最終章 エピローグ
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楽しかった新婚旅行が終わり、秋が来て、冬が来て、また春が来て、夏がやって来る。
私達は相変わらず喧嘩もすることなく楽しい日々を送っていた。
夏も冬も関係なく1年を通して咲く色取り取りの野花はデール帝国の建国の記念にと竜の国のクロンヴァール王と王妃から送られ、今では城だけでなく町の中でも栽培が進められていた。
「妃殿下、また陛下からお花が届けられていますよ」
「ありがとうメル。毎日毎日…気持ちは嬉しいのだけど……お部屋がお花だらけになってしまうわ」
実際もう飾り切れないのでお城の廊下に飾るようになっていた。それでもその日に届いたお花は自分の部屋に飾ってはいるのだけれど。
今日届けられたのは白と黄色のマーガレットだ。春先からこの白と黄色のマーガレットをテディはよく持ってくるのだけど…好きなのかしら?
「ご馳走様です。ボクは馬車の準備が出来ているか聞いてきますね」
メルはチョットだけ呆れがちに私に言った。
「ありがとうメル。お願いね」
メルは恭しくお辞儀をして部屋から出て行く。
変わらずに私に仕えてくれるメルは今や侍女長だったりする。侍従長じゃない辺りがとてもメルらしい。口さない人もいるけれど、私達は昔と変わらず姉弟の様に日々を過ごしていた。
机の上に飾られたマーガレットの隣には、お兄様から貰ったクマのぬいぐるみとお気に入りのキャスケット、初めての旅立ちの日に買ったトップル、そしてダニエルの旅行記と今日のお手紙と新聞が無造作に置いてある。
16歳になってから色んな経験をしてまるで嵐みたいな日々を送ったんだと実感する。そして多分この先も嵐みたいに日々が過ぎて行くんだろう。
感慨に耽っていればさっき出て行ったと思ったメルが馬車の支度ができたからと私を呼びに戻って来ていた。
促されてメルと一緒に外へ出れば、一足先にテディが私を待っていた。手を引かれて馬車に乗ればゆっくりと馬車はウイニーへ向かう。
フェンスを通り、王都への道へと馬車が走れば、青々とした麦畑が私達を出迎えた。
王都へ近づくに連れてその賑わいは増して来る。
馬車の窓から外を覗けば「お帰りなさい!レティアーナ様!」と人々が笑顔で手を振って出迎えてくれた。
中には様々な姿をした半獣族の人達の姿も見えた。彼らが笑いながら手を振ってくれている姿を目にして、思わず目の奥が熱くなる。
感慨に耽っていると隣からテディが肩を抱いて、私に笑顔で何も言わずに頷いてくれた。
テディに嫁いで1年しか経っていないのに、随分長い事家を離れていたような気がした。
小さい頃から慣れ親しんだ坂を馬車がゆっくりと上れば、見慣れた屋敷が近づいてくる。
屋敷の門の前ではお姉様に執事やメイド、それに乳母のシャルロットに甥っ子達が私に手を振ってくれていた。
私はそれに涙を堪えて応え、ふと隣を振り返れば目の前に座っていたメルは1年前と同じように顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
馬車は更に奥へと進み、お城へと辿り着く。
城門の前では王になったばかりのレイとお兄様、お父様、クロエにダニエルにジゼルダ公、それに伯父様や伯母様が出迎えてくれた。
「おかえりレティ」と、お兄様とお父様が手を広げて私に言う。
私は2人に飛びついて「ただいま」と応える。
すると相変わらずレイが呆れた声をあげ、昔と変わらない私達特有の挨拶をし合う。
離れていても何も変わらない事に私はホッと息をつき、ウイニーへ帰って来た事を実感したのだった。
久々に家族で過ごした翌日には、街はすっかりお祭りムードになっていた。
4年という歳月をかけて計画したこのお祭りは私だけの力では決して成し得なかった。
街を歩いて回れば、様々な半獣族達が出店や催し物を行って人々と楽しげに話している姿があちこちで見られた。
テディに手を引かれながら楽しそうに笑う人達の喧騒の中を抜けて行く。
港につけばこの日のために用意された大きな船が私達を出迎えてくれた。
私とテディが船に乗れば、一足先に船に乗っていたレイが「遅い!」と少し呆れ気味に私達に言ってきた。
船の上から下を見下ろせば、待ち構えて居た人々が歓声を上げる。
私達は手を振ってそれに応えると、やがてレイが私に挨拶を促した。
深呼吸して、胸を押さえれば、テディがそっと手を握りしめてくれる。
私は笑顔でそれに答え、声高らかにウイニーの国民へ向けて口上を述べた。
「私が16で初めてウイニーを出て旅をしてから6年の歳月が経ちました。初めて旅に出た時、私はこの国が抱える問題に直面して自分がどれだけ無知だったかを知りました。その問題を解決する為に歩んだ道は決して平坦な道ではありませんでした。その過程で沢山の人が傷つき、犠牲になった人も少なからずいます。しかし私は今日、皆さんの笑顔を見て間違っていなかったのだと確信する事が出来ました。努力すれば歩み寄れるのだと皆さんに教えられました。1人では決して成し得なかったこのお祭りは、これから国民の皆さんが笑いあって暮らして行く為の大事な一歩である事を私は切に願います」
港で息を飲んで私の演説を聞く人達一人一人の顔を確認しながら、もう一度大きく息を吸い込んで、更に大きな声で私は願いを込めて宣誓をする。
「どうか私の故郷であるウイニーが、そして従兄であるレイノルド陛下がこの先も幸せであるように。半獣族の皆さんと手を取り合って生きて行ける様に。ウイニー王国に祝福を!」
港中に響く声で私が手を上げて言えば、遠くから複数の大きな翼のはためく音が聞こえてくる。
俄かにざわめく人々がそちらを振り向いて見上げれば、沢山の大きな影が港へと近づいてくる。
やがてそれがドラゴンの大群だと気がつけば、人々は更に驚き言葉を失う。
やがて空から澄んだ男性の声がウイニー国民の、ハイニア大陸に住む人々の耳にハッキリと響き渡った。
『半獣族に、ハイニア大陸に住む民に竜の祝福をーー』
クロンヴァール王の言葉と共にキラキラと新しい魔法文字が降り注ぐ。
やがてそれは誰の目にも見て解るように半獣族の人達の体を暖かな光が包み込んだ。
ドラゴンが去れば唖然としていた人達からやがて大きな歓声が沸き起こる。
その光景を眩しく目を細めて見ていれば、テディが寄り添うように私の腰に手を回した。
それからお祭りは毎年ウイニー中の半獣族達を中心に行われ、諸外国からも注目を浴びる程に規模を増していった。
やがてその祭りは『海風祭り』と呼ばれるようになったのだった。
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物語はいつの世でも
昔々ではじまります。
昔々、ハイニア大陸のウイニー王国に居たワガママなお姫様は
沢山の人に出会い、素敵な王子様と恋をして、辛い事も悲しい事も乗り越えて
そのワガママで沢山の人を幸せにして
大好きな王子様といつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。




