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Coffee Break : テディベア

 結婚してからもう半年が経とうというのに私はどうしても出来ない事が一つだけあった。


 毎朝テディに起こされて、一緒に朝食をとる。その後はお互い自分の仕事へと向かって昼食を取り、お茶の時間にはまた一緒に過ごして、午後は街を視察して、また夕飯で顔を合わせて床に就く。


「おやすみなさい…テディ」

「おやすみ…」

 挨拶をして軽いキス。それが今の私の穏やかな日常。


「でも、このままじゃいけないと思うの!」

 バンッとお茶やお菓子が並べられたテーブルを叩けば、給仕をしていたメルと目の前にいたテディと雪狐さんがビクリと肩を竦ませた。

「…そうねぇ、確かにこのままじゃ問題になるわよねぇ〜半年も経って世継ぎが出来ないだなんて問題よぅ?」

「…すみません………」

 雪狐さんが安穏と言えば、テディが真っ赤になって小さく小声で謝った。

「だ、ダメよ!来年はウイニーのお祭りに参加しないといけないんだから身重で参加は流石に………ってそういう話じゃなくって!!違うの!!世継ぎの話じゃないのっ」

 テディと同じように真っ赤になって否定すれば、雪狐さんはキョトンとして首を傾げた。

 ちなみにメルも私達につられて真っ赤になってるのは言わずもがな。だ。


「じゃあ何が問題なのかしらぁ?デール帝国は平和だしぃ〜フィオもレティもよく働いてると思うわよぅ?」

「そうじゃなくって…うぅ……」

「レティ?悩みがあるならちゃんと相談して下さい。僕がダメならそこのキツネでもいいですから」

「相変わらず失礼な子ね!でも女同士なんだから遠慮しなくていいのよぅ?」

 ニコニコ笑顔で言う2人に私はまた気後れしてしまう。


「大した事じゃ…無いのよ?でも、やっぱり良くないかなって……」

「何がですか?」

「……テディって呼ぶの」

 私がそう言えば今度は3人してキョトンとした顔をする。

 判ってる!判ってるのよ!馬鹿みたいな悩みだって事は!


「あの…別に僕は気にしてないですが……?」

「でも、だって!テディにはちゃんとフィオディールって名前があるのに……公式の場では陛下だし…せめて普段くらいちゃんと名前で呼んだ方がって…思うんだけど……」

「呼べばいいじゃ無いですか。妃殿下はずっとそんな事を悩んでらしたんですか?」

「あらぁメル。女の子みたいに綺麗な顔してるのに女心がちっともわからないのねぇ〜♪せっこさんはわかるわよぉ〜恥ずかしいのよね♪」


 雪狐さんはどうしてこうストレートなのかしら!?

 そう簡単に言われてしまうと何も言えなくなるのだけど!?


 真っ赤になって俯けばにこにこと嬉しそうにテディは私を見て言った。

「気にする事無いですよ。僕どちらでも構いませんから。テディって呼ばれるの特別みたいで好きですし」

「…えっ?」

 言われてみれば、テディって呼ぶの私だけのような気がする……うぅ…気付かなきゃ良かった。


「やぁね〜。せっこさんとメルはまたお邪魔なのかしら?お菓子以上に空気が甘いわぁ♪」

「申し訳ございません。今度は甘さ控えめのお菓子を用意しておきます」

「ふ、2人ともやめてよ!!からかわないでっ」


 私が涙目になって抗議すれば雪狐さんとメルはヒョイっと肩を竦める。

「でもどうしてフィオはテディって呼ばれてるのぉ?全然本名と関係ないわよねぇ?」

「偽名だったからじゃないですか?」

「そうなの?偽名で呼ばれて満足だなんて変な子ねぇ?」

 メルと雪狐さんが不思議そうにテディを見れば何故かテディはぽりぽりと頭を掻いてコホンと咳をして見せた。


「それは…アレですよ。咄嗟に思いついた名前がアレだったんです」

 恥ずかしそうにテディが指差す方向を見れば、部屋の中の私の机の上の小さなクマのぬいぐるみが目に入った。

クマのぬいぐるみ(テディベア)?でもどうしてクマのぬいぐるみが?」

「初めてあった時、レティがあのぬいぐるみを持ってました。それを鮮明に覚えてて…つい……」


 初めてあった時って…つまり、その…私が寝ぼけてお兄様と間違えてテディにキスしたっていう……あの話よね………うぅ…未だに信じたくない話だわ。穴があったら入りたい…


「ふぅーん?つまりフィオわぁ〜、レティの特別になりたくって偽名にあの子を使ったのね♪ごちそうさま♪」

「えっ…」

「…否定はしないです」

「ええっ!?」


 衝撃の真実に私が絶句すれば、テディも雪狐さんもにこにこと楽しそうに私に笑顔を向けてきた。

 そんな意味があったなんて…テディって呼ぶのもなんだかますます呼びにくくなるわ…うぅ…やっぱりフィオって呼ぶべきなのかしら……


 頬を抑えて悩んでいると、「でも…」と、メルが眉を顰めつつ呟いた。

「あのぬいぐるみの名前…"コリン"ですよ…?」

「メ、メルッ!言わないでよっ恥ずかしいわ!!」

「コリン?コリンって言うの?あの子。可愛い名前ね♪」

「………」


 私が慌てて止めれば、呆れた顔でメルは見下ろす。雪狐さんは不思議そうに私を見て、テディに至ってはなんだか複雑そうな顔で固まってしまった。

 後日、私のベッドの上には"フィオ"と名付けられた真新しい大きなクマのぬいぐるみが鎮座する羽目になってしまったのだった。

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