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水と油とワガママと 4

 =====



 街道をある程度進んだ所で、クロエがまた地図を開く。


「もう少し進めば手前の村まで進めますが、着く頃には月が高くなっているでしょうね。キャンプを張るならばこの辺りで張った方がいいかと思いますが、どうしますか?」


 今日で4日目の夜…明日つけばぎりぎり5日。私は顎に手を当てて思案する。

「ここで休んだとして明日までにダールに着く?」

「ええ、ここで休んで村で馬を替えたとしても夕方には着くかと」


 夕方…だと、流石にお城を訪ねるのは失礼よね?

 そもそも突然の訪問で…うーん。

 顳顬こめかみを人差し指で抑え、無理をするべきか否かを考える。


 慣れない旅の疲労は正直かなりあった。

 乗馬は慣れていたけど、ここまでの連日長距離は流石に無かった上に、

 今日は昼休憩も取っていないので、足にかなり来てると言える。


「村までは行かなくても、ダールに昼過ぎに着くくらいの距離は稼ぎたい」

 私がそう言うとクロエは「わかりました」と地図をしまう。


 しかし、後ろにいたテディが首を横に振った。

「急ぎなのは判りますが、今日はここでキャンプにしましょう」

「どうして?」


 私がテディに振り向くと、テディは突然馬を降りて、

 私の横に立ち、グッと私の腰を掴み、無理矢理地面に下ろした。


 私が地面に足をつけると、テディはパッと手を離す。

 すると私は、フラッと腰から崩れ落ちてしまった。


「姫!」とクロエが叫ぶ。

 その場にポカンと座り込んだ私は、驚いてテディを見上げた。

 自分に何が起こったのか、理解するのに時間が掛かった。


「ね?ここでキャンプにしましょう。これ以上は今日は無理です」

 ニコッと笑ってテディは言った。



 =====



 クロエとテディがちゃっちゃとキャンプの準備をする中、

 私は丘の上に座り込んで空を眺めていた。

 日は丘の向こうに沈み、反対側の空には星が輝き、

 私は今昼と夜の境界にいるのだ。と、漠然と感じていた。


 明日にはダールに着く…

 昨日の夜からの不安が、大きくなっているのが判る。

 泣いちゃいけないと自分に言い聞かせながら頬を叩く。

 顔を上げると、クロエがこちらに歩いてくるのが見えた。


「姫、お加減は大丈夫ですか?」

 心配そうにクロエの紫色の瞳が揺らいでいた。


「大丈夫。昨日から…ううん。ずっと何もお手伝いできてないね…ごめんなさい」

 不安からか疲れからか、あるいはどちらもなのか、どうしてもマイナスの思考しか出てこない。

 そっと膝を抱えて顔を伏せる。こんな顔誰にも見られたくない。


「何をおっしゃっているんですか、姫はそんな事をなさる必要がそもそもないのですから、気になさらないで下さい」

 それに私はちゃんと手当を頂きますから。と、胸を張ってクロエは答えた。

「私の方こそ、配慮が足りず、申し訳ないです。姫は…普通の女の子、なんですよね…」


 パッと顔を上げると、

 何処か遠くを見つめるクロエの顔が沈む夕日に照らされていた。

 銀の髪が風に煽られながら赤く染まる。その表情は少し哀愁を漂わせていた。


「クロエは…どうして騎士になったの?」

 ふと、『私は姫みたいに可愛い女の子になりたかったですよ』と、

 アルダの家でクロエが言っていたことを思い出した。

 もしかして、クロエは騎士になりたくてなったわけではないのかな…?


 クロエは少し苦笑して肩を竦めると、私の隣に座り込んだ。

「私は、海向こうの小国の生まれでして、これでもそれなりに良いとこのお嬢様だったんですよ」

 海向こうのの小国…海の向こうに国があるなんて初めて知った。

 でもクロエの髪と目はとても珍しいから、そう言われれば納得出来るかも。


「私の家は大家族でしてね、兄が2人、姉が3人、弟が1人で妹が2人…良いとこの、といっても富豪という訳でも無かったので、長女の姉以外は家を出なければ食べていけない状態でした」

 兄2人姉3人……

 なんだか凄く賑やかなお宅だなぁとクロエに似た親兄弟を想像してみる。


「私の国では、男が婿に入るのが風習、といいますか、習慣と言いますか…とにかくそれ以外の女性はどなたかの側室になるか、他国で嫁ぎ先を自力で探す他ないのです」

 ヘぇ〜…と目を見開いてクロエを見つめる。


 他国の習慣や風習は少しだけ知っているものもあるけれど、

 そのような風習はやはり初めて耳にした。

 ウイニーにしろベルンにしろ、

 この大陸では、

 少なくとも男性が婿入りという状況は家に息子が居ない場合以外に聞いたことがない。

 海を隔てただけでここまで違うのかと興味を引いた。


「つまる所、食いぶち減らしで家を飛び出してきた訳ですが…こちらの大陸に渡った時点で、見た目が珍しい所為か、奇異な目で見られるようになりまして…護身で覚えていた剣の腕が、いつの間にか人並み以上には上達してて、気がついたら………」

 騎士になっていて、行き遅れてました。とクロエは頭を抱えて呟いた。


「い、行き遅れって…クロエまだ25でしょ?まだ全然若いよ!大丈夫だよ!クロエすごく美人だし!」


 私が必死に励ますと、姫……と頭を抱えたまま、

 クロエはチラリと横目で私を見て、キッパリと言い放つ。


「殿方というのは、自分よりも仕事のできる女性、もしくは、強い女性は嫌いになる傾向があります」

「そ、そうなの?」

「そうなんです!」

 と力強く力説されてしまった。


 寡黙なクロエが怒鳴るなんて…と内心驚く。

 それを理由に振られた事でもあるのかしら?

 うーん?と唸りながら、私は何気無しにキャンプの方を見る。


 火のついた焚き火がゆらゆらと揺れ、

 その奥に、楽しそうに夕飯の準備をする、テディの姿が目に入った。


「じゃあ、クロエより強くて、仕事ができる人を見つければいいんじゃない?例えば…テディとか?」


 仕事が出来るかどうかは判らないけど、

 少なくとも、昨日の一件を考えれば、クロエより強いんじゃないかな?

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