騎士の哀悼 2【フィオ編@ゲイリー】
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全艦に指示を送ると、慌ただしくマストへ兵が登り帆を張る。
船は速度を増し徐々に目的の戦艦へと近づいて行った。
陣を組みながらエッカート率いる艦隊が近づき前に回り込み退路を断つと、私率いていた艦隊二艦で左右後方から船体の腹部を狙って衝角を突き刺した。
唐突に目の前に現れた艦隊に鯨波の兵士達の驚く様子が船室からも伺えた。
船首から夢想の兵が次々と鯨波の艦内へ侵入する。
船が沈むまでにこの船の目的を探し出さなければならない。
私はキツネを連れて夢想の兵達の後ろから艦内へ侵入すると、敵兵を避けながら船長室を目指した。
船長室には既に人はなく、物が散乱しているだけだった。
「逃げた後か?雪狐、邪魔が入らないように見張ってて貰えますか?」
「おっけー!」
何かあるならばこの部屋に手掛かりがあるはずだ。
机の上や引き出しの書状、日誌に至るまで手当たり次第見つけたものを袋に詰め込む。ここで読んでいる時間は無い。船に戻ってから読むのがいいだろう。
「よし、目ぼしいものは手に入れたが…船長は何処だ」
「あ!ゲイリー、あれ!あの人そうじゃなぁい?」
キツネが指を指した場所に一際見なりのいい老齢の男が部下らしき兵を引き連れて船内へ入って行く姿が見えた。
「追うぞ!出来れば生け捕りにする!」
「おっけーー!」
目的を簡単に吐くとは思えないが船長を生け捕りに出来れば書状よりも確実な情報が得られるはずだ。
甲板の上は既に閑散としていて、足下の船内の方が騒がしいくらいだった。
どうやら内部の方が抵抗が激しい様だ。
外に残っていた夢想兵を1人捕まえ、船長室で手に入れた書状や日記の入った袋を手渡し駆け足で船内へ入って行く。
すると船の三層目船首付近でその場には似つかわしくない不自然な板張りの部屋の扉を必死に叩いている先程の船長らしき男の姿が目に入った。
「そこのお前!無駄な抵抗はやめておとなしく投降しろ!」
「!…クソッ!!」
船長らしき男は扉から離れるとこちらへ向かって剣を構え突進してくる。
切先を避け男の脇腹に剣を添わせるように斬りつける。
男は顔を顰めながらも身体を反転させ私の首に狙いを定め剣を振り上げる。
私はすれすれの場所で転移を行うと、男の背後から剣を喉元に突きつけた。
「動くな!剣を放せ。命が惜しければ投降し、素直に目的を吐け!」
私がそう言うと、周りにいた鯨波の兵や夢想の兵が手を止める。やがて男はくつくつと肩を揺らし笑い始めた。
その声は徐々に大きくなっていき、唐突にピタリと笑うのをやめた。
(頭が可笑しくなったのか?)
そう思って警戒していると、ニヤリと男は笑みを浮かべて私に不可解な言葉を吐き出した。
「なるほど…王族の潔さとはこういう時に使うものなのですね」
「…何を言っている?」
男の言葉に訝しんだ直後、男は剣を両手で握り締めると腹めがけて突き刺してきた。
「!!」
男の剣が背中を突き抜けるギリギリで男から離れる。
「ック…」
それでも切っ先が腹に触れ、深傷ではないが私の皮膚を切り裂いていた。
「ゲイリー!大丈夫?」
驚いてキツネが駆け寄ってくる。流れる血を片手で押さえていると、キツネは袖の布を裂いて止血を施してくれた。
「ありがとう。油断した…まさか自害するとは。そろそろ撤退しないと、だいぶ船が軋んできてますね…」
「待って!あの部屋凄く気になるの。血の匂いが多いから判りにくいけけど、花の匂いと……」
キツネは珍しく訝しげな表情をみせると狐の姿をとり、男が叩いていた扉の前へと駆け寄る。
扉の前をウロウロと匂いを確かめる様にうろついた後、慌てたように人の姿をとり悲痛な声でキツネは叫んだ。
「ゲイリー大変!!あの子が!あの子が中で倒れてる!!」
今にも泣きそうな顔でキツネは私を必至で呼ぶ。
あの子とは?キツネの知り合いでも居るのだろうか。
腹を押さえつつ、急いで作ったような不自然な小さな部屋の扉を開こうと取っ手に手を掛ける。
部屋自体は簡素な作りであるにも関わらずノブは一向に回らず、体当たりをしても石壁のようにびくともしなかった。
「駄目よゲイリー!この部屋あの子の魔法が掛かってる!あの子じゃないと解けないわよぅ!」
「魔法?…成る程。一種の結界が張ってありますね。転移で入るしかないか」
板張りの壁の隙間から中の様子を伺う。確かに長い金髪の誰かが倒れているのが見えた。
よくは見えないが、女性のように見える。
ーー長い金髪の女性?
嫌な予感を振り払うように転移で部屋の中へ入る。
すぐ目の前に飛び込んできたのは部屋に突き刺さった船首の一部。
そしてそのすぐ下に倒れこんだ女性の姿があった。
「しっかり!私の声が聞こえますか!?」
女性の肩を軽く揺すってみるが全く返事がない。手を離すとゴロリと力無く仰向けに身体が転がった。
「…!!」
見開かれた青い目には光が無く何も映して居ない。口元からは泡を噴いた後が残っていた。
身体はまだ暖かいのに首元に手を当てればその鼓動は完全に止まってしまっている事が判った。
全く知らない相手ならばまだ良かった。だが、以前キツネがこの女性の姿へ変化した所を私は見て知っていた。
「何て事だ……」
何故この方がここに居る?何故この船に乗って…何故息をしていない!!
鯨波の連中に連れて来られ殺されたというのか?!
…いや、この部屋には内側から結界が貼ってある。キツネもあの子の魔法と言っていたからこの方が自らの張ったのだろう。外傷も見当たらないし、なによりーー
苦しそうに開かれている姫君の目と口元をそっと閉じてやると、傍に硝子の小さな小瓶が転がっているのに気がついた。
(自害…なされたのか)
何故そのような決断に至ったのか。
身体がまだ暖かい事を考えると、我々が突入した所為で混乱なされたのか?
やり切れない気持ちを感じそっと目を伏せる。
殿下がこの事を知ったらどうなるのだろうか…
「ゲイリー!早くしないと沈んじゃうわよぅ!!」
扉の向こうからキツネに言われハッと意識を取り戻す。
腹の痛みに耐えながら、姫君をそっと抱き抱えると転移魔法を使い甲板へと向かう。
外へ出ると居た堪れない気持ちを抑えながら全員に聞こえる様に帰還命令を下した。
「目的は達成した!全員本艦に戻れ!!エッカート殿と合流する!」
私の合図を聞くと兵達は口々に帰還を復唱しながら転移を開始した。
本艦へ戻りキツネと合流するとキツネは慌てて私の元へ駆け寄る。
徐々に冷たくなって行く姫君の頬を労わるように撫でると氷の様な瞳を揺らしながら静かに涙を流した。




