ワガママ同盟 4
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侯爵と同盟を結んでから5日目、私たちは、村手前の渓谷付近まで来ていた。
あれから侯爵と話し合って、
王都側よりダール側で待つのが妥当だろうという結論に至ったためだった。
ーー『姫強奪計画』と名付けたこの計画は、その名の通りコルネリアを誘拐する為の私の最終計画だ。
計画の内容は至ってはシンプル。
馬車を奇襲してコルネリアを誘拐する。
勿論、誘拐自体が目的ではないのだけど。
「密偵から報告が来た。姫はイオドランに2泊した後、通常通り南下、恐らく明日に森を抜けるだろう」
というのが前日の報告。
既に村まで移動して、密偵の報告を待つだけだったのだ。
お兄様がいなかった場合、脅迫文でも送りつけるつもりだったが、
報告では幸いにも、お兄様が護衛についていた。
密偵の報告で、兵士や兄の立ち位置を確認して、
細かい配置を決めた後、早々に村から出立した。
「いや〜ワクワクしますね。僕こういうの大好きです」
とテディが嬉しそうに言った。
テディは2日目に騎士団を見学させて貰い、
そのまま帰る予定だったらしいんだけど、
私がこのことを話したら、ぜひ参加したい。
と目を輝かせて計画に乗ってくれた。
「少しは気を引き締めてください。この作戦は通常の作戦よりも難しいんですから。うっかり兵を殺したりなさいませんようお願いします」
と言ったのは、勿論クロエだった。
そう、この作戦は普通の強奪と違って味方相手に作戦を実行しないといけない。
勿論相手はそんな事を知らない訳だから、本気で掛かって来るだろう。
その中でこちらは手加減をしなければならないのだ。
「クロエ、テディも…本当に、こんなことに付き合わせちゃってごめんなさい」
クロエはあくまで私をダールに無事届けるのが仕事であって、
こんな犯罪めいた作戦に参加する義理はない。
テディに至っては、まるで関係ない通りすがりの商人だ。
「気になさらないで下さい。うちの兵とリヴェル兵にとっては、かなり良い訓練になると思います。実は私も楽しみなんですよ」
とクロエは凛々しく口角を上げた。
その顔はまさに騎士様!って感じで見惚れてしまう。
「ははは。流石武人と言えるな。クロエ。私も久々に剣を思う存分震えると思うと、若返った気分になる」
侯爵もやる気満々といった感じで、大きな剣をブンブン振り回している。
「しかし…レティ、本当に君、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。これでも私割と動けるんだから!」
テディは心配そうな目で私を見ている。クロエも。だけど…
私は1番大変なコルネリアの奪還をかって出る事にしたのだ。
奇襲は崖の側面に生えている、木の上から行う。
「そろそろ来ます!」と街道を見張っていた兵士が声をかける。
「じゃあ、私たちは定位置に着きますので」
と、テディとクロエがその場を離れる。
私がいる位置が街道西側にある木の上、
その下に侯爵、東側の崖の岩陰にクロエ。そしてテディは街道中央で待機する。
リヴェル兵達は、渓谷の入り口と出口付近に身を潜め、
両サイドから、逃げられないように馬車を囲める様に配置されている。
各々、木の影や岩の影に擬態するように隠れている。
ただ、侯爵や私、クロエはちょっとだけ変わった格好をしていた。
街道の奥から、仰々しい馬車がやってくるのが見える。
馬車は2台だ。それを囲む様に馬が4体、馬車との間に2体の馬。
歩兵は後方に4人、前方に2人だ。
襲うのは後方の馬車だ。お兄様は前方の馬車の左横に並んで並走している。
「おい、お前!道を開けろ!」
前方で槍を持った兵士が、テディに声をかける。
「いやぁ〜〜〜。そうしたいのはやまやま何ですけどねぇ〜〜。ほら〜車輪が外れてしまって〜〜〜。積荷もあるし〜〜。1人ではどうしよも無くて〜〜。困ってるんですよぉ〜〜」
テディの隣には砂袋を山ほど積んだ大きな荷馬車がある。
テディの格好はまさに商人と言った格好で、
ラフな麻のズボンに、ヨレヨレのシャツとベスト、
頭には私のキャスケットを深く被って、顔が見えない様にしている。
荷馬車の車輪は勿論外れている。
「仕方ないな…おい、お前ら!手伝うぞ!………車輪はどこにある?」
荷馬車は確かに車輪が外れているが、肝心の車輪は何処にもない。
「それがぁ、ど〜うも外れた時に草むらに転がって行ってしまったみたいで〜〜。探そうにも荷が有るので〜、離れるわけにも行かなくて〜参りました〜〜」
なんとものんびり喋っているのは、こちらの陣を整える時間稼ぎだ。
こうしている間にも、兵たちは距離を確実に詰めてひっそり動いている。
私と侯爵、クロエの位置からは前方の様子は見えない。
しかし、その声だけははっきり聞こえてきている。
ッチと兵士が舌打ちをする。
なかなか進まない先頭の様子に気がついたお兄様が不審に思い、
前方へ移動するのが見えた。
「どうかしたのか?」
「それが、荷馬車が立ち往生していまして、車輪を無くしてしまったようなのです」
「………」
この場所は崖に囲まれていて、渓谷になっている。
大きな荷馬車が入り口で立ち往生してしまえば、迂回して抜けるのは不可能だ。
「すみません〜」とテディが情けない声を上げる。
お兄様はテディをじっと見つめて観察している様で、動く気配が全くない。
もしかしたらこの不自然な状況に、勘付かれているのかもしれない。
対岸のクロエに視線を送ると、クロエがコクンと頷いた。
後ろに警戒命令が出てしまえば厄介なことになる。やるなら今しかないだろう。
今度は伯爵に視線を送り、お互いに頷き合った。
私は大きく息を吸い込み、渓谷に響き渡るようにお腹の底から思い切り声を出す。
「行くぞ!!」
それが作戦の合図だった。




