レディとプリンセスの狭間で 4
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「じゃあ、これ、テディに渡してね」
家庭教師が出て行った事でご機嫌な私は朝食後、テディに渡す手紙に今までの事を包み隠さず書いたのだった。
国王を連れ出したなんて知ったら、きっとテディはビックリするわね。
くすくす笑いながらザックに手紙を渡す。
「おう!預かるぞ!お前んち、飯、うまいからまた来る!」
にこっと笑ってザックは、お菓子の入った袋と手紙を持って庭の裏から出て行こうとした。
すると突然立ち止まり、クルッと振り返るとブンブン手を振った。
「レティ!お前が困ってる時、俺様、絶対、助けるぞ!ウイニーの人間、俺様、嫌いだけど、お前は特別だ!」
ザックはそれだけ言うと、ガサガサっと植木の中に潜り込みあっという間に帰ってしまった。
屋敷の中に戻ると家庭教師を追い出してしまった私はやっぱりお父様に呼び出された。
「まぁ、そこに座りなさい」
いつもの様に書斎のソファーに座らされる。
「ワタクシは間違った事を言った覚えはないです。謝りませんから」
「家庭教師の件はもういい。とにかくそこに座りなさい」
家庭教師の事で呼び出された訳では無いの?じゃあ何かしら…?
訝しみながら、お父様の正面におずおずと座る。
「正式に伝達式の話が来ててな。急遽ではあったが、秋の伝達式にはお前も参加するようにとの事だ」
お父様の話に目を瞠る。
この間の勲章云々は叔父様の冗談だと思ったのに。
ブンブンと私は青くなって首を振る。
「そんな!受け取れません!ワタクシはただ陛下を連れ出しただけですわ!」
「私に言われてもな…陛下はそうは思っていない様子だったぞ?セグの一件は、お前が具体的に陛下に助言したから解決できたと仰っていた。貰って損をするものでもないのだから貰っておけばいいじゃないか」
「受け取れません!大体、半獣族の問題はあれで解決した訳ではないです!少なくとも、彼らが苦しんでいる間は受け取れません!」
毅然として私は譲らない。
助言と言っても援助の話とか、法の制定とか、領主の変更だとか対したものではないのだ。
根本的な解決案ではない。
ふぅむ…とお父様は口髭を撫でる。
「お前がそこまで言うのなら、陛下にその言葉をそのまま伝えよう」
「では、ワタクシ部屋に下がらせて頂きますわ」
スッと立ち上がろうとすると、「まぁ、待ちなさい」と私を引き止める。
「アントン」
と、お父様は執事を呼ぶ。
執事は仰々しく、手頃な大きさのファイルを盆に乗せて持ってきた。
執事がそれを私の前に置くと、お父様は口を開いた。
「縁談の話がいくつか来ている。殆どが兵士のようだが…まぁ、悪い話ではない」
「………」
私は恐る恐るファイルを開く。
ファイルの中には求婚者の肖像画とプロフィールがギッシリ詰まっていた。
まぁ、見るだけなら害はないだろう。
「………お父様、なんでこのファイル、ダール周辺の貴族と、王城で騎士をやっている方しか載ってないのかしら?」
お父様は、涼しい顔で相変わらず口髭を撫でている。
「さぁなぁ?お前とアベルの喧嘩に見惚れたとか、素晴らしい演奏を聴いただの、皆、口々にそんな事を言っていたがなんの事だろうなぁ?」
「っぐ…!」
つまりこれはあの場にいた兵士達の中でも身分が高い人で、尚且つ私に好意がある人って事なのかしら?
「…申し訳ないですが。全てお断りして下さい」
静かにファイルを閉じてそっとお父様に押し返した。
「そうかそうか、やはりなぁ。しかしそうなると、陛下へなんと返事をしていいものか」
叔父様?何で叔父様?
「叔父様と今の話、何が関係あるんですか?」
お父様は非常に難しい顔で、唸りながら口を開く。
「これはまだ正式ではないが、伝達式の話で呼び出された時に、お前にまだ相手がいないのであれば、殿下の相手にお前をと言われてなぁ」
「はあぁぁぁぁあ?!」
真っ青な顔で私は立ち上がる。あの噂はまるで役にたたなかったという事だ。
「私は、お前にも悪い話ではないと思うがな。幼い頃から見知った仲だし」
「嫌です!絶対にイヤ!お父様、私は自分で相手を見つけたいの!相手がちゃんといるとでも言って断って下さい!」
無論、今の私にそんな相手はいない。
お兄様の婚儀が決まった事で恐らくこのまま放っておけばトントン拍子で話が進んでしまうだろう。
…冗談じゃない!
フーっとお父様は溜息をついて、ソファーにどっしり寄りかかる。
「そうは言ってもお前、相手など何処にもいないじゃないか?縁談の話にしたって、お前はこの国では悪い意味で有名すぎてなかなか話が来ない。ならばこの中から決めるしかあるまい?」
つまりレイと結婚するか、兵士の誰かと結婚するかの二択?
私は、ブンブンと首を振ると、バシッとテーブルを叩いてお父様に訴える。
「時期尚早です!決めつけるのはまだ早いわ!そ、それに、気になる人なら………いるわっ!」
思いつきでテディから受け取った手紙を前に出す。
お父様は目を見開いて手紙を確認しようとしたが、中身を見られないようにッパとそれを取り上げる。
流石に盗賊のことが書かれてるのはマズイ。
お父様は青い顔で私に目を瞠った。
「レティアーナ…お前は一体誰と手紙のやり取りをしているのだね……まさか半獣族が相手ではあるまいな?」
お父様も多少なりとも彼らに偏見があるのかと少々落胆する。
が、今はそれどころではない。
「それは違います。キチンとした身分の方です」
手紙にも自分の領地があるような書き方だったし別れる際も貴族である事は否定しなかったし、お兄様もクロエもリヴェル侯爵も知ってるみたいだったから間違いはないだろう。
「何処の誰か、ちゃんと説明しなさい」
いつになく真剣なお父様の眼差しに、少しだけ怯んでしまう。
何処の誰かと言われても、私はサッパリわからないのだから答えようがない。
そもそも知っていたとしてもテディは友達なのだから、こんな事に巻き込む訳にはいかないのだ。
「拒否します。"気になる"というだけでそういった関係では御座いませんので、相手に迷惑がかかります。ワタクシの事は放っておいて下さいまし!」
それだけ言うと、サッサと退出するために扉の前まで移動する。
お父様は慌てて立ち上がり私を静止しようとしたが、それより早く外へ出た。
「拒否だと?!待ちなさい!まだ話は終わっていないぞ!レティアーナ!戻って来なさい!」
書斎からお父様の声が廊下にまで響き渡る。
さて、この先どうしたものか……




