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ウイニー王国のワガママ姫  作者: みすみ蓮華
2章 それぞれの事情
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名も無き森 7【フィオ編】

 雪狐の兵が、1人、また1人と倒れて行く。

 外傷は無い。ただ取られて(・・・・)いくだけだ。


 必死で雪狐を護る夢想も無傷ではいられなかった。


「クソッ!」

 僕は斧を横に円を描く様に振り回す。


 斧の刃がレイスに当たり、布切れのように切り裂かれて行く。

 数体ならば問題は無い。しかし数が多い上にーー


「殿下!来ます!」


(ああ、アレには見覚えがあるぞ…想定内(・・・)のモンスターだ。しかし、タイミングが悪いな)


 正面から黒い巨体が迫り来る。


 飢えに飢えた口は涎が溢れ、目は赤くギラギラと獲物を見定め、長い爪を振り回しながら突進してくる。

 この森固有のモンスター。ブラッディグリズリーだ。

 肉よりも血を好み、標的を見つけると何処までも追いかけてくるまさに血に餓えた獣だ。


「現在の人数を報告しろ!大まかで構わない!」

 僕は叫んで状況を確認する。


 レイスを切り裂きながら、熊の長い爪を避ける。

 兵と熊の距離を測り、そちらに向かわせないように僕の方に注意を引きつける。

 熊だけならまだ何とかなるのに、レイスの差し出される指先にも気を配らなければならない。


 触らずとも、近寄られただけで精神力は徐々に侵されていく。

 触れてしまえば一瞬だ。


 レイスの数もだいぶ減りつつあるが、犠牲者の数によっては兵1人が相手にするレイスの割合が増えてしまう可能性がある。


「雪狐4、夢想10です!殿下達も含めます!」

 つまりゲイリーと兄上を抜かせば兵士は3、8。


 僕は「ック」っと喉を鳴らして、奇妙な笑いを吐き出す。

「なんですそれ?絶望的じゃないですか。楽しくて笑えますね」

 兵に聞こえるか聞こえないかの呟きを漏らす。


(これは、本当にレティにもう会えないかも)


 帽子を返せなくてごめんね。

 と、今ここにいない彼女に呼びかける。

 脳裏に帽子を被る彼女の眩しい笑顔が浮かんだ。





 ーー帽、子?


 僕はそこでハッと我に返る。

 盗賊に襲われた時、レティは何をした?


 帽子から麻痺付きの閃光弾を取り出して投げていた筈だ!

 彼女の帽子自体は、常に肌身離さず持ち歩いている。

 しかしあの時の閃光弾がまだ帽子にあるとは限らない。

 しかし…!


(レティ!どうか僕を助けて下さい!!)

 奇跡に近い願いを彼女に向かってすがる思いで捧げる。

 指揮官としてあり得ない上にとても情けない行為だが、他に思い浮かぶ手立てなんてこの状況では何もないのが現状だ。


「誰か!熊の相手を頼みます!」


 僕は後ろに向かって跳躍すると、陣の内側に戻ってローブの内ポケットを探り、帽子を取り出す。

 急いで帽子の内側をなぞると、ツバの裏側に違和感を感じた。


「!!」

 そこから小さな玉が二つ出てきた。


 奇襲の前日、僕に帽子を渡す前に補充したのだろうか?

 そもそもこれは本当にあの時と同じ閃光弾だろうか?

 リヴェル侯の娘を奇襲した時は煙玉を使っていた。


「殿下!このままでは持ちません!」

 兵が悲鳴を上げる。

 悩んでいる時間はない!


「全員!僕が3つ数えたら砦へ向かって全速力で走れ!ゲイリー!道は判るな!?先導を!いいか!絶対に振り返らずに全員全速力だ!」


 兵の前に躍り出ると、再び熊を相手にする。

 左右からはレイスの長い手が迫り来る。

 弧を描き、疾風を生み、熊とレイスにダメージを与える。

 レイスは消滅しても、熊はまだまだ元気だ。

 次のレイスも湧いてくる。


 僕の代わりに熊の相手をしていた兵が陣に戻ったのを目の端で確認して、カウントを開始する。


「3…2…1…走れっ!!」


 兵が走り出すのと同時に、後ろへ跳躍する。

 左手に握った玉を地面に思い切り投げつけ、光を見ないように空中で身をひねると、着地と同時に僕も全速力で兵を追う。


 刹那、背後で閃光が走る気配がした。


「グオォォォォォ!」

 と熊の悲鳴が森中に響き渡る。


 レイスも声にならない悲鳴を上げてダメージを負っている。

 あの閃光弾は薬物の類じゃなく、やはり魔法の類なのか!

 僕があの時、麻痺に耐性があった事も頷けた。





 遠ざかる殺意を背後に感じながら、僕達は振り返らずにただひたすら砦へ向かって走って逃げた。



 =====



 軽装の夢想と重装備の雪狐では、明らかに走る速度に差が出てしまった。

 半刻程走ると、夢想兵の姿は何処にも無くなっていた。


「止まれ!」としんがりに居た僕は、雪狐の兵に声をかける。

 はぁ、はぁと雪狐の兵と兄上は肩で息をする。


「完全にはぐれましたね。あ、急に止まると身体に悪いですから、その辺ぐるぐる歩くといいですよ」

 兵士達はこくりと頷き、言われた通りに歩き回る。


「兄上ここが何処だか判りますか?」

 珍しく真っ青な兄が首を横に振る。


「すまん、追うのに必死で目印を見失った」

 僕は兄上に頷き返事をする。


「兄上達は体が落ち着いたらここで動かないように待ってて下さい」

「お前はどうする気なんだ?」


 僕はレティの帽子を被り、ローブのポケットから皮の手袋を取り出し身に付ける。

「木に登って方角を確かめます。少なくとも、北東に抜ければ森からは出られる筈です」


 日はまだ高い筈だが、ここからでは太陽が見えない。

 背の高そうな木で、尚且つ害の無い木を慎重に探す。

 この森は木すらも油断出来ない。以前、夢想兵が木に喰われた(・・・・)事があったからだ。


「無闇に植物に触れたり、木に触ったりしないようにして下さいね。大人しく待ってて下さい」


 するすると木に登り、方角を確かめる。

 西に傾く太陽を確認すると、ぐるっと一周り周囲の様子を確認する。

 すると、丁度北東の位置で大きな煙が上がっているのが見えた。


(狼煙…ではないな。と言う事は……)


 僕は思わずニヤリとほくそ笑んだ。

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