩られる中でもドミニクはひょうひょうとしながらヒゲを撫で回して議場を観察してニヤける、いつもの様子のままだ。
「十賢者ドミニク。何か案はあるかしら?」
「ほう! 王女殿下が我輩めに意見を求めるとは珍しいですな!」
第二王女はわずかに眉をひそめるが、不快感はすぐに飲み込んだ。
「オーギュストにあてがった三体の剣士。クロアリの真女王……ロザリーと名乗っていましたか。彼女が言うには魔王直属の親衛隊騎士を洗脳したものだそうですが?」
「ええ、そうですとも! 魔王軍の捕虜を有効活用しておりました。洗脳の調整に時間がかかり実戦投入は初めてでしたが、成功と言っていいでしょうなぁ」
魔王を討ち果たして魔王軍に勝利した後、決戦に参加した各国に戦利品が分配された。生け捕りにした捕虜も含まれており、大規模な動員をした魔導王国も多くの財宝、資源、捕虜を得ていた。
ドミニクが選んだのはまさに捕虜とした魔王直属の親衛隊騎士。つまり彼はわざわざ洗脳の実地検証のために貴重な捕虜を費やしたことになる。無論ドミニクのことだだから浪費ではなく必要な投資だったのだろう。そう第二王女は睨んでいた。
「では、魔導王国預かりとなったあの者は有効活用出来ますか?」
だから、最後の手段を口にした。
「で、殿下!?」
「あ奴を利用しようなどとは大変危険です!」
「今度もまた制御出来るとは限りませんぞ!」
「ひょっひょっひょっ! 我輩めはその言葉を待ち望んでおりましたぞ!」
元老院議員が次々と反対意見や懸念を表明しだすが、ドミニクは構わずに歓喜を顕に笑い声を上げる。第二王女は各々に視線を巡らせ、眉間を指で揉んでからガベルを叩いて静粛になるよう促す。
「では、議決を取って決めましょう。それが正しい議会制政治というものです」
その後も活発な議論が行われたが、結局第二王女の提案は賛成多数で可決された。
すぐに議場を退出した第二王女とドミニクは数名の護衛騎士を引き連れて魔導王国で最も警固な場所、王国宮殿内を進む。戸惑う宮殿使用人や文官達に元老院の決定を記した公式文書を見せつけて歩みを止めない。
第二王女一行は宮殿地下へと降りる。倉庫、宝物庫などを通り過ぎ、更に下へ下へと向かった。そして最下層に着いた一同の前には固く閉ざされた重厚な扉が立ちはだかった。そして第二王女達を数名が出迎える。
「ごきげんようアニエス。元老院は彼女の封印を解くことを可決したのですわね」
「お姉様……失礼しました。王太女殿下、お久しぶりでございます」
第二王女アニエスやドミニク達は待ち受けていた女性に臣下の礼を取った。
第一王女にして王太女ティファニー。彼女が十賢者最後の一人にして首席、魔導元帥を兼任する魔導王国を代表する大魔導師だ。百年に一度の逸材と言われるほど卓越した魔法の使い手である彼女は魔王城での決戦にも参加し、寵姫を始めとして強力な敵を何体も撃破し、勝利に貢献した。
封印されし者もティファニーが死闘の末に生け捕りにした。即刻の処刑も叫ばれたが、何かしら有効活用出来る日が来るとティファニーが主張したために魔導王国管理の下で封印されていた。
「申し訳ございません。魔王軍第三軍団を名乗る魔物の軍勢により我が軍に甚大な被害が生じてしまいました。空中要塞すら一隻敵の手中に……」
「それだけ相手側が強かったってことでしょう。謝る必要はありませんわ。わたくしが一生懸命戦って封印した彼女を駆使して挽回すればいいじゃないの。ドミニクが研究してた制御の目処は立ったのでしょう?」
「ええ、ええ、そうですとも! お喜びください王太女殿下! 多くの犠牲を伴いましたがとうとう成功させましたぞ!」
「ドミニク! 王太女殿下の御前ですよ!」
「構わないわ。さ、じゃあ早速試してみましょう」
アニエスはお辞儀をした後護衛に命じて厳重に施された扉の封印を解除、鎖を巻き上げて扉を開かせた。こもった古い空気が漂ってきたのでアニエスは思わず口元を押さえる。ドミニクやティファニーは構わずに中へと入っていった。




