約束の深意 5
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私が目を覚まして一週間が経った。
あの後テディから何があったのか詳しい話を聞くことが出来た。
ライリ女王陛下の毒で私は一度本当に死んでしまった事、その後戦争が終わってライリ女王陛下とテディが助けてくれた事、それにリン・プ・リエンの王様がリオになった事。
私は結局息を吹き返して目が覚めるまで丸3日眠り続けていたらしい。
目が覚めてからは時々リオやテディ、それに黒髪の…私を見つけてくれたというゲイリーさんと雪狐さんがお見舞いに来てくれた。
目が覚めた時にゲイリーさんを傷つけてしまった事を改めて謝罪すると、彼は嫌な顔一つせずに「気になさらないで下さい」と優しげな笑顔を私に向けて答えてくれた。
そんな彼を見て周りの人は何故か酷く驚いていたけれど。
ライリ女王陛下は私の無事を確認すると私が目覚める前に早々に帰って行ってしまったという。
せめて直接お礼が言いたかったとガッカリしていると、テディは「いつか一緒にお礼を言いに行きましょう」と言ってくれた。
私は久々にベッドから出てテディが用意してくれた服に着替える。流石に寝たきりで体がだるいし、もう2〜3日すればウイニーへ帰っても問題がないってお医者様に言われた。少し落ちた体力を戻すために散歩でもと思ったのだ。
秋らしい濃いオレンジ色のドレスには朱色の刺繍が施されていて、袖口には大きな白いフリルが付いていた。
(こんなに凝ったもの良いのかしら?)
気後れしながらも付きっきりで看病してくれた雪狐さんに頼んで髪を整えてもらう。
一部だけアップにした髪に雪狐さんが可愛らしい小さな赤い楓の葉を飾り付けてくれた。
「やだっ超かわいい♪」
「ちょ、超?ありがとう?」
い、一応褒められているのよね?
時折彼女は良く分からない言葉を使うけれど、悪い人では無いみたい。
私が戸惑いがちにお礼を言うと、雪狐さんはにこにこ微笑みながら「いいのよぅ♪」と答えてくれた。
「男ばっかりで退屈してたからうれしぃわぁ〜♪レティがフィオの所に嫁ぎに来る日が楽しみよぅ♪」
「えっ、あのっ、私テディとは、そんなっ…」
頬を押さえて俯いていると、雪狐さんはキョトンとして首を傾げる。
「フィオのお嫁さんになるのは嫌なのぅ?もしかしてリオネスの方が好きなのかしら?」
「えっ!?」
何故そこでリオの名前が出てくるのかしら?
驚いて雪狐さんを見上げると、今度は扉の向こうからドサリと何かを落としたような音が聞こえてきた。
訝しんで雪狐さんが扉を開ければ、真っ青な顔をしたテディが呆然と立ち尽くしていた。
足元には大きな花束が落ちていた。
「立ち聞きとかサイテーよフィオ!」
雪狐さんがジトリとテディに軽蔑の眼差しを向ける。
「うっ、えっ!?立ち聞き!?」
やだ!もしかして今の話聞かれてたの!?
あまりの恥ずかしさに思わず雪狐さんの背中に抱きついて顔を伏せていると、我に返ったテディが慌てて首を振って言い訳をした。
「ちっ、違います!!聞こうと思って聞いていたわけではっ!ノックをしようとしたら話し声が聞こえて来たので………でも…そう、ですか…レティは兄上の事が…」
「えっ!?あのっ…私は……」
(このタイミングでこの状況で何を言えって言うのかしら!?)
言葉を失って真っ赤な顔のまま伏せていると、ふぅ…と目の前にいた雪狐さんが肩を落とした。
「せっこさんはお邪魔みたいなのでホルガーの所へ帰るわん。どうぞごゆっくり♪」
「えっ、待って!雪狐さん!!」
止める間もなく雪狐さんはその場から姿を消してしまった。
残された私とテディは微妙な空気の中暫く立ち尽くしていた。
考えてみれば2人っきりになるのは久しぶりだわ。テディがお見舞いに来る時もゲイリーさんとかウルフさん(だったかしら?)がいつも一緒だったし。
急に2人きりにされても…まだちゃんと伝える言葉も見つかってないのに。
「あ、あの!私…えっと、お散歩に行こうと思ってたんだけど……一緒に行かない?」
「……」
「…テディ?」
おそるおそる声をかければ、ぎこちない笑顔で「いいですよ」とテディから返事が返ってくる。
(誤解…されちゃったのよね?うぅ…どうしたらいいのかしら)
終始無言で裏庭まで歩く。ウイニーのお城と違って簡素な庭には噴水といくらかの植木があるだけで華やかとはとても言い難いお庭だった。さほど広くもなく、話を切り出すタイミングも掴めない。
(綺麗なお庭…とは言い難いし……あ!噴水は立派だわ!)
「素敵な噴水ね?これは女神様の像かしら?」
女性の形をした石像の手の平からちょろちょろと水が湧き出している。水をすくおうとしているのに水が漏れている様子が何ともコミカルで面白い像だった。
私が尋ねればテディは何故か悲しそうな目で力無く微笑んで答えてくれた。
「そうですね…石像自体は戦争の影響で何度か作り直されていますが、今のこの石像は僕の母がモデルだと昔レムナフから聞いた記憶があります」
テディのお母様の…言われてみれば困った顔が何処かテディに似ている様な気もする。
「テディのお父様はお母様の事本当にお好きだったのね」
「どうでしょうか?母が父に嫁いできた時は仲睦まじかったとは聞いていますが…僕が生まれた頃にはそういう様子を目にする機会はありませんでしたから」
貴族や王族の結婚は政略結婚が常。その中でこういった像があるのなら、きっとテディのお母様は本当に愛されていたんだなぁと思うわ。
「大丈夫よ。だってこんな表情を見せる程仲が良かったって事だもの。テディのお母様はきっと幸せだったんだわ」
「そう…ですね、…ははは!言われてみればそうですよね。なんでこんな顔をしているんだろうとは思ってましたが、そうか…ありがとうレティ。言われるまで気づきませんでした。やっぱりレティは凄いです」
漸くテディらしい笑顔を見れたと私はホッと息をはく。
凄いは大袈裟だと思うけど。
「あの、ね、テディ…私…」
「レティは初めて会った時から変わらないですね」
「えっ!?そう、かしら?」
話を切り出そうとした私に被せるようにテディは私にそう言ってきた。
自分で言うのもなんだけど、昔はもっとワガママだったと思うのだけど…
変わらないと言われるとちょっと複雑だわ。
少しだけ眉を顰めていると、テディはクスリと笑って頷いた。
「見た目は凄く綺麗になりましたが、変わってないと思います。誰であろうと人を惹きつける魅力があって…レティが居るだけで幸せな気持ちになれるんですよ?初めて会った時、僕は君に救われた気がしたんです」
「そんな…私、そんな大層な人間じゃ無いわ……大袈裟よ!」
真っ赤になって訴えれば、テディはまたハハハと笑って首を振る。
それに、初めてあった時救われたのは私の方だと思うのだけど…
「困りました…やっぱり僕は諦めきれないみたいです。人として男として…兄上に勝る所は無いかも知れませんが……でも、僕はやっぱりレティが好きなんです。僕を選んではくれませんか?」
「あ、あのっ……」
真っ直ぐ見つめられてまた私は言葉を失う。
答えるなら今しかないのに、胸の音がうるさくて声を出すことが出来なくて目頭が熱くなる。
(まただわ…テディを思うとまた泣きたくなってくる…)
「…駄目ですか?そう、ですよね……すみません…聞かなかった事にして下さい。……僕、兄上呼んで来ますね!」
「ま、まって!!違うの!私…」
その場を去ろうとするテディの服に手を伸ばせば、テディはピタリとその場で立ち止まる。
「私、まだよく分からないの…だって、テディの事を考えるだけでどうしても泣きたくなってしまうのよ……好きだからだって伯母さまにもクロエにも言われたわ。でも、こんなのおかしいでしょ?好きなんだと思う…けど……テディの好きと…同じ気持ちだって…自信が無いの……」
足元にポタリと涙がこぼれ落ちれば、テディが驚いた顔で私を振り返りそっと手を伸ばしてきた。
私の頭を抱え込むと、ポソリとテディは耳元で吐息混じりに私に囁いた。
「おかしくなんて無いです。僕今嬉しくて泣きそうですよ。同じです。レティの事を考えれば僕だって泣きたくなります」
「テディ、も…?」
見上げればくしゃりと顔を歪めて笑うテディが目に映る。
テディはコクリと頷いて「確かめてみますか?」と私の頬を挟む。
熱くなる吐息と添えられた手の熱に浮かされて同じように頷けば、更にテディの顔が近づいてくる。
恥ずかしさで目を閉じると、それが合図となってやがて柔らかく暖かな唇が優しく落ちてきた。
じんわりと暖かくくすぐったい気持ちと同時に、ああ…同じなんだ…と私の中に安心感が生まれ、漸く自分の気持ちに確かな答えが見つかった気がした。




