復讐と真実 1
カルキルベネスの毒がこの村の何処かにある。
何に含まれているのかなにを口にしたのか早急に調べる必要がある。
それと解毒薬…
「お医者様、解毒薬の方は…」
毒物など考慮していない私にそんな持ち合わせは勿論ない。
するとお医者様も難しい顔で首を降った。
「解毒薬を作るならあの花自体が必要になる。カルキルベネスは山岳地帯の花。しかもこの時期となると…」
開花時期は春先…土を掘れば球根ぐらいは見つかるだろうけど、目星をつけている時間も山に登っている時間もない。
(どうしたら…)
うろうろとその場を歩き回り苛立たしげに思案している私に、クロエが立ち塞がって声を掛ける。
「姫、落ち着いて下さい、焦る気持ちは判りますが出来ることから始めましょう。ダニエルもいるんです。町を調べるならば彼以上の適任者は居ないのでは無いですか?」
思わぬ言葉に顔を上げてクロエを見つめる。
確かに、彼なら町の構造や特徴は勿論、人の中に入って行くのも容易だろう。
でも…
「カルキルベネスの毒は微量でも効果を発揮するし唯一イチゴのような匂いが微かにするだけで何かに溶けてしまったり混ぜてしまえば判らないのよ」
見つけ出すのはかなり困難な気がする。
そんな不安をものともしないとでも言うようにダニエルがポンっと私の肩を叩いた。
「毒その物もだが、人の流れや患者の共通点を探して行けば必ずどっかに辿り着くだろ?こういう事は俺に任せておけ!それと後は町の人間に口にするものに気をつけるように言っとかないとだな」
その言葉にクロエが神妙に頷く。
「手伝いに来た兵何人かに頼んで急ぎ町中に伝えましょう。後、出入りの制限も行った方がいい」
「クロエ…ダニエル…お願いします」
テキパキと動く2人に私は頭を下げる。すると2人とも軽く敬礼をして自分のやるべき事に走り出す。
2人の背中を見送っていると、不意にある事を思い立った。
(そうだわ…もしかしたらヒルダやアルダならば解毒薬を用意できるかもしれない!)
私は急ぎ手紙を認める。おそらくヒルダが距離的にも早いだろう。
想いを込めて手紙を2人に送る。
手紙が手元から消えた後、クルリと周囲を見渡した。
(とにかく今出来ることを…)
私はお医者様の所へ戻ると、兵士たちに混じって彼らの看病を手伝った。
夕刻が過ぎ、やがて深夜に近づいた頃、重篤だった子供の体力が限界に近づいていた。
手を握ると既に冷たく、息をしているのが不思議なくらいだった。
「死なないで…」
ポツリと呟いた私の言葉にその子が反応することはなかった。
こんなところにある筈の無い毒が何故…
被害は難民だけでなく、既に町中に広がっている。
無差別に誰かが意図的に毒を撒いている。
中心は難民に見えるけど、難民以外の人も口にするもの…
「いかん!」
お医者様の言葉にハッと思考を止めて顔を上げる。
聴診器で何度も子供の心音を確かめている。
心臓が止まろうとしているのだとすぐにわかった。
「お願い!死なないで!!」
必死になって声を上げると、スカートのポケットの辺りがほんのり暖かくなった。
ハッとしてそちらを見れば、小さな光がスカートから漏れ出していた。
ポケットに手を入れ、懐中時計を取り出すと、眩い光の中から1人の青年が現れる。
少し難しい顔で私の前に跪いた銀糸の彼は間違いなくテディを蹴り飛ばしたユニコーンだ。
突然現れた青年にお医者様も周りの兵士も唖然とする。
私は構わず彼に話しかけた。
「貴方、助けられるの?」
何の用も無しに彼が自分から現れるなんて思えない。きっと何か方法があるから出てきたんだ。
「他に重篤な奴はいないな?」
と、彼は憮然としてお医者様に聞く。
お医者様は困惑しながらも、
「あ、ああ…今の所この子だけだ」
と、彼に答えた。
彼はフン!と鼻を鳴らすと、
「乙女が泣きそうだから助けてやるけど、こいつだけだ。俺の角だって無限じゃないからな。後は薬でもなんでも届くの待ってろ」
と言って私に手頃な器をもたせると私の腰からショートソードを取り上げて、額の小さな角をカリカリと削り始めた。
キラキラと銀色に輝く粉が器に溜まってくる。
小さじ程の量になったところでユニコーンはショートソードを地面に置くと、にっこりと私に微笑んで、
「それをそいつに飲ませるといい。すぐに良くなる。だから泣かないでくれ」
と、私の頭を優しく撫でてきた。
半信半疑でその子の口に少しずつ粉を運ぶ。
既に心臓が止まりかけているのだ。口に入れるだけで精一杯で、ちゃんと喉の奥まで届くかどうか…
不安を感じながらもなんとか全て口の中に粉を入れる。
そっと顎に手を当てて口を閉じてあげる。暫く見守っていると、キラキラと子供の身体から銀色の光が仄かに漏れてくる。
その光が徐々に消えてくると、頬に赤みがまし、唇の色も健康的な色に変わり、手の平には柔らかな温もりが戻ってきた。
子供の口からは規則正しい呼吸が漏れてきた。
お医者様は驚いて胸に聴診器を当てると、信じられないといった顔でユニコーンを見上げた。
「心臓が…正常通り動き出した……チアノーゼもない…健康そのものだ」
お医者様の言葉に満足そうにユニコーンは腕を組んで「当然だ!」と言わんばかりに胸を張った。
「ありがとう!君のおかげだ。私ではどうにも出来なかった」
と、お医者様はユニコーンの手を掴んで硬く握手を交わした。
ユニコーンはそれに驚いて、ポッと少しだけ頬を染めてから手を振り払った。
「よ、よせっ!俺は乙女が泣きそうだったから助けただけだ!他意はない!他は助けないからな!俺だって角は大事なんだ!!」
ユニコーンの角は万能薬…そんな話を聞いたことがある。
そっと彼の角に手を伸ばし、削れてしまったところを優しく撫でて労った。
「ごめんなさい。痛くなかった?貴方のお陰で本当に助かったわ」
ありがとう。とお礼を言う。
ユニコーンはますます頬を赤くして「別に…痛くない」とだけ答えた。
「何かあったら私を呼ぶといい。角はもうあげられないが、私に出来ることがあれば手伝おう。…だからどうか泣かないでくれ乙女よ」
威厳を放ちながらそう言うと、彼は笑みを浮かべながら光と共にまた消えて行った。




