Coffee Break : 手紙
Coffee Breakは本編ではありませんが、
その時々の物語の背景となる為、若干ネタバレ要素が含まれる場合があります。
気になる方は飛ばして読んで下さい。
ウイニー王国でワガママ姫が決闘騒動を起こして3週間弱経ったある日、リン・プ・リエンの開拓地では珍しく第二王子の姿が確認された。
5年前、兄王の勅命で開拓を命じられて以来、直接この場所に来るのは五本の指で数える位しかない。
今回渋々この地へ来たのは、やはり兄王の命令だった。
第三王子フィオディールが兵の増員を要求してきたためである。
フィオディールはこの5年で、何度も人員要請を行なっている。
しかし報告に上がってくる結果が、全くと言っていいほど伴っていないのだ。
兄王はこの事を流石に不審に思い始めていた。
第二王子リオネスは、兄王に言われた通りに拠点を見て回ると、早速弟がいる砦へ向かった。
執務室へ通されると、何やらいつもと様子が違う弟が机の上で溜息をついていた。
「あ、兄上。お久しぶりです。王都は変わりないですか?」
「こちらは変わりないが…なんだお前、珍しく元気ないな」
未だどちらに付くか図りかねているリオネスは、とりあえず兄王の事は伏せておく事にした。
「解りますか?はぁ…問題が山ずみで、流石の僕も参っています」
うーん…とフィオディールは机に突っ伏してしまった。
その行動にリオネスは驚倒する。
少なからずこの弟が生まれてから、落ち込んでいる所を見たことが無かったのだ。
「それ程までに人員が不足しているのか?開拓も3年前に来た時から然程進んでいる様には見えなかったがそこまで過酷な地なのかここは?」
兄の言葉にフィオディールは顔を上げると、何処か虚ろな目でそれに答えた。
「ああ、兄上は陛下に言われてここまで来たんですね。それはそうですよね兄上が自ら進んでこんな所まで来た事はないですし」
はぁ〜…とフィオディールはまた、大きく溜息をする。
リオネスが開拓地で開拓に励んだのは、着手当初の最初のひと月だけだった。
雪狐騎士団の第三部隊までを引き連れてモンスターを退治していたのだが、部下の半数を失って手に入れた土地は余りにも少なく、馬鹿馬鹿しいと王都に帰ってしまったのだった。
以降は名ばかりで弟に協力している状態だった。
「そうですね、この地は過酷です。土地を広げたくとも、皆モンスターから身を守るので手一杯です。防衛に明け暮れて、開拓はなかなか思う様には行ってないかもしれないです」
進まない開拓に防衛での兵の犠牲。定期的な人員要請はこのためか?
リオネスは少々引っかかりながらも納得すると同時に、弟のあまりの落ち込みように自分が放棄してしまった仕事に少々罪の意識が生まれた。
「兄上にこれ以上兵を催促しても無理だろうな。雪狐の中から少し募集をかけてみるか?どうしても無理なら兄上に計画の中止を促してやってもいいぞ」
兄の提案にフィオディールは目を見開く。
自分から要求することはあっても、積極的にそんな事を言われた事は無かったのだ。
「いえ、兵は半ば諦めているのでいいです。今は別の方法を模索してます。計画も頓挫させる訳にはいかないです。ご心配には及びません」
とフィオディールはきっぱり言った。
ただやっぱりいつもと違って、笑顔でそれを告げることはなかった。
「兄上、相談があるのですが……」
神妙な面持ちでフィオディールは兄を見上げた。
リオネスは未だかつてない弟のこの雰囲気に、ゴクリと生唾を飲んだ。
まさかとは思うが、王を暗殺とか言い出すんじゃ無いだろうな…?
と、嫌な汗がリオネスの背を伝う。
「兄上、その、女性に好意を持ってもらうには、どうしたらいいのでしょうか?」
「は?」
弟の突拍子もない台詞に思わず耳を疑う。
「すまん、聞き間違えたかもしれない。もう一度言ってくれ?」
「ですから、女性に好意を持ってもらうにはどうしたらいいんでしょう?」
フィオディールはそれはそれは真剣な顔つきで兄を見上げている。
どうやら聞き間違いでもなければ、本気でそう言っている様だ。
「フィオディール」
「はい」
「妙なものを食べたのならば、今すぐ医師を呼び、自室へ戻って休養を取れ」
フィオディールは兄の言葉にムッとして憮然とした態度で反論した。
「僕は何も食べてないですし、至って健康で、頭もおかしくなったわけではありません!」
フィオディールはバン!と机を叩き思わず立ち上がる。
が、ハッとして、またすぐに席に座った。
「…面の皮の厚いお前がそこまで動揺してるあたり、普通じゃないだろう。一体何があったんだ?」
リオネスは呆れたように腕を組み、弟を見下ろす。
「別に…ただ、武器を仕入れている時に、その、素敵な女性にあっただけです」
今度は今までとは打って変わって、ほんのり頬を染めてもじもじと落ち着かない様子で視線をウロウロさせている。
開拓の問題で頭を悩ませていると思っていたのに、どうやらこの弟はまさかまさかの恋煩いで頭を抱えていたのだ。
「フィオ、お前、歳、いくつだ?」
リオネスは益々呆れて弟を見やる。
これが本当にあの野心に満ちた腹黒い弟だというのだろうか?
今なら誰かに替え玉だと言われても疑うことなく信じるだろう。
「冬で18になります」
ニコリと、やっといつもの笑顔でフィオディールは答えた。
なんかもう、どうでもいいな。
と、リオネスは気を揉んでいた自分が馬鹿らしくなり適当に答えることにした。
「女なんて権力誇示して、宝石でも貢いで、甘い言葉でも囁いとけばほっといても落ちるだろうよ。お前は得意の愛嬌もあるんだから余裕だろう」
近くのソファーにどかりと寝転び、リオネスは大あくびをした。
フィオディールは慌てて兄に訴える。
「そんな!無理です!そういうタイプの女性じゃないです。それに、その、他国の方ですし、け、結婚、となると、こんな場所に呼ばないといけないわけで……僕はどうしたらいいんですかね?」
悲愴な表情をして、フィオディールはまた頭を抱えた。
結婚とはまた話が飛躍しすぎている気がするが、そこまでの相手なんだろうか?
リオネスはこの腹黒の弟が、一体どんな女に熱を上げているのか若干興味を持ち始めた。
「とりあえず手紙でも送って、相手の気持ちでも確認すればいいんじゃないか?」
兄の思わぬ提案に、ぱぁっと花でも咲いたような明るい笑顔をフィオディールは見せる。
「手紙!思いつきませんでした!僕、早速手紙書いてみます!兄上、ありがとうございます」
いそいそとペンを取り出すと、何やら楽しそうにフィオディールは手紙をしたためる。
手紙に封をすると、兄を差し置いてスキップでもしそうな勢いで部屋を出て行った。
「アイツ、頭のネジ飛んでないか?」
ここに来て、兄王に付くのが得策なんじゃないだろうかと思い始めるリオネスだった。




