かけがえのない絆 1
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ウイニーの春は海風が強くて肌寒い。それでも日差しは暖かくて屋敷の窓から城下町を見下ろせば、猫が屋根の上で気持ち良さそうに昼寝をしている姿が目に入る。
漁師達が港へと帰ってくる様子や、繁華街の人達が行き来する様子を一つ一つ目に焼き付けていると、屋敷の廊下からバタバタと元気のいい足音が聞こえてくる。
「おばうえっ!馬車きたよ!!」
「おばーえぇ!」
小さな甥っ子達の言葉にガックリと私は頭を落とす。
「セドもコーネルも叔母上はやめてって言ってるのに…それに廊下は走っちゃダメよ!あと、扉を開ける時はちゃんとノックをしなさい?」
私が注意するとセドはムッとして口を膨らませ、コーネルはキュッと眉を顰めた。
4歳と3歳になった2人の甥っ子は最近では手が付けられないくらい屋敷の中を暴れ回っている。
特にセドは誰の影響を受けたのか反抗心が一際強かった。
「うるせー!レティのばーか!」
「れちーのばーや!」
「こらっ!!」
セドが言えばコーネルも真似をする。私が怒れば楽しそうに2人は笑いながらまた廊下を走って逃げて行った。
「ホント、誰に似たのかしら…」
私もお兄様も少なくともあんな風ではなかったわ。
頭を抱えていると「こらっ!廊下を走るんじゃない!」と、お兄様の声が聞こえてきた。
最近ではこれが日常になっている。年月が流れるのは早いなって感じる。
(3年は長いかなって思っていたけど、あっという間だったな…)
テディと婚約して長く待たせることになったのは半獣族の件や薬剤師の資格の事もあったけれど、何よりも家族と過ごせなかった日々を埋めるためでもあった。
小さい頃からお父様もお兄様も家にいることが少なかったし、お兄様が婚約して結婚して、私はその間に旅に出て、ますます家族がバラバラになった。
色々な事があったけど、リン・プ・リエンからウイニーへ帰って来てから凄く大事な時間が増えたと感じていた。
(それも今日で終わりなんだ…)
「レティ、迎えが来たよ」
と、お兄様が甥っ子達が開けっ放しにした部屋の扉をノックする。
にっこり微笑むお兄様を見て、じんわりと胸が熱くなった。
「判ったわ。すぐ行きます」
返事をすればお兄様が手を伸ばしてギュッと私の両手を掴んだ。
「あっという間だったな…今ならまだ間に合うよ?」
少しおどけて言うお兄様の目は少しだけ赤かった。
「お兄様ったら…お隣の国だものそんなに遠くないわ。それに、来年はお祭りの為に帰ってくるし」
「そうか…そうだな。いつでも帰ってこれるよな。僕もたまに会いに行くよ」
「うん…私もたまには帰ってくるわ」
ギュッとお兄様の手を握り返し、溢れそうになる涙を堪える。
するとまたコンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。
「支度は出来たのかぃ?」
少し寂しそうに微笑むお父様がそこに居た。引退したばかりのお父様は最近少しだけ小さくなった様な気がする。
「いつでも行けます。お父様、あの……」
「娘の成長は早いと言うが…もう少し遅くても良かったんだがなぁ……あんなに小さかったのに、今ではこんなに母に似て…寂しくなるなぁ」
「お父様…」
肩を落として項垂れるお父様の姿にポロリと涙が零れる。
小さい頃大きな手に引かれてお城に行った事、お母様の部屋で泣き疲れて眠っていた私を抱えて朝までずっと抱きしめてくれていた事。一つ一つの思い出が昨日の事の様に思い出される。
会えなくなる訳じゃないのに今生の別れの様に酷く胸を締め付けた。
喉の奥がひどく熱くて、出した声は掠れてしまった。
「お父様、お兄様、今まで本当にありがとうございました。沢山ご迷惑をお掛けしましたが、私は凄く幸せでした」
深々と頭を下げると、足元の絨毯にぽつぽつと小さなシミが出来る。
顔をあげれば2人とも目に涙を浮かべてウンウンと頷きながら手を広げて待っていた。
3人で抱きしめ合うと、お父様が震える声で私達に言った。
「どんなに離れていてもお前の幸せを願っているよ。私はずっとお前達の父で、お前達はずっと家族なのだから。何かあったら何時でも帰って来なさい。アベルと一緒に待っているよ」
「レティ、どうか幸せに。父上の事は僕に任せて」
「失敬な。私はまだ任せられる程老いてはいないぞ?」
涙ながらにおどけて言うお父様とお兄様と3人で顔を見合わせてくすりと笑った。
暫く抱きしめあった後、私は荷物を手に扉へ向かう。
扉を占める前に振り向いて、静かに頭を下げて小さな頃から過ごした部屋と別れを告げた。




