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ウイニー王国のワガママ姫  作者: みすみ蓮華
2章 それぞれの事情
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Coffee Break : 嫉妬

Coffee Breakは本編ではありませんが、

その時々の物語の背景となる為、若干ネタバレ要素が含まれる場合があります。

気になる方は飛ばして読んで下さい。

 9歳になったある日の事、アベルもまだ城に来ていない朝の時間帯に珍しくオヤジが部屋に入ってきた。


「レイ、お前の従兄妹のレティアーナを覚えているか?3年前にあっているんだが…あの娘は1人で家にいることが多かった所為で心の病気になってしまってなぁ。療養を兼ねて今日からお前の学友として城に通うようになるから。虐めたりせずに仲良くするんだぞ?」


 初めてレティアーナにあったのはあいつがまだ3歳の時だった。

 自分より小さい子供、しかも女を見たのはあの時が初めてで珍しい生き物として俺の記憶の中にそれなりに残っていた。


 げぇ…あんなガキ相手にしなきゃなんねぇのかよ…

 と、気分は最悪だった。


 勉強の時間になると、早速アベルが妹を引き連れて俺の所にやってきた。


「殿下、僕の妹のレティアーナです。レティ、殿下にご挨拶を」

「…こんにちわ」


 アベルの後ろに隠れていたレティアーナは、3年前のそれと違って背も髪も伸びていた上に滑舌よく挨拶をしてきた。

 …顔は何故か顰めっ面だったが。


 俺は驚愕してアベルに訴える。

「おい、これ本当にあのバカっぽいガキか?3年前と全然違うじゃねえか」


 俺の言葉にアベルは苦笑し、レティアーナは目を見開いてからムッと頬を膨らませて、アベルの後ろから俺を睨みつけていた。


「殿下だって3年前と比べて成長してるし、僕も成長してるでしょう?妹だって成長します。子供は成長して大人になるんですよ?」


 それにしたって変わりすぎだろう!とまじまじと観察すると、ますますレティアーナはアベルの後ろに隠れる。


「私、バカじゃないもん」と、小さく呟いたのが聞こえた。

 意味を理解してちゃんと言葉を返してきた事にますます驚いて俺は興味を持ったのだが、如何せんアベルにずっと引っ付いたまま離れないのが気に食わなかった。


「ふぅん…じゃあこれからやる算数で勝負しようぜ!」

 と、学習室へ3人で入る。


 そもそも6歳児相手に張り合うのが間違ってるんだが、小さい頃からアベルと机を並べてアベル以上に学問を叩き込まれていた所為もあって、同じくらい出来て当たり前ぐらいにしか思っていなかった。


 当時俺たちの教育はジゼルダに任されていた。

 それぞれにあった課題をジゼルダが出題し、全て解けたらジゼルダに採点してもらうのだ。


 俺は自信満々に課題を難なくこなし、ふと、レティアーナの答案に目を向けた。

 中を見ればつたない字で、もう何年も前にやったような基本とも言える問題に悪戦苦闘していた。


「ップ」っと思わず俺は吹き出す。

 驚いた顔でレティアーナが振り返ると、俺はニヤニヤと笑いながらレティアーナを馬鹿にした。


「お前、こんな問題で苦戦してんのか?やっぱりバカじゃねぇか。字もすげぇきたねぇし」

「殿下!」


 俺の心無い一言に顔を真っ赤にして口をへの字に曲げると、あっという間にレティアーナは泣き出してしまった。

 それに慌てたのはジゼルダとアベルだった。


「ああ、レティアーナ様泣かないで下さい。…どれどれ、おやちゃんと解けてますよ。大丈夫です。ゆっくりでいいんですよ。ちゃんとお勉強なさればすぐに殿下にも追いつきますからね」

「僕にも見せて。…うわ!凄いなレティは!僕が初めて勉強した時はこんなにいっぱい解けなかったよ。レティは僕より頭いいね」

 2人が賢明に取り繕うと、レティアーナは目に涙を浮かべたままだったが嬉しそうに笑った。


 その様子を見ていた俺はますます面白くなくなって、

「ふん!そんなもん出来て当たり前なんだよ!バカだって言われたくなきゃこれ位解いて見せろよ!」

 と、自分が書いた答案をレティアーナの机に バン!っと叩きつけた。


 すると機嫌を取り戻し始めていたレティアーナはまた泣き出してしまい、俺はジゼルダにこっぴどく叱られるハメになってしまったのだった。


 その日から全てレティアーナ中心の世界になってしまった。

 オヤジも、母上も、アベルさえも、突然現れたこの珍妙な生き物が、俺の周りの全てを奪っていったと思い込んでしまった。



 ある日俺はとうとう我慢できなくなって、誰もいない隙にレティアーナに喰ってかかっていた。


「お前もう城にくんな!お前の所為で俺はアベルとも遊べないし…全部お前の所為だ!」

「うっ……ごめ、なさ…」

「泣けばなんでも許されると思ってんのか?!泣くなっ!もうどっかいけよ!」

「ふぇっ…ぅっ」


 暫く泣くまいと目に涙を溜めながら必死で唇を噛んでレティアーナは耐えていた。

 そしてそのまま一目散に何処かへ走り去ってしまったのだった。


 その時俺は清々した気分でレティアーナを見送ったのだが、夜になろうとしているのにレティアーナがまだ家に帰っていない事が後で発覚した。


「少し前に使いの者が迎えに来たんですが、城内の何処にも居ないらしくて皆で探しているんですよ。何処か心当たりは御座いませんか?」


 図書室で明日の課題をやっているとジゼルダがやってきて俺にそう聞いてきたのだ。

 流石に俺もその言葉に顔を青くした。


「お、俺は知らないぞ!どっかいけとは言ったけど、どこ行ったかなんて知らない!」

 俺の返答に何かあった事を悟り、ジゼルダが顔を顰めた。


「殿下はまたレティアーナ様を虐めたのですか。何故そうも意地悪をなさるのです。貴方より小さな女の子なのですよ?」


 ジゼルダの説教にまた俺はムッとしてしまう。

 何故こうもレティアーナ中心でこちらが振り回されなければならないのか。


「なんで俺があいつにいちいち合わせなきゃいけないんだよ!俺は王子だぞ!アベルが居ればそれでいいんだ!あいつはいらない!」


 パチンっと頬に閃光が走った。

 じんじんと腫れ上がる頬を押さえながら、キッと俺はジゼルダを睨みつけた。


 ふぅ…と嘆息すると、ジゼルダは叩くだけじゃ飽き足らずしゃがみ込んでまた説教を始めた。

「殿下、殿下は確かにこの国の王子です。ですが何をしても許される訳ではありません。貴方は将来王となり、民を率いて守らなければならないのです。レティアーナ様も守らなければならない民の1人です」


 ジゼルダの言葉に俺はムッと顔を背ける。

「じゃあアイツは何をしても許されるっていうのかよ。オヤジも母上も、お前だってあいつにだけは甘い!アベルだってそうだ!なんで俺ばっかり叱られて我慢しなきゃなんないんだよ!」


 いつだってそうだ。

 お前は王子で、王子というものは…

 もう沢山だ!

 と今まで我慢していたものが、レティアーナが来たことで一気に爆発してしまった瞬間だった。


「国を背負うものの宿命、と言ってもご理解頂けないでしょうな。そうですね…確かにレティアーナ様に対しては皆甘いかもしれません。ですがあの方が決して何も我慢なさっていない訳では無いのですよ?殿下は会いたいと思えば、大抵はいつでも陛下や妃殿下にお会いできますが、あの方は会いたいと思ってもお父上にも兄君にもご自分の意思で会うことは出来ないのです」


 俺はその言葉に顔を顰める。

「家に帰れば普通に会えるだろ。自分の意思で会えないって意味がわかんねぇよ」

「ビセット公は海外へ赴いて仕事をなさる事が多いのです。一方アベル様はレティアーナ様が生まれる前から既に殿下と過ごされる事の方が多かった。レティアーナ様はほとんどの時間を1人で過ごされています。殿下が思っている以上にずっと我慢してきているのです」


(なんだよ…それ…)


 孤独。という感情は自分にも嫌という程心当たりがあった。

 例えばそれは、父母の居ない食事であったり、家臣との距離であったり…


 …あいつにもそんな感情があるんだろうか?


「…探す」


 一言だけそう言って図書室を出る。

 1時間、2時間と探し回ったが、いくら探してもレティアーナは見当たらなかった。

「街にも手を広げていますが目撃情報すらありませんね。まさかとは思いますが、以前のように誘拐という事は……」


 報告に来た兵の言葉に、心臓を直接掴まれたような罪悪感が襲う。

「以前のように」という事は、前に誘拐された事があると言う事だ。


 自分の一言でレティアーナの運命が変わってしまったという事実に愕然とする。

 あの時、どっかいけなどと言わなければ、今頃レティアーナは屋敷で静かに過ごして居たはずだ。


 脳裏にレティアーナが見知らぬ男に抱えられ、泣きながら助けを求める姿が浮かぶ。


「滅多なことを言うもんじゃない!殿下、お疲れでしょう。後のことは私達に任せて部屋へお戻りを」

「俺の所為だ…俺の所為であいつが!」

 ジゼルダにすがりつくように助けを求める。

 ガクガクと震える手をジゼルダが握り返し、宥めるように声を掛けた。


「まだそうと決まった訳では御座いません。我々がちゃんと探しますから、殿下は部屋に。お送り致します」


 嫌な考えが頭を駆け巡る中、ジゼルダに手を引かれて自室の前に戻る。

 ドアノブに手をかけてガチャリと開くと、ジゼルダがハッと息を飲むのがわかった。


「レティアーナ様!」


 ジゼルダの視線の先を見ると、絨毯の上で無防備に横たわるレティアーナの姿があった。

 どこを探しても居ないはずだ。

 皇太子の部屋に許可なく入るなんて普通に考えて誰も思いつくわけがない。

 しかもよく見ると、手には小さなナイフを握りしめていて周りには沢山の書物が散らばっていた。


「し、死んでるのか…?」

 震える声を何とか絞り出してジゼルダに確認する。

 俺は恐ろしくて扉の前で立ち尽くしてしまっていた。


 ジゼルダはゆっくりレティアーナに近づくとふぅー…と息を吐いて、レティアーナが握っていたナイフをそっと取り上げる。

 そしてホッとした様子でジゼルダは俺に向かって首を振った。


「寝ていらっしゃいます。目が少し腫れていますね泣き疲れてしまったのでしょう。…殿下、起こさないようにこちらへ来てください」


 シーっと人差し指を立ててジゼルダが手招きする。

 おずおずと近づくと、ジゼルダは床に落ちていた紙を1枚拾い上げた。


「殿下宛みたいですよ」


 そこには拙い字で「でんか ごめんなさい」と書いてあった。

 更によく見てみると、今日俺がジゼルダに出された課題の答案用紙だった。

 必死で解いたであろう回答の後が、至る所にラクガキの様に書いてあった。


「なんだよこれ…デタラメじゃないか」


 足し引きを覚えたばかりのレティアーナには土台無理な問題ばかりで、あっているわけがなかった。

 顔を顰めて言う俺に、ジゼルダがクスリと笑ってレティアーナの頭を撫でる。


「よく見て下さい。こちらの本は殿下の昨日の課題です。こっちは剣技に関するものですよ。レティアーナ様は殿下と仲良くなりたいんですよ」


「無茶苦茶だ」と、泣きそうになるのを隠しながら俺は呟いた。

 知ってかしらずか「そうですね」とジゼルダは俺の背中を撫でながら応えた。



 翌朝、俺はビセット公の屋敷に向かった。

 レティアーナを呼び出すと、少しだけ踏ん反り返ってレティアーナの手を引いた。


「遅い!お前はまだまだバカなんだからちゃんと俺の後について来て勉強しろ!いいか?俺の言う事をちゃんと聞くんだぞ!そしたら……その、そばに居てもいい。わかったか!」


 レティアーナは少し驚いた顔を見せた後、嬉しそうに俺に手を引かれて城へ向かった。

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