とりあえず黒竜討伐
黒竜に攻撃を与えた私は、更に連続して拳撃を叩き込む。
「【トリプルアタック】! 【ダッシュインパクト】! 【トリプルアタック】!」
三連撃を加えた後、【ダッシュインパクト】で腹に潜り込むと、そこへ更に連撃を加える。MPの心配があるので普段はスキルを節約したりするが、今は外部からMP回復スキルを貰えるので気にせず攻撃に集中する。すると、黒竜の腹に打ち込んでいた私はある変化を見つける。黒竜の腹がゆっくりとだが膨張しているように見える。その事を首辺りで攻撃しているエースへと伝えると──
「エース!」
「どしたー?」
「何か黒竜のお腹が何かおっきくなってるの!」
「ぬ、こんな体勢で【ドラゴンブレス】を撃つ気か」
エースと共に首筋をポコポコと【猫パンチ】していた伯爵さんがムッとした表情になっている。
「伯爵、【ドラゴンブレス】ってあの空気砲?」
「うむ。予備動作に時間が掛かるから飛んでいる時ぐらいしか使わないんじゃが、稀に地面に居る時でも使うからの。タゲはこちらに来ているがアレは範囲がデタラメに大きい。一旦下がらせた方がいいじゃろう」
「おっけー。ユイ! 何かデカイ攻撃してくるから一旦後ろに下がるよー!」
「分かったー!」
ユイが後退をし始めたのを見守るエースは、自身もユイの後を追う。
「ついでにこれはお姉さんからのサービスだ。【薬物生成】」
エースのスキル【薬物生成】は、状態異常効果のある液体を生み出す事が出来る。【薬物合成】と違いアイテムを素材としない分、手軽に行えるのが強味だが少し効果が弱い。しかし【薬物特攻・極】と【薬物効能・極】で既に効果とダメージを高めており、【抵抗力低下付与】と【症状強化付与】で更に効果時間と確率は上げてある。そして生み出す状態異常は【沈黙】。うまく掛かれば口を使うスキルを一定時間封じられる。だが【麻痺】や【毒】などと違って、掛かる時間もそう長く無く、せいぜい逃げる時間を稼げる程度だろう。尤も、高レベになればこの数秒の時間でもやれる事は多いが。
阿吽の呼吸で硬い皮膚に幻舞が切り込みを入れると、エースは腕をそこへ突っ込み、中に液体を注ぎ込む。そして腕を引き抜き黒竜の名前の横を見ると、【麻痺】、【毒】、【部位破壊】の隣に【沈黙】のアイコンが表示されている。
「よっしゃ、じゃあ伯爵よろしく!」
「任せろ。注意を引く事に関しては吾輩の領分じゃ」
スタコラサッサー。ユイの後を追うエースを見送る伯爵の隣には、悲しげな表情で見つめる青薔薇の姿。
「お前さんも、本当はああいう風になりたいんじゃろ?」
青薔薇の背に向けて言う伯爵。彼は振り返らず言葉を紡ぐ。
「……僕にはきっと無理です。ずっと傍に居て、止める事もせずにただ流されるだけの卑怯者が……あんな眩しい関係に戻れるとは思えません」
「そうじゃろうな。お前さんからは変わろうとする気概が感じられん。今こうしているのも、あの男からそうしろと命令されとるからじゃ。隠れて報告を逐一『通話』しとるのも知っとる」
伯爵からのまさかの言葉に驚きを隠せない青薔薇。
「──ッ! ……じゃあ何故僕をこの戦いに? 情報が筒抜けになるだけじゃないですか」
「吾輩らの情報なんぞ、掲示板でも漁ればすぐ見つかるじゃろう。ユイさんも初心者じゃし、脅威になるようなものは無い」
「では、何故」
「それは少しでもお前さんに変化が、と思っていたんじゃが。はぁ、まあ人間すぐには変われんか」
溜息一つ付いたところで、伯爵は青薔薇に背を向け黒竜へ攻撃を再開する。青薔薇は少し棒立ちになったが、すぐに避難を始め動く。その姿を視界端に収めた伯爵は独り言ちる。
「お前さんも昔はユイさんのように、ただ冒険を楽しむプレイヤーじゃったのに。どこで違えてしまったのか」
黒竜の纏う空気が変わり、周りの景色が霞んで見える。それはまるで、青薔薇の進む道を示しているように。
私達は充分距離を取ると、黒竜の方へと振り返る。そこには口を大きく開け、先程よりも更に膨張させたお腹の黒竜が居た。てっきり皆も距離を取っているかと思ったら、殆どの人は黒竜に張り付くように陣取っている。
「皆逃げてないけど大丈夫なの?」
心配を口にするとエースはカラカラと笑う。
「今から来る攻撃は、むしろ距離が離れてる人に当たるもんだからね」
「えっ」
それを聞いて、じゃあなんで逃げてきたの? 私意味無いじゃん! と反論の声を上げたが、エースは──
「いや、ピッタリくっ付いていたらその後の攻撃食らって死んじゃうでしょ」
「あ、そっか」
言われて見れば確かにその通りだった。あの人達は対処が分かっているからこそあの場所に居られる訳で、私みたいに一撃でやられちゃう訳では無い。その事に気付かなかった私は、やっぱりまだまだなんだとしょんぼりする。その姿にエースは、「まあ最初は皆そうだから、気軽に気楽にね!」と励ましてくれた。
地面が揺れ始め、そろそろ来る! とエースが臨戦態勢に移る。その数秒後。ゴゴゴゴゴと言う地面を抉るような音と共に、黒竜は目に見えるほどの巨大な息の塊を飛ばす。ゲームの演出上、ああいう息や風は白く見えるようになっている。
前方では伯爵さんが正面から受け止めたものの、余波がこちらまで伝わってくる。幻舞さんが切断するも、威力が落ちずこちらまで到達しようとした時、目の前に青薔薇さんが現れて……
「【一刀両断】」
白い塊は私達を避けるように二つに裂けると、そのまま後ろに進んでいく。背後からは爆撃に近い音と振動が伝わってくる。
「僕も……変われれば……」
青薔薇さんが何か呟いていた気がするが、周りの雑音が言葉を遮る。その背中は少し大きく見えた気がした。
「へぇ、なかなかやるじゃん」
「別に、大した事じゃないよ」
エースと青薔薇さんは相変わらず仲良く無いけど、それでも素直に称賛を送るエースに、少し戸惑う青薔薇さんの姿がそこにはあった。青薔薇さんは大した事無いって言うけど、あんな事も出来るんだと感心していた。ふと青薔薇さんと目が合う。が、すぐに目を逸らすと黒竜へと攻撃しに行ってしまった。なんだろ、照れくさいのかな?
そうして黒竜との戦いは、伯爵さんがソロで戦った時よりもかなり早く、15分を切って終わる事が出来た。
「うぇーい、お疲れちゃーん」
「おっつー!」
幻舞さんとエースがハイタッチしている奥でも、同じように喜ぶ【軒下の集会】の皆さん。中には何故か絶望している人が何人か居る。なんで?
「うーむ、やはり心臓は出なかったか。まあもう使わんだろうが……おっと、ユイさんお疲れ様です」
スクリーンを見ながら歩いてきた伯爵さんは、私に気付くとそれを閉じ挨拶する。なので私も確認していたスクリーンを閉じようとすると、「ゆっくり確認して下さい」と言われ、そのままの状態で会話する。
「お疲れ様です。色々ありがとうございました。あと、何か向こうの皆さんが微妙に元気無いように見えるんですけど、大丈夫なんですか?」
「ああ、あれは物欲センサーに負けただけなので……気にせずとも大丈夫ですよ」
「そうなんですか」
確認を終えスクリーンを閉じる私に、伯爵さんは感想を伺う。
「それよりユイさん。初めてのボス、いかがでしたか?」
「何か……やっぱり皆凄いんだなぁって思いました。連携とかもそうですけど、何ていうか皆凄くイキイキしてて、本当に楽しんでいるんだなって」
「そうですか。ユイさんにそう言ってもらえると、我々も連れてきた甲斐があったというものです」
微笑む伯爵さんに私も思わず笑う。その後、周りを見ながら独り言のように呟く。
「いつか、私もそうなれるかな?」
「あなたが前に進むのを諦めない限り、必ず」
伯爵さんに向かって放った言葉では無かったけれど、それでもエールと共に返してくれた。そうやって話をしていると、エースがやってくる。
「あー! 伯爵がユイを泣かしてるー!」
エースに言われて気が付くと、自分でも知らないうちに涙が出ていたようだ。慌てて拭う私にハンカチを差し出す伯爵さんだが、エースが激しく誤解する一言を放つ。
「伯爵が私の可愛いユイを泣かしてるー! 何をしたスケベ伯爵!」
それを聞いて何故か落ち込んでいた【軒下の集会】の面々が、何事かと駆け付ける。
「いや待てエースよ、違うんじゃ」
「犯人はいつもそう言う」
「吾輩はユイさんと会話を楽しんでいただけで」
「伯爵は会話が楽しかった、ユイを泣かせるような発言をして」
「だから違うと言っているじゃろ。ユイさんからも違うと……」
援護を求める伯爵さんに追い打ちを掛けるように、【軒下の集会】の人達がヒソヒソと噂話をしている。
「これは事件ですな」
「伯爵、エロ紳士にジョブチェンジ」
「ぐへへ、お仕置きが必要ですな〜」
「おいおい、伯爵が一番愛してるのは愛猫のレモンちゃんだろ?」
「ちょマジウケるんですけどー」
散々な言われように流石に青筋が浮かび上がる伯爵さん。この後皆がどうなったのか、多分説明は要らないだろう。
ちなみにエースvs伯爵さんが始まりそうになった辺りで、私の必死の弁明と脇グリグリによって強制的に落とした。その様子を見ていた面々からは、「まさかあの”マッドヒーラー”をこんなにあっさり……是非ユイの姉御と呼ばせて下さい」などという珍事も起きたけど。
とにかく今日はなんだか疲れたなと、ユイは達成感と疲労感でいっぱいになるのだった。




