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復讐と真実 6

 =====



 部屋に運ばれてきた夕食もろくに喉を通さないまま翌日になる。

 朝食にしては豪華な食事が運ばれてきたけど、やはり食べる気は起きなかった。


 私がここに来るまでに沢山の人が犠牲になってる。

 あの町の人たちは無事だろうか…クロエやダニエルが咎められたりしてないだろうか。


 なんでこんな事に…


 ろくに手をつけなかった食事が下げられるのを見つめていると、入れ替わる様にヘレゼンが入ってくる。

 やはり彼は気遣わしげに目を細めて私を見つめて言葉を投げかけて来る。

『昨日の夕飯もあまり口になさらなかったと聞いていましたが、こちらの食事はお口に合いませんでしたか?』


 そう問いかけるヘレゼンの質問には答えず、逆に私は彼を責めたてた。

『…ここは何処なんですか?私をウイニーに帰して下さい!!こんな事、陛下が黙っていると思わないで!』


 ここがリン・プ・リエンなら間違いなく国際問題に発展する。

 ただでさえリン・プ・リエンは内戦の問題を抱えているのに……

 もしかして、ウイニーを戦争に巻き込むために…?


『貴方は本当に誰なの……』

 嫌な考えに真っ青になっていると、彼はニッコリと笑みを浮かべて恭しく頭を垂れた。


『貴女様は本当に運がよろしい。まさかウイニーに流れ込んだ難民の中に暴漢が潜んでいたとは恐ろしい話です』

 唐突に何の脈略もない話をヘレゼンは始める。

 その顔には私に憐れみの情を浮かべて、ただ言葉は淡々と口から漏れ出てくる。


『しかし逃げ込んだ先がココで良かったです。何日も走り続けてお疲れでしょうがもう安心して頂いて構いませんよ。ここはリン・プ・リエンでも最強を誇る国王直属の鯨波騎士団の砦のひとつでウズマファス砦です』

『貴方は、何を言ってるの…?』

 全く会話が成り立たないどころか何の話をしているのかも解らない。

 混乱する私に動じることなくヘレゼンは慰めるように私の頭を撫でてくる。


『ご記憶が混乱されているのですね。無理もありません酷い目に遭われたのでしょう。ウイニーに返して差し上げたいのは山々なのですが、我が国はご存知の通り内戦が勃発している為安易に兵を動かすわけには行かないのです。しかしご安心下さい、既にこちらの使者がウイニーへ使いに向かいました。優秀な者ですから必ず迎えの兵を大勢連れて(・・・・・・・・・・)姫を助けに来て下さいますよ』

『!!』

 更に青くなった私にヘレゼンはニッコリ微笑みかける。


 本当にウイニーを巻き込むつもりなんだ…

 この人は私を人質にしてウイニーを脅すつもりでここに連れて来たんだわ。


『そんな事をしてウイニーとの関係が悪化するとは思わないのですか?!例え貴方がたが勝ったとしてもウイニーとの間に遺恨が残ると何故考えないの?!』

 キッとヘレゼンを睨み付けると、彼は笑みを貼り付けたまま私に答えた。


『何も心配なさる事は御座いません。ここへ姫を匿うようにと配慮なさったのは陛下の御心です。お優しい陛下にレティアーナ様は心を打たれ今すぐにでも王都へ迎い愛しい恩人とご結婚なさる予定ですから』


 会話が成り立たないのは当たり前なんだと愕然とする。

 ここへ私を連れて来ると計画した時からヘレゼンの…ううん。この計画を指導した国王のシナリオ通りに全てが動いているだけなのだから。


 そこに私の意思も真実も関係無いんだ。


『私は、人を人と思わない国に嫁ぐつもりはありません!』

『ご安心を。陛下はとても慈悲深いお方です』

『いいえ!慈悲深い方ならこの内戦は起こらなかった筈です!血を分けた兄弟が争うなどあり得ませんもの!』

『…レティアーナ様は誤解なさっている。ウイニーで出回っている新聞記事には誤りがあります』

 ヘレゼンは哀愁を漂わせて「ふぅ…」と小さく嘆息を吐いた。


『先頃内戦で宣戦布告したリオネス殿下は偽物なのですよ。送られてきた文書を見た陛下自身がリオネス様の筆跡ではないと断言なされた。そもそもリオネス様は2年前東の方で陛下から命じられた任務に失敗してお亡くなりになられている。亡き弟君を語られ陛下自身が気に病んでおられるのですよ』


 あり得ない!

 と、叫びたい気持ちをグッと押し込める。それを言ってしまえば何故私がリオを知っているのかと問いただされるだろう。

 ウイニーで匿っていたなど知られてはならない事だと流石の私にも判る。


 リオとテディとの関係がばれてしまえば、私は2人にとって最も都合の悪い存在になってしまう。


 グッと唇を噛み締めて絞り出すようにヘレゼンに問いかける。

『ならば何故この内戦が起こったというのですか。人望のある方ならこんな事起こるはずが無いわ』


 刹那、パシンと左の頬に衝撃が走る。

 今まで笑顔や憐れみの表情を貼り付けていたヘレゼンは突如本性を現したかのように氷のような視線を私に突きつけて地の底から響くような低い声で私に言った。


『ここはウイニーとは違います。いくら公爵家の姫君と言えど陛下への不敬は万死に値すると心得て起きなさい。最も貴女様は他国の姫君でウイニーとの関係を考えれば殺されるような事はまずないでしょうが…』

 そこまで言うとヘレゼンはニヤリと冷笑を浮かべて、叩いた頬を労わるように撫でつけながら私に言った。


『レティアーナ様は小さな子供がお好きだとお聞き致しました。例え道端で寝食をしている様な小汚い子供でも見捨てておけない様なお優しい方だと…陛下もそのような姫を妃に迎えられるとはなんて幸運なのでしょうね?』


 腫れる頬の痛みすら忘れるくらいの衝撃を受ける。

 私の言葉で、行動で、また誰かが犠牲になっても知らないとヘレゼンは暗にそう言っているのだ。


『酷い…なんでそこまでして……』

 堪えていたものが頬を伝う。その雫をヘレゼンは優しく拭うと、満足そうに立ち上がり私に向かって目を細めた。

『言ったでしょう?貴女様は我々にとって頼みの綱だ。生き残る為の多少の犠牲は致し方ないと思いませんか?』

『王族なら王族らしく負けを認めて自害すべきよ』

『残念ながら私は王族ではありませんから。そのような美学は理解出来ません』


 話は平行線のままヘレゼンは部屋を出て行こうとする。

 その背中を睨みつけていると「そうでした」と、ヘレゼンは立ち止まる。

『姫には何かと負担をお掛けしてしまいますが、今夜のうちに王都へと向かおうと思います。昼間に動くと我々の軍は目立ってしまいますから。その間どうかごゆるりとご自愛下さいませ』


 ヘレゼンが礼をして出て行った直後、私は扉に向かって近くにあった花瓶を投げ付けた。

 花瓶は大きな音を立てて砕け落ち、床には破片と水と活けてあった色とりどりの花が散乱する。

 床に敷かれた絨毯に大きな染みが広がり、活き活きと咲いていた花は無惨にも花弁がバラバラになってその美しさを失っていた。


(誰か助けて…お兄様、お父様………テディ…)


 漠然と扉を見つめて立ち尽くしていた私はやがて力なく床に座り込むと、ベッドに顔を埋めながら声を押し殺して暫く泣き続けた。

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