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ウイニー王国のワガママ姫  作者: みすみ蓮華
2章 それぞれの事情
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ナンパと旅行記 6

「なんでそんな紛らわしい事を…」

 私はまだ動悸が収まらない心臓を抑えながら小さく唸った。

 男は私の有様に苦笑して、ぽんぽんと頭を叩く。


「だから言っただろ?綺麗だったから口説こうとしただけだって。何だってそんな格好してんだ?まるで別人だな」

 がははと男は楽しそうに笑う。

 そこで私はメルに着付けられていた事をようやく思い出した。


 しかし、そんな格好とは酷い言われようじゃない?

 口の悪いレイだって、ちゃんとした格好をしてればそんな言い方しないわ!


 と、私はまた男に腹を立てる。

「これは!あなたがあまりにも失礼なことばかり私に言うから!メルが勝手に…」


 真っ赤になって言う私に男は目を瞠る。

 すると、ニヤリと笑って男もその場に座り込んだ。

「そーかそーか!つまりは俺のために着飾ったのか!うんうん!似合うぞ!見違えた!綺麗だ!」

 ばっしばっしと男が私の肩を叩く。


 男の言葉に私は目を見開く。

「あ、なた、どういう思考回路してるの?!別に貴方の為に着飾ったわけじゃないわ!貴方が子供扱いするから何故かこうなっただけよ!」

「まぁまぁ、細かい事は気にすんな。同じ事だろ?折角いい格好してんのに、そんな怒った顔してたら勿体無いぜ?」


 男のセリフに目眩を覚える。

 何故かしら、ヒースを相手にしている気分になってくるわ…


 はぁ…と私は嘆息する。

 ふと先程彼が甲板に投げ出した冊子とペンが目に入り、立ち上がってそれを拾い、彼に手渡した。


「おう!悪いな!仕事道具なんだ。美人に気を取られて忘れるところだった」

 にっと白い歯を覗かせてまた笑う。

 悪気はないんだろうけど、いちいち癪に障るのよね。


「もういいわよ…今更取り繕ったって何も出ないわよ。化粧すれば誰だって化けるわ。お仕事の邪魔してごめんなさい。私は部屋へ戻るわ」

「まぁまぁ。少し話でもしないか?どうせ明日にはお別れだろ?旅の思い出に語り合おうじゃないか」


 男は私の手を引いて、さっきまで居たマストに寄りかかるようにして座ると、ポンポンと自分の隣の床を叩いた。


 まぁ、確かに明日にはお別れだから構わない…かな?


 渋々私は男の横に座る。

「語り合うって、私あなたと話す事なんて何もないわよ?」

 男は冊子をまた開いて、先ほどの続きを書き出した。

 視線は冊子にあるが、そのまま会話はする気らしい。


「色々あるだろ?例えば、『お仕事はなにされているのかしら?』とか、『年齢はいくつくらいなのかしら?』とか、『好みのタイプの女性はどんな方かしら?』とか」

 …この男は色恋沙汰以外に考えることはないんだろうか?


 私は呆れながら投げやりに言われた通りに男に返した。

「仕事は何してるの?年齢は?…好みのタイプの女性は別に知りたくないわ」


 私が投げやりに質問したにもかかわらず、男はニッと笑って全部に答えた。

「おう!仕事は冒険家だ!旅行記を書いて飯食ってる。歳は23だ!好みのタイプの女性はお前だ!」


 予想はしてたけど、やはりゲンナリする。

 メルの時といい、とにかく口説かずにはいられないのね。

 散々子供扱いしてたのに調子がよ過ぎて嫌になるわ。


「…23って、てっきり35過ぎてるのかと思ってたわ。でも、そう。旅行記を書いてるのね。うちの書庫にも幾つかあるけど、旅行記を読むのは好きよ。今はどんな所の事を書いているの?」


 私が彼に興味を持つと、彼は嬉しそうに冊子をパタリと閉じた。

「35は酷いな!まぁ、よく老け顔だって言われるけどな!今書いてるのはウイニーより北の方にある島国の話だ。読んでみるか?」

 彼は、がははと豪快に笑いながら冊子を差し出す。

 いいのかしら?と首を傾げて男から冊子をおずおずと受け取る。


 北の方の島国ってもしかしてクロエの故郷とかかしら?

 と、ちょっとわくわくしてくる。


 パラパラとページをめくり、旅行記に目を通す。

 中は男の外見や性格とはガラリと違っていて、繊細な筆調べと丁寧な説明が目を引いた。

 そして、読み進めているうちにあることに気が付いた。


 パタンと冊子を閉じて、男に返す。

「おう、もういいのか?どうだった?ぜひ感想を聞きたいね。何かわかりにくいところとか無かったか?」

 私は少し首を捻りながら、訝しんで男に答える。


「野蛮な男とは思えないほど読みやすい文字を書くのね。内容もわかり易くて面白かったわ。ただ、なんか…」

 私が言っていいのか言い淀むと、男は眉を顰めた。

「なんだ?言いにくいことでもズバッと言ってくれて構わないぞ?むしろズバッと言ってくれ!」


 ううん…良いのかしら?と少し躊躇するけど、この男なら何を言われても動じなさそうだと納得した。


「気を悪くしないでね?なんていうか、ダニエル・ペペスの旅行記を真似ているみたいな文体だなと」


 モゴモゴと私が言い淀むと、男は目を見開いた後やっぱり豪快に笑った。

 それも今まで以上に豪快に。


「ぶはははははははは!そりゃそうだ!本人だし!」




 …………ハイ?

 今、なんて言ったのかしら?


「ダニエル・ペペス……?貴方が?私の聞き間違いよね?」

 男はひーひー笑いながら腹を抱え、床を叩いていてのたうち回った。


「間違ってない!間違ってないぞ!俺がそのダニエル・ペペスだ!」

「う、うそよ!だってダニエルは繊細な文章で、唄うような、情景が浮かぶような、ホントにキレイな文章を…!」


 私は思わず立ち上がって、男、自称ダニエルに抗議した。

 男は依然笑いながら「ホントホント」と腹を抱える。


「いや、そこまで面と向かって褒められると流石に照れ臭いな。そうか、嬢ちゃん俺のファンだったのか。悪いなこんな男で!」

 ぶははははは!とダニエルはまた笑い出す。


 私は顔を赤くしたり青くしたりしながらダニエルを見下ろす。

 う、嘘だと言ってよ!だって、私、こんな男を偽名に使ってたの?!

 しかも、愛読書なのに!!



「酷いわ!夢をぶち壊された気分よ!こんなの詐欺よ!信じないんだからぁ!大体、挿絵とまるで別人じゃない!」


 あの旅行記にはダニエル・ペペスの肖像画が一番最後のページに紹介されていた。

 その肖像画は色白で、確かに彫りは深かったが、

 それなりに気品があって、無精髭なんて生えていなかった。


「あぁ、あの挿絵ね。あれは俺が旅に出る前のやつだから、日に焼けてもないし、髭だって剃ってるのは当たり前だろ?それに別人ってんなら、嬢ちゃんだって今、十分別人じゃねえかっ」

 詐欺……ぶふふっ!と、更にダニエルは笑う。



 …それを言われたら、何も言えないわ。


 私はバツが悪くなって「もう寝るわ!」と踵を返し、客室へ帰ろうと歩き出した。

「おう!またな!」とあっさりダニエルは手を振って私を見送る。


 少し進んだ所で、私はふと立ち止まり、彼を振り返る。

 ダニエルは少し不思議そうな顔で私を見て首を傾げていた。



「あの……明日、別れる前に、その…………サイン貰える?」


 おずおずと真っ赤になりながら私が言うと、ダニエルはにかっと笑って「おう!」とまた返事をした。

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