ワガママ同盟 3
出された食事は意外と質素なものだった。
トウモロコシのスープとパンに川魚のソテー。
他にもいろいろ出てきたが、どれも素朴な味だった。
「おいしぃ…」とうっとり頬を抑える。
「王城で出るような料理とは天と地ほどの差でしょうが、お口にあったかしら?」
とにこやかに夫人が話しかけてきた。
「そんな事ないです。心がこもっていてとっても美味しいですわ」
トウモロコシのツブツブがたまらない〜!と、頬を染めて噛み締めていると、
侯爵と夫人は嬉しそうに私を見つめていた。
食事を終えたところで、侯爵が口を開いた。
「ところでレティアーナ嬢、お父上はこの事はご存知なのか?」
護衛が2人、しかも1人は武器商人という、
公爵家の令嬢とは思えない行動に、流石に侯爵様も不審に思っているようだ。
「お父様どころかお兄様も家の者も知りません。知ってるのは殿下だけですわ」
隠していても仕方がないので正直に話す。
すると案の定、侯爵も夫人も驚いた顔で私を凝視した。
本当はレイにも知られない様に、
ここまで来るつもりだったとまでは流石に言えないけど。
「ワタクシ、どうしても侯爵様にお願いがあって、皆に内緒でここまで来たんですの」
「願い?」
と侯爵が怪訝な顔で右眉尻を上げた。
私たちも会話を黙って聞いていたテディは、
これは自分は聞くべきではないと思ったのか、
「込み入った話の様ですので、僕は先に退席させて頂きますね。レティ、また後で」
と言って突然すっと立ち上がり、
私が止める間も無く、そのまま部屋を出て行ってしまった。
居てくれても構わなかったんだけど…気を使わせてしまったなぁ。
食後に入れてもらった紅茶を一口ゆっくり飲むと、
ふぅーっと息を吐き呼吸を整える。
心臓は早鐘の様に激しく脈打っている。
「兄の事でご相談があります」
「お兄様の?」と夫人が不思議そうに首を傾げた。
「侯爵様はワタクシの兄に会った事があるんですよね?」
「ふむ。最後にお会いしたのは去年の夏の視察の時だったかな?面立ちは憎らしい程ビセット公に似ておったな」
顔を顰めて侯爵は言う。やはり父の事はあまり好ましく思っていないようだ。
「侯爵様から見て、兄はどうですか?」
「どう?とは?」
その意図が掴めていないのか侯爵は首を傾げる。
「その、人として、男と、して?」
モジモジと俯きがちに侯爵に問う。
とにかく兄に絶対の悪印象があっては話にならない。
娘を取られると知ったら否応無しに悪印象になるのだろうから。
んん〜〜?と唸りながら侯爵は腕を組む。
「私も数度お会いしただけだから何とも言えないが…優しげな好青年ではあったな。剣の腕も悪くなかったな。若い頃の公にそっくりだが、ヤツより武に優れていると感じた」
侯爵の感想に少しだけホッとする。お兄様の印象はさほど悪くはなさそうだ。
しかし、なんて切り出したらいいのかしら…
「えっと、本人が居ない中で、こういった話をするのは…反則だとは思うのですが…」
手持ち無沙汰といった感じで、熱くもないのにティースプーンでお茶をかき混ぜる。
本来ならお兄様が宣言すべき事を、私が言うのはやっぱり気が咎める。
でも、協力してもらう為には告げるしかないのだ。
「私に兄が侯爵の…コルネリア様と、お付き合いなさっているのはご存知ですか?」
「なっ、なにぃ!」
「あら、まぁ…」
と侯爵と夫人が驚きの声をあげる。
侯爵に至っては、思わず席を立ち上がって、顔を真っ赤にしている。
予想通りというかなんというか…
「付き合っている。というと語弊があるのかもしれませんが…お互い想い合っているのは確かですわ。舞踏会の日に兄が告白…というか勢いでプロポーズしていましたから。コルネリア様も了承なさってました」
ふぅ。と言い終わって一息つく。
侯爵は震える手で拳を握っていて、
拳のしたにあるテーブルクロスは、ぐしゃぐしゃに歪んでしまっている。
まさか私と踊ったあの晩に、そんな事が起こっていたなんて、
侯爵様にしてみれば、青天の霹靂と言ったところなんだろうな。
「本来なら、兄が真っ先に挨拶に伺うべきなのは解ってはいるのですが…ワタクシの父と母の話を聞きまして…その……」
と、そこで口を噤んでしまう。
流石に結婚式の当日に振られたと聞きました。と言う訳にもいかず、
続ける言葉に逡巡してしまう。
すると向かいに座っていた夫人が、優しくて微笑んで私に話しかけてくれた。
「レティアーナ様はお兄様想いなのですねぇ」
そう夫人に言われて「うっ…」と真っ赤になって俯いてしまう。
「そういう、訳ではないです…」と恐縮しながら縮こまった。
侯爵は、難しい顔をしたまま目をつぶって何やら思案している。
「侯爵様はワタクシの兄を認めていただけますか?」
「……」
「貴方…」
重い静寂が食堂を包む。
兄は性格はともかく、お父様に見た目がそっくりだ。
それを考えるとやはり…
「…ワタクシは侯爵様にお願いしたい事の為に、侯爵様の真意が知りたいのです」
目を逸らさずに侯爵の返事をひたすら待った。
侯爵も目を開けて私の目をじっと見つめた。
そのまま暫く私と侯爵は、視線をそらさずにお互いを見つめたままだった。
私が一体何を考えているのか、侯爵は推し量っている様に見えた。
「…レティアーナ嬢は、見た目はソフィア姫に似ておられるのに、その性格はお父上に似ておられるのだな」
「えっ?」
そんなことを言われたのは初めてだったので、呆気に取られてしまう。
お父様はどちらかと言うと、お兄様みたいに穏やかな人だと思うのだけど…
侯爵は「ふぅ」と溜息を吐くと、少し寂しそうに微笑した。
「娘が好きだというのなら……あの男にそっくりな息子というのがなんとも悔しいが…うむむ……仕方ないのだろう、な」
ガックリと肩を落とした侯爵に、夫人はそっと手を添えポンポンと宥めた。
「よかった…」と私もホッと息をつく。
「して、レティアーナ嬢は私に何を頼みたいのだ?」
そっと目を伏せて、お兄様の事を考える。
一緒に過ごした時間は、普通の兄妹よりも少なかったかもしれない。
それでもいつも私の事を考えてくれたお兄様だ。
ゆっくりと目を開け、侯爵を見据え、口を開く。
「侯爵様」
大好きなお兄様を笑顔で送り出せるようにーー
覚悟を決めて、私は侯爵にワガママを言った。
「ワタクシと同盟を結んで下さいませ」




