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たったひとつの奇跡 1【フィオ編@リオ】

 =====



 船から布を被せられた担架が慎重に陸へと運ばれてくる。

 夢想の兵士達の長蛇の列が街の外壁を通過し、続く様に担架が後をついてくる。

 疲れ切った兵達の足取りは重く、担架の先頭に居た兵がガクリと足を挫いてしまう。

 慌てて体勢を立て直し兵が歩みを進めようとした時、担架から白く細い手が力無く垂れ下がる。

 その手からは彼女が被っていたのであろうツバのついた帽子が彼女の手から離れハラリと地面に落ちた。


 付き添いで来ていた俺はそれを拾い上げて担架を止める。

 布を捲れば穏やかに眠るレティが顔を出した。

 以前よりも白くなった肌は冷たく、所々に雪狐の氷がまだ少し残っていた。


 垂れ下がってしまった手を戻してやり再び布を被せると、兵士に進むように指示を出した。


(まだ…信じられないな)


 帽子を片手に握り締め、城へ向かう行列を呆然と暫く眺めていた。


 初めて会った時は正直厄介な女がやって来たものだとうっとおしく思った。

 だが一緒に過ごすうちに努力家だとしり、身分を隔てない行動に本来王や貴族がどうあるべきなのかという事を教えられた。

 ーーいつか義妹になるのだろうとそう思っていた。


(いや、義妹になる。フィオが失敗する筈がない)


 帽子を握りしめながら、先刻ラハテスナの女王を名乗る女性との会話を俺は思い出していた。



 **********



『まったく間に合わないかと思って焦ったぞ。まさかこうも早くレティアーナが死んでしまうとはのぅ…眠虎が途中からいなくなってここまで来るのに時間がかかってしもうたわ』

『黙れ!レティは、死んでなんかいない!!』

 ギラギラと金色の目を光らせるフィオにたじろぎもせず堂々とした様子で女王と名乗った女性は呆れつつも言った。


『いいや、確実に死んだぞぇ。信じられぬと言うならお主の船から連れてくれば良い。そこのヒゲが丁重に保存しておるわ』

 くいっと女王がゲイリーを指すと、ゲイリーは驚き目を見開いた。するとフィオは困惑した眼差しをゲイリーに向けた。何処か縋るように瞳を揺らして…

『本当か?ゲイリー…』

『はい。こちらへ航行中に姫君の遺体を発見致しました。雪狐に頼んで腐敗が進まないように氷で遺体を保存しております。ですがあれから大分時間が経ってしまいましたので…氷はかなり溶けてしまっているかと』


 何故この突然現れた女王を名乗る女がそんな事を知ってるのかと困惑しつつもゲイリーはフィオに恐る恐る説明した。

 ゲイリーが深々と頭を下げると、顔を真っ青にしてフィオはがくりとその場に膝をついた。

 まだ何処かでレティが生きていると信じていたのだろう。いや、俺だって到底受け入れられる話ではないと思う。


 怒りと悲しみが混在した瞳を眩く揺らし、フィオは泣き叫ぶ。

『嘘だ……嘘だ!また偽物に決まっている!!連れてこい!今すぐにだ!!俺が、俺が確かめる!!』

『知ってはおったが見苦しい男じゃのぅ…』

 部屋を出ようとしたゲイリーを片手で止め、女王は目を細めながら睨みつけてくるフィオに言った。

『フィオディール・バルフ・ラスキン。レティアーナの死を受け入れよ。取り返しのつかない事になる前にな。それが出来なければ救えるものも救えなくなる』


 女王の言葉にその場にいたもの全てが怪訝な目を女王に向ける。

 救えるとはレティの事だろうか?

 死者が蘇るとでもこの女王は言うのか…?


『のうフィオディール。お主は今分かるはずじゃぞ。お主とレティにしか起こせぬたった一つの奇跡がある事が。それはお主(・・)自身がレティアーナに言った事。あの夢が過去でも未来でも歪んだものは正すことが出来るとのぅ』


 フィオは女王の言葉に目を見開く。フィオは何か心当たりがあったようだが、先程からずっとこの異国の女王の話には全くついて行けていない。


『すまんが、俺達にも分かるように説明してくれないか?そもそも何故異国の女王がここにいる?』

 1から説明を促すと、女王は眉を潜めてとても不快そうに俺を睨み付けた。

『なんじゃ…今そんな事重要ではなかろうが。しょうがないやつじゃのう』

『ライリ…一応無関係ではないのだから説明して差し上げるべきだ。そもそも唐突に現れた我々の方が部外者なのだから不審に思われても仕方無い』

 そう言って後ろの従者らしき男が溜息をつきつつ女王を(なだ)めると、女王はとても面倒臭そうに俺達に説明を始めた。


『しょうがないのぅまったく。時間はあまり無いというのに。良いか一度しか言わぬぞ?妾には未来を見る力がある。ラハテスナ王家に伝わる神獣の力じゃ。して、ユニコーンにも少なからずそういった力があるのじゃ。二年前、あの娘は本来ならばあり得ない未来。つまり今の状況じゃ。それを見てしまった。その未来を正すべくあの娘はラハテスナを訪れ妾に助けを求めたんじゃが、あろうことかあの娘、その力を使うことなく歪んだ未来を突き進みおった』


 まくしたてる様に話す女王を呆れた顔で従者らしき男が(たしな)める。

『君がレティアーナ様にちゃんと説明をしなかったから…』

『ええいやかましい!済んだ話をほじくり返すでない!…ゴホン。して、あの娘の未来はそこのヒゲの乗る船と出会って死ぬ運命が確定してしもうた。幾つもある未来を見ても船首に激突して死ぬか、斬られて死ぬか、沈没して溺死するかしかなかったのじゃ』


 俄かに信じ難い話が展開して行くのに頭の処理が追いつかない。

 未来を見通せる力?レティの死は定められた運命だったとでも言うのか!?


『あー。みなまで言うな。信じられずとも良い。話が止まる。聞き流せ。とにかくじゃ、死の運命というのは決定付けられてしまえば避けるのは難しいのじゃ。無理やり変えようとすればそれだけ歪みが生まれる。ではどうすれば良いか妾は考えた。考えた末に出した答えがーー』

『もしや、あの毒ですか?』


 得意げに話していた女王の言葉を遮るようにゲイリーが呟く。

 そう言えばレティは毒を飲んで自害した様だとゲイリーは言っていたな。

 もしやその毒を用意したのがこの女王だというのか?

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