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ワガママの精算 4

 イオドランの宿は、街に入ってすぐの場所にあった。


 食堂はやはり一階にあるが、

 アルダの店よりも落ち着いた雰囲気で、とても質素だった。


 部屋で砂塵よけのゴーグルから伊達眼鏡に替える。


「少し街を散策しようか。街の人に話も聞きたいし」


 クロエにそう声を掛けると、私は鞄から、

 更に鞄より一回り小さい箱を取り出し、宿の外へ出た。


 あまり城に近づかないようにしなければ。と警戒しつつ、

 人通りがそこそこある、商店街の隅っこに目をつけた。


「ダニエル様?何をなさっているのですか?」

 とその場にしゃがみこんだ私を見て、クロエが不思議そうに声を掛けてきた。


 私はふふふーと含み笑いをすると、

 箱から小さなピッコロヴァイオリンに似た、ヴェルと呼ばれる楽器を取り出した。

 昔、お父様がイスクリスに赴いた際に、お土産として買ってきた楽器で、

 扱いは難しいけど、練習をすれば、

 ピアノの高音域の様な涼やかな音色を奏でる事ができる。


「気分転換にね。まぁ見ててよ」


 昨日、アルダの店で吟遊詩人の歌を聴いた時から、実はウズウズしていた。

 踊りも音楽も好きなので、王都で小遣いを稼ぐ時は、大概コレで儲けていた。


 ヴェルを肩に乗せ、調律を始める。

 それだけでも不思議な音色をかなで、行き交う人々の注意を引いた。

 調律を終えると、すぅーっと息を吸い込み両手を広げ、人の注目を更に集める。


「さぁお立会い!そこ行く紳士淑女の皆様方!南方より伝わりし不思議な音色のこの楽器!未熟者ではございますが、今日このひと時、皆様との出会いに、この町の発展に、様々な思いを込めて、演奏させて頂きたく存じます。まずは伝統的なこの曲から…」


 丁寧にお辞儀をし、ヴェルを肩に乗せ、セレナーデを演奏する。

 海鳥の声とヴェルの演奏が、心地よく周囲に響き渡り、

 私の周りには、あっという間に人が山になっていた。


 2曲ほどセレナーデを奏でた後、情報収集の方も忘れないようにしないと。

 と、気がついて、

 次の曲で終わりにしようと、陽気な音楽を奏でる。


 最後にもう一度お辞儀をすると、周囲から拍手の音が鳴り響いた。

 ちゃりんちゃりんとケースの中にいくらかコインが投げ込まれ、

 あっという間に人山は無くなり、クロエと2人だけになった。


 コインを回収し、ヴェルをケースにしまい振り返ると、

 クロエが呆然とこちらを見ていた。


「クロエ?ほら、金貨何枚か入ってたよ」

 とコインをクロエに渡す。


 クロエはポカーンとしたままコインを受け取ると、

 まだ何処かフワフワした意識で、じっと私を見つめて言った。


「ダニエル様はほんと人を驚かせるのが得意ですね」

 そんなつもりはないんだけど…と眉間にしわを寄せる。


「良くなかった?」

 と私が聞くと、無表情でクロエはゆっくり首を横に振った。


「とんでもない。私も色々な国を回りましたが、あの様に不思議な音楽は初めて聴きました。素晴らしかったです」

 心なしか頬を高揚させて、クロエが言うと、私は満足してうんうんと頷いた。


 その時、

「あの、もし、すみません」

 と後ろから声が聞こえた。


 くるっと振り返ると、身なりのいい男性が、目を輝かせながらこちらを見ていた。

 海軍兵だろうか?


「先ほどの演奏感動しました。あのような音楽は聞いた事がありません!それで、宜しければ、侯爵閣下主催の晩餐会で、是非演奏を願いたいのですが…」

 っげ!っとクロエと思わず顔を見合わせる。


「晩餐会は、何時、催されるのですか?」

 クロエが男に聞き返した。

「今日から6日後です。その間はこちらで客室を用意致しますし、報酬もキチンと払います。悪い話ではないと思うのですが」


 6日後…私の計算が間違っていなければ、

 コルネリアが、イオドランに滞在すると仮定した時の日数と一致する。

「6日後って、随分先ですね。どなたか偉い方がいらっしゃるのですか?」

 私は彼に、それとなく質問してみる。


「ええ、実はとある名家のご息女が滞在予定で、歓迎を兼ねて晩餐会が開かれるのです」

 流石にどこの家のとは言わないか。それでもほぼ確実だろうと納得する。

 うーん…と白々しくも悩んで、男の子のような口調で、申し訳なさそうに答える。


「実は、僕たち、わりと急ぎの旅をしてて、明日にはここを経たなくては行けなくて…ありがたい話ではあるんだけど…」


 そう言うと、男はガッカリした様子で肩を落とし、

「そうですか…突然無理を言って申し訳ない。またこの街に寄った際は是非声をかけて下さい。この街の兵には伝えておきますので」

 と、あっさり引き下がってくれた。


 男が立ち去ると、ホッと息をつきクロエを見る。


「ごめんなさい。まさか目をつけられるなんて思わなくって」

 クロエはふぅーっと息を吐き、

「何事もなく良かったです」

 と言った。


「しかし思わぬ収穫がありましたね。彼が話していたのは、コルネリア様のことで間違いないでしょう。…海路でなくて良かったですね」


 クロエの言葉に目が点になる。


「海路?」

「ええ、王都の港から船に乗ってイオドランへ向かえば、1日で着いてしまいますから。…それを確認したかったのでは?」


 クロエの言葉に、私は、顔の血の気がサーっと引くのを感じた。

 コルネリアの王都滞在期間は5日間で、今日は丁度5日目。

 1日で着くということは、明日…いや、今日着いていてもおかしくないと言う事だ。


「海から1日で来れるなんて!最初の村で言ってくれれば、王都に戻ったのに!」

 恨めしそうな顔でクロエに言うと、クロエは困った顔で苦笑した。


「流石にそれは無理ですよ。漁船で無い限りは乗船には身分証が必要ですし、渡航許可も必要なので簡単に足が着いてしまいます。仮に、漁船でイオドランに入ったとしても、軍港ですから入港許可が降りない可能性の方が高いです」

 ダニエル様は運がいいですね。

 と、くすくすクロエは笑った。


 バツが悪くなった私は、むぅっとしたまま、

 まだ日も暮れていないのに「ご飯っ!」と言って、

 宿にそそくさと戻ることにした。


 後ろからは、ずっとクロエが笑いを堪えているのが判った。

「減給ものだもん」

 と赤い顔でぽつりと私は呟いた。

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