レディとプリンセスの狭間で 1
=====
これが先日までの大まかなあらすじである。
つまる所私は今、淑女修行兼花嫁修業をやらされている。
外面だけで言えば、完璧に繕うことが出来るので、家庭教師を雇った所で、
「まぁ、レディ・レティアーナ!完璧ですわ」とか、
「所作が本当にお綺麗で、私も惚れ惚れいたしますわ」だの、
正直、時間と授業料の無駄である。
お姉様はも一緒に受けている手前逃げ出すわけにも行かないと、最初のうちは我慢をしていたのだけれども、今まで散々家には滅多に帰ってこなかったお兄様がお姉様が家に来た途端、頻繁に帰ってくるようになったのも手伝って、私の我慢もそろそろ限界近かった。
これが1年も続くなんて絶対に耐えられない。
と、今日の授業を終えて自室に戻る。
ベッドにボフンとうつ伏せになると、外で何やら言い争っている声が聞こえてきた。
「ーーーから、ーーって、ーーー!」
「なーーー!ーーめーーーーでこい!」
……?
1人は多分、メルの声だ。
もう1人、どっかで聞いたことある声がする。
どこから?
私はとりあえず、ベランダから顔を出すことにする。
すると屋敷の庭奥でメルと誰かが、掴み合いの喧嘩になっているのが見えた。
「大変!」
私は慌ててタンスからかぎ爪のついたロープを取り出し、ベランダからなんとか降りた。
街着ではないのでスカートが重く、最近の花嫁修業漬けもあってか、筋力が落ちていることに気がつきげんなりする。
まぁ、それどころじゃないんだけど。
「メル!やめなさい!何してるの!」
私がメルに駆け寄ると、2人はこちらを見ずに依然つかみ合いを続けてる。
「お嬢様!こっちに来てはいけません!危険です!」
「だから誤解だ!俺様はただ、レティとかいう女にだな!」
ん?っとメルが掴みかかっている男を見れば、オレンジ色のふっさふさの尻尾に可愛らしい犬の耳が見えた。
「あれ、貴方、この間のワンちゃん!」
「誰がワンちゃんだっ!……って、うおっ!」
「うわぁっ!」
彼は私に気がつき、真っ赤な顔でメルを突き飛ばす。
メルは勢いでその場に尻餅をついてしまった。
「レ、レティっておまえだったのかっ!な、なんだ、その……そういう、格好もするんだな」
モジモジと尻尾を振りながら頭を掻くその仕草は、盗賊だったとは思えない程可愛らしかった。
「そういう格好っていうか…こっちが本来の格好なんだけど、なんか変?」
今日はカーキ色を基調とした、可愛らしいリボンがいっぱいついているそれなりに落ち着いたドレスを着ていた。
「へ、変じゃねえ、よ!か、かか、かっ…」
オレンジ色の彼は真っ赤になりながら何かを言おうとしているけど、緊張しているのか久しぶりにあって照れ臭いのか言葉がなかなか出てこない。
「お嬢様、お知り合いなんですか?」
メルが彼の言葉を待たずに訝しげに私に尋ねてきた。
「ん。そうね。知り合いと言えば知り合いね。久しぶりね。えーと……ワンちゃん」
名前で呼ぼうと思ったけどそもそも彼の名前を知らなかった。
「だ、だから、ワンちゃんじゃねえ!俺様はザックだ!」
ザックはブワッと毛を逆立てて、フルフルと真っ赤になりながら震えている。
ワンちゃんって呼ばれるのは嫌なのね。
私はニコッと笑ってザックに改めて挨拶をする。
「宜しくねザック。私はレティ。レティアーナよ。」
私が握手を求めて手を差し出すと、やっぱりザックは真っ赤な顔で、「お、おう…」と言って、躊躇いがちに私に応えた。
「ところで、どうしてこんなところに?みんなは元気?ちゃんと暮らせてる?」
私は矢継ぎ早に質問をする。
ザックは目を白黒させながら、「お、おう。元気、だ」と、モジモジしながら応えてくれる。
彼はきっと、見た目に反してシャイなのね。
「お嬢様、ここでは目立つので移動しませんか?その、彼は…」
とメルが言い淀む。メルの言わんとする事を察知して、私はコクリと頷いた。
「じゃあ、私の部屋に行きましょう。メル、お茶いれて持って来てくれる?ザックはこっち」
と言って、わたしはザックの手を引き再びベランダから自室に入った。




