ワガママの精算 1
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明日に響くので、そろそろ寝ようということになった。
ベッドは私が上を、クロエが下を使うことにした。
「おやすみなさいクロエ」
そう言って私は背伸びをして、クロエの頬にキスをする。
するとクロエは何故か驚いた顔をした後、
「お、やすみなさいませ」
と顔を赤くして挨拶をした。
ベッドに潜り込むと、慣れない長距離移動に疲れたのか、
意識を手放すまでに、そう時間はかからなかった。
ーーまどろみの中で見たのはあの日の夢だった。
お父様に連れられ、侯爵の家を訪ねる。
既に晩餐会は始まっており、公爵夫人の自慢話が延々と続いている。
「でね、うちの人ったら、鞄を忘れてるぞ。なんて言って私に鞄を差し出してきて、見覚えのない鞄ねぇなんて思って開けたら、中からこのネックレスが出てきて!結婚記念日でもないのにサプライズなんて私とても感動してしまいましてね」
侯爵夫人の首にあるのは、見たことのあるネックレス。
どうしたものかしら…と私は思案する。
食事を終えて、談話室に移っても、周りの婦人達に自慢話を続けていた。
はぁ…と大きく溜息をして、
私がいつも通りにすればいいだけだ。と腹を括る。
(ああ、ダメ!思い直して!)
と私は、幼い私に声も出さずに呼び掛ける。
しかしその思いは届かず、腰まである長い髪を翻しながら、
幼い私は、ツカツカと侯爵夫人に近づいて行く。
「ホント綺麗な真珠ですわね。ですがその真珠は…もっと、ふさわしい方がいるのではないかしら?」
にっこり微笑んで遠回しに告げる私。周りが凍り付いている。
嬉しそうな夫人に、まさか「その真珠は持ち主が他にいますよ」とも言えず…
どうしてこんな言い回しになってしまったのか、あの時の幼い自分を呪う。
今考えれば、誰がどう聞いても、厭味にしか聞こえない。
お父様は、侯爵様や他の殿方と話し込んでいて、こちらの様子に気が付いていない。
唖然としていた侯爵夫人は、
何をどう解釈したのか嫌な顔一つせず、
にこにこしながら首からネックレスを外し、私にそっと手渡しした。
「ええ、ええ、そうですわね!こういったものは、母から娘に受け継ぐのが慣わしですものね」
「えっ?」っと驚いた顔で侯爵夫人を見る私。
「まぁ!照れてらっしゃるのね!お可愛らしいわ。いいんですのよお気になさらないで。あら、丁度いいところに…」
私の背後から、カツンカツンと靴の音がする。
周囲は多くに人がいるのに、不思議と他の音は聞こえない。
その靴音の持ち主が、こちらに近づいてきているのが判る。
(だめ、今すぐ否定して!その場から立ち去って!)
そこで私はゆっくりと振り返るーー
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「っ!」
目が覚めた時には、額に汗が浮かんでいた。
心臓は、耳が脈うつくらい速く動いていた。
窓からは薄っすらと朝の光が射し込んでいる。
「~〜さいあくーーー!!」
ゴロンとうつ伏せになり、マクラで顔を覆いバタバタと足を動かす。
昨日、寝る前にあの話をしたのがマズかったようだ。
「姫?」
と下から声がした。そうだった二段ベッドの上だったんだ。
くるっと上から下を覗き込むと、クロエは上半身を起こしていた。
「ごめんなさい起こしちゃった?」
クロエはおろした髪をまとめながら、
「いえ、少し前に起きてました」
と返事をした。
上半身を戻し、ベッドから降りると、
「おはよう」
とクロエの頬にキスをした。
クロエはなんとも複雑な顔で、
「おはようございます」
と返した。
身支度を整えるとベッドを整え荷物をまとめる。
「朝食どうしようか?」
と言った時、コンコンと外からノックの音が聞こえた。
クロエが扉を開けると、仕事上がりだというのに、
朝食入れたバスケットを持って、アルダが中に入ってきた。
「丁度良かったみたいだね。朝ごはんを作ってきたよ」
さあさお食べ。とテーブルに、パンやスープを並べていく。
昨日の夕飯も美味しかったけど、朝ごはんも格別で、
あっという間に平らげてしまった。
もくもくと美味しそうに朝食を食べ終えた私たちを、
満足そうに見ながらアルダはお茶を入れてくれた。
ふと、ソファーの横にある私たちの荷物にアルダの視線が動いた。
「なんだい、あんた達もう行くのかい?もう少しゆっくりして行けばいいのに」
と、残念そうにアルダが言った。
「お世話になったのにごめんなさい。ゆっくりしていきたいんだけど、結構急がないといけなくて…」
そこまで言ってから、あ、そうだ!と思い出し、
ポケットからコインを何枚か取り出す。
「宿代!これで足りる?」
おそるおそるアルダに渡す。
「うーん、そうさねぇ…」
といって、私の目の前で腕を組んで唸ってみせると、
突然ぎゅーっとアルダが私を抱きしめ、
「足りないねぇ…ああ!足りないねぇ!もっといっぱい話をしてハグしたかったよ!」
と笑いながら言った。
「お金はいらないよ。あんたには充分すぎるほど世話になってんだ。姉さんの所からあんたの差し入れが届くし、何よりメルに良くしてもらってる。これ以上貰うもんなんてないよ!」
そんな…と、私はオロオロと困ってしまう。
「私の方こそ返しきれない恩があるのに…お世話になりっぱなしで…困るよ」
そういった私を、アルダは抱きしめたまま驚いた顔で見つめ返してきた。
「そんな事!とっくにお釣りがくるくらい返してもらってるさ!まったく、あんたって子は…しょうがない子だねぇ。あんたの気が済むならこれだけもらっとくさね」
とやっぱり私を抱きしめたまま、私の手の中からコインを1枚だけ受け取った。
むぅ…と少し不満顔をしてみせるが、
やっぱり受け取らないと言われるのも嫌なので、すぐに気を取り直した。
「そうだ、ねぇクロエ」
と、私はクロエに声を掛ける。
「はい」
「クロエの髪とあと剣と鎧!流石に目立つから変装した方がいいと思うんだけど…特にイオドランは海軍があるし軍の人ならクロエの事を噂とかで知ってる人もいるんじゃないかなぁ」
そうですね…と顎に手を当て、クロエは思案する。
「剣の方は何とかなりますが、鎧を荷に積むのは流石に無理ですし、売ろうにも送ろうにもこの鎧は特注なので足が着いてしまいますね」
うーん。と2人で悩んでいると、アルダが話に入ってきた。
「なんだいなんだい?そういう事なら私の出番じゃないのかい?」




