ナンパと旅行記 6
「なんでそんな紛らわしい事を…」
私はまだ動悸が収まらない心臓を抑えながら小さく唸った。
男は私の有様に苦笑して、ぽんぽんと頭を叩く。
「だから言っただろ?綺麗だったから口説こうとしただけだって。何だってそんな格好してんだ?まるで別人だな」
がははと男は楽しそうに笑う。
そこで私はメルに着付けられていた事をようやく思い出した。
しかし、そんな格好とは酷い言われようじゃない?
口の悪いレイだって、ちゃんとした格好をしてればそんな言い方しないわ!
と、私はまた男に腹を立てる。
「これは!あなたがあまりにも失礼なことばかり私に言うから!メルが勝手に…」
真っ赤になって言う私に男は目を瞠る。
すると、ニヤリと笑って男もその場に座り込んだ。
「そーかそーか!つまりは俺のために着飾ったのか!うんうん!似合うぞ!見違えた!綺麗だ!」
ばっしばっしと男が私の肩を叩く。
男の言葉に私は目を見開く。
「あ、なた、どういう思考回路してるの?!別に貴方の為に着飾ったわけじゃないわ!貴方が子供扱いするから何故かこうなっただけよ!」
「まぁまぁ、細かい事は気にすんな。同じ事だろ?折角いい格好してんのに、そんな怒った顔してたら勿体無いぜ?」
男のセリフに目眩を覚える。
何故かしら、ヒースを相手にしている気分になってくるわ…
はぁ…と私は嘆息する。
ふと先程彼が甲板に投げ出した冊子とペンが目に入り、立ち上がってそれを拾い、彼に手渡した。
「おう!悪いな!仕事道具なんだ。美人に気を取られて忘れるところだった」
にっと白い歯を覗かせてまた笑う。
悪気はないんだろうけど、いちいち癪に障るのよね。
「もういいわよ…今更取り繕ったって何も出ないわよ。化粧すれば誰だって化けるわ。お仕事の邪魔してごめんなさい。私は部屋へ戻るわ」
「まぁまぁ。少し話でもしないか?どうせ明日にはお別れだろ?旅の思い出に語り合おうじゃないか」
男は私の手を引いて、さっきまで居たマストに寄りかかるようにして座ると、ポンポンと自分の隣の床を叩いた。
まぁ、確かに明日にはお別れだから構わない…かな?
渋々私は男の横に座る。
「語り合うって、私あなたと話す事なんて何もないわよ?」
男は冊子をまた開いて、先ほどの続きを書き出した。
視線は冊子にあるが、そのまま会話はする気らしい。
「色々あるだろ?例えば、『お仕事はなにされているのかしら?』とか、『年齢はいくつくらいなのかしら?』とか、『好みのタイプの女性はどんな方かしら?』とか」
…この男は色恋沙汰以外に考えることはないんだろうか?
私は呆れながら投げやりに言われた通りに男に返した。
「仕事は何してるの?年齢は?…好みのタイプの女性は別に知りたくないわ」
私が投げやりに質問したにもかかわらず、男はニッと笑って全部に答えた。
「おう!仕事は冒険家だ!旅行記を書いて飯食ってる。歳は23だ!好みのタイプの女性はお前だ!」
予想はしてたけど、やはりゲンナリする。
メルの時といい、とにかく口説かずにはいられないのね。
散々子供扱いしてたのに調子がよ過ぎて嫌になるわ。
「…23って、てっきり35過ぎてるのかと思ってたわ。でも、そう。旅行記を書いてるのね。うちの書庫にも幾つかあるけど、旅行記を読むのは好きよ。今はどんな所の事を書いているの?」
私が彼に興味を持つと、彼は嬉しそうに冊子をパタリと閉じた。
「35は酷いな!まぁ、よく老け顔だって言われるけどな!今書いてるのはウイニーより北の方にある島国の話だ。読んでみるか?」
彼は、がははと豪快に笑いながら冊子を差し出す。
いいのかしら?と首を傾げて男から冊子をおずおずと受け取る。
北の方の島国ってもしかしてクロエの故郷とかかしら?
と、ちょっとわくわくしてくる。
パラパラとページをめくり、旅行記に目を通す。
中は男の外見や性格とはガラリと違っていて、繊細な筆調べと丁寧な説明が目を引いた。
そして、読み進めているうちにあることに気が付いた。
パタンと冊子を閉じて、男に返す。
「おう、もういいのか?どうだった?ぜひ感想を聞きたいね。何かわかりにくいところとか無かったか?」
私は少し首を捻りながら、訝しんで男に答える。
「野蛮な男とは思えないほど読みやすい文字を書くのね。内容もわかり易くて面白かったわ。ただ、なんか…」
私が言っていいのか言い淀むと、男は眉を顰めた。
「なんだ?言いにくいことでもズバッと言ってくれて構わないぞ?むしろズバッと言ってくれ!」
ううん…良いのかしら?と少し躊躇するけど、この男なら何を言われても動じなさそうだと納得した。
「気を悪くしないでね?なんていうか、ダニエル・ペペスの旅行記を真似ているみたいな文体だなと」
モゴモゴと私が言い淀むと、男は目を見開いた後やっぱり豪快に笑った。
それも今まで以上に豪快に。
「ぶはははははははは!そりゃそうだ!本人だし!」
…………ハイ?
今、なんて言ったのかしら?
「ダニエル・ペペス……?貴方が?私の聞き間違いよね?」
男はひーひー笑いながら腹を抱え、床を叩いていてのたうち回った。
「間違ってない!間違ってないぞ!俺がそのダニエル・ペペスだ!」
「う、うそよ!だってダニエルは繊細な文章で、唄うような、情景が浮かぶような、ホントにキレイな文章を…!」
私は思わず立ち上がって、男、自称ダニエルに抗議した。
男は依然笑いながら「ホントホント」と腹を抱える。
「いや、そこまで面と向かって褒められると流石に照れ臭いな。そうか、嬢ちゃん俺のファンだったのか。悪いなこんな男で!」
ぶははははは!とダニエルはまた笑い出す。
私は顔を赤くしたり青くしたりしながらダニエルを見下ろす。
う、嘘だと言ってよ!だって、私、こんな男を偽名に使ってたの?!
しかも、愛読書なのに!!
「酷いわ!夢をぶち壊された気分よ!こんなの詐欺よ!信じないんだからぁ!大体、挿絵とまるで別人じゃない!」
あの旅行記にはダニエル・ペペスの肖像画が一番最後のページに紹介されていた。
その肖像画は色白で、確かに彫りは深かったが、
それなりに気品があって、無精髭なんて生えていなかった。
「あぁ、あの挿絵ね。あれは俺が旅に出る前のやつだから、日に焼けてもないし、髭だって剃ってるのは当たり前だろ?それに別人ってんなら、嬢ちゃんだって今、十分別人じゃねえかっ」
詐欺……ぶふふっ!と、更にダニエルは笑う。
…それを言われたら、何も言えないわ。
私はバツが悪くなって「もう寝るわ!」と踵を返し、客室へ帰ろうと歩き出した。
「おう!またな!」とあっさりダニエルは手を振って私を見送る。
少し進んだ所で、私はふと立ち止まり、彼を振り返る。
ダニエルは少し不思議そうな顔で私を見て首を傾げていた。
「あの……明日、別れる前に、その…………サイン貰える?」
おずおずと真っ赤になりながら私が言うと、ダニエルはにかっと笑って「おう!」とまた返事をした。




