表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/245

ワガママに癖あり 7

 暫らく歓談した後、アルダは寝室と夕飯の準備をして来るからと言って、

 部屋を出て行った。

 店を開けたのかいつの間にか、ボソボソと話し声が酒場の方から聞こえてくる。


「姫…いくら姫の恩人とはいえ、此方にお世話になるのはやはりどうかと…」

 外の様子に気がつき、クロエはまた落ち着かない様子で口を開いた。


「んー。クロエが心配するような事は多分大丈夫だと思うよ?」

 しかし…とクロエは抗議を続けようとする。


 どう説明したら良いものかと私は私で困ってしまう。

「娼館、と言ってもね、このお店はその手のお店じゃなくって…うーん…」

 しばらく悩んだ後、ああ!と思いつく。


「このお店の名前、クロエ覚えてる?」


 はて…とクロエは首を傾げる。

「確か、【かかとの折れたハイヒール亭】でしたか?」

 自信なさげな返答だけど、ちゃんとあっていた。


「そう!ハイヒールのかかとが折れてるの!つまりそういう店なのよ!」

 と少々必死に訴えてみるが、いまいちクロエは解らないらしく、はぁ…?と応える。


「ううう。ハイヒールのかかとが折れたらお店に入れないでしょ?」

 と言ってもやはり要領を得ないようで、はぁ…?と応える。


「………ハイヒール履くのはどんな人かしら」

 とポツリと言ってみる。

 暫くクロエは考えて、サッと顔色が悪くなる。


「まさかと思いますが、女人禁制……?」

 コクコクと縦に首を振ってみせる。

 ハイヒールを履くのは女性、

 そのヒールが折れているということは女性は入れない。

 つまり男性専門の店という意味合いがあるのだ。


「ホントに女性が入っちゃいけない訳じゃ無いんだけど、基本的にここは男性しかこないわ…店主は女性なのにね」

 くすりと思わず笑ってしまう。


 クロエは、信じられないと首をブンブン横に振る。

「例えそうだとしても、やっぱり…その…娼館であることには変わりないので、反対です!」

 大丈夫大丈夫と言い続ける私と、クロエの、いけません!という言い合いは、

 アルダが夕食を運んでくるまで続いた。


 何事だい?という顔でアルダは食事を置き、クロエが事情を説明する。

 するとアルダは、アッハッハッハッハと豪快に笑い、

 自分の店を侮辱されたとクロエの事を嫌がるでもなく、

 クロエの背中をバシバシ叩きながら答えた。


「あんたの言う通りさね。嬢ちゃんが間違ってる!でも、安心おし。あんたたちが泊まるのはここじゃなくて、私の自宅だからさ!流石に私もこんな所に貴族の姫さん泊められやしないよ!さあさ、ご飯お食べ!夕飯食べたら連れてってやるよ」


 その言葉にほっと息をつくクロエは、

「すみません。ご迷惑をおかけして…御世話になります」

 とアルダにお辞儀をする。


 べつに気にしないのに…と私がぼそりと言うと、

 クロエとアルダがほとんど同時に、

「いけません!」

「何考えてんだい!」

 と怒るのだった。




 =====




 夕飯にはウサギの肉のソテーとカボチャのスープにパンが添えられ、

 どれも頬っぺたが落ちるくらい美味しかった。

 食事を終えアルダが食器を下げていると、

 酒場の方からなにやら歌声が聞こえてきた。


 歌っているのはやはり男性のようだった。


「綺麗な声ねぇ…誰が歌っているのかしら?」

 うっとりしながら呟くと、

 ああ、あれかい?とアルダは答えた。


「さっきあんたたちが泊まる部屋の準備に帰った時、歌で稼げる所は無いかって聞かれてね。だったらうちに来るといいって連れてきたんだよ」

 その人はここがどんな場所か判ってるのかしら?と少し心配になった。


 その疑問が顔に出ていたのか、アルダがふっと笑った。

「大丈夫さ、吟遊詩人ってのは酒場渡り歩いてなんぼだからね。何かあってものらりくらりと対処するさ」


 アルダが部屋から出て行った後、お茶を頂きながら歌に耳を傾ける。

 戦争の歌、悲恋の歌、旅の歌と、様々な歌が聞こえてきた。

 どれも短い唄だったけど、

 魅力的な歌声にもっと聞いていたいという衝動に駆られる。


 そしてそれは、どんな人が歌っているのかしら?

 と、見てみたいという好奇心に変わってくる。


「…クロエ、私お手洗いに行ってくる」


 そう言うと予想通りクロエはついてこようとするので、

「大丈夫よ、すぐそこにあったし。私はぱっと見男の子にしか見えないから目立たないけど、クロエはそのままだと目立っちゃうからここで待ってて?」

 と言うと、

「何かあったら直ぐに呼んでください」

 とあっさり引き下がった。


 私は部屋を出ると、よっし!と小さくガッツポーズをする。

 トイレに行くふりをして、サッと部屋の死角に隠れる。

 アルダに通された部屋には扉がないので、

 クロエから見えないようにそっと移動する。


 通路はT字路になっていて、真っ直ぐ進むと厨房の方に、

 角を曲がると酒場の方に繋がっていた。

 角を曲がると、酒場までの距離は意外と遠く感じられた。

 宿部屋入り口付近は、酒場側から直接見えないように、

 品のいいレースのカーテンが掛けられている。


 アルダが居ないのを確認して、そーっと音を立てないようにカーテンに近づく。

 カーテンに手をかけ、恐る恐る覗くと、ガタイのいい男性の背中が目に飛び込む。


 男は近くにあるテーブルカウンターに肘をかけ、

 奥にいる吟遊詩人の歌に耳を傾けながら、トップルをあおっていた。

 反対側から覗こうとしても、その男性の隣に、

 更にガタイのいい男性が視界を塞いでいた。


(ううう〜…この人達邪魔でよく見えないぃ)


 背伸びしてみたり、屈んでみたりとなんとか覗こうとしてみたものの、

 かろうじて見えたのは、とび色の髪だった。


 もうちょっと…と足を踏み出すと、後ろからグイッと首根っこを掴まれた。

「ぐぇ」っと思わず声が漏れる。


「まったくあんたは小さい頃とちっとも変わらないねぇ!」

 いつの間に後ろにいたのか、呆れた顔でアルダが立っていた。

 えへっと笑って見せると、頭にゲンコツが飛んできた。


「表からは出れないから、裏から行くよ。途中で居なくなったりしないどくれよ?」

 と、ずるずるアルダに引きずられその場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ