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想いの行方 6

 しんと部屋の中に静寂が訪れる。

 部屋の外からは開いた扉の隙間から人の足音や話し声が賑やかに響き渡っていた。


 ダニエルの今まで以上に真剣な瞳を見つめ、私は返事に躊躇してしまう。


(この言葉はきっと本気(・・)なのだわ)


 今までの言葉に真剣味がなかったとかそういう意味では決してない。

 ただ、今の言葉はなんていうか重みみたいなものがまるで違うとそう感じた。

 後がないという切迫した想いが込められている様に思う。


 そう感じるのはきっとダニエルも私も気が付いているからなんだわ。

 私が彼にずっと気後れしていた訳も、彼はきっと気付いていた。

 言及しなかったのは彼自身も恐れていたからだ。


 ふと、目を伏せて再びゆっくりと目を開くと、静かに深々と頭を下げる。

 再びゆっくりと体を起こすと、スカートの衣擦れする音だけが部屋に響いた。


「ごめんなさい」

 と、ただ一言彼の目を見て答えた。


 多くは語らず、ただそれだけだった。

 ダニエルは深く息を吐き出すと、ガックリと肩を落とし「やっぱりなぁ…」とポツリと言った。


「ノートウォルドで会った時にそんな気はしてたんだ。いや、まぁ出会いもハニーにしてみたら最悪だったんだろうしな。あーあ、初恋は実らないっていうが本当だな」

 苦笑しがちにダニエルは言った。


 その台詞に少々面を食らっていると、ダニエルは何処か吹っ切れた笑顔で私に言った。

「まぁ失恋したらいつでも俺のとこに来いよ?なんなら俺は愛人でも構わねぇから」

 あ、愛人!?

「あ、貴方ねぇ!」

 私が呆れて抗議しようとすると、ダニエルは私のこめかみにそっとキスを落としてヒラヒラと手を振りながら部屋を出て行く。

 最後に一言「ありがとな」とだけ振り向きもせずに力なく彼は呟いた。


 ダニエルが去った扉をじっと見つめる。

 想像していたよりもずっと呆気なかったなと思う。

 彼の事だからもっと食い下がるだろうと思っていたし、もっと傷ついた顔をするだろうと思っていた。

 やけにスッキリしたダニエルの顔を思い浮かべる。

 覚悟を決めた人間ってああいう顔をするのね…


「私を好きになってくれてありがとう」

 言えなかった一言を私は扉に向かって呟いた。


 翌朝、一階の食堂まで降りると、クロエとダニエルが神妙な面持ちで何か話し込んでいた。

「おはよう、どうかしたの?」

 と、私は2人に声を掛ける。

 私に気がついたダニエルとクロエは形式的に敬礼をすると「おはようございます」と言って私に返事を返してきた。


「それが、昨日から今日にかけて町で体調を崩す人が急に増えているらしいんです」

「俺もさっき町にでて様子を見てきたんだけどよ、難民が集まってる臨時キャンプの人間ばかりが体調を崩してるみたいなんだ。医者も対応に追われてるけど、だんだん患者が増えているらしい」


 2人の報告に私は眉を顰める。

 何か伝染病の類かしら?この町の臨時キャンプはまだキチンとした形で整っていない場所もあるから、不衛生な環境でそういう事が起こったのかもしれない。

 病気に効く魔法薬が無い訳じゃ無いけど伝染病となると私の薬では治せないかもしれない…


 2人もここに来るまでにある程度魔法薬の事について勉強したお陰で私の危惧を理解していた。

「姫、どうしますか?私はリドまで赴いて現状を知らせて薬を調達してもらうのが最善かと思うのですが」

「そうね…ただ、なにが原因かが判らないし伝染病とも断定できる訳でも無いから……とりあえずキャンプの方へ赴いてお医者様のお話を聞きましょう」

 私がそう言うと2人は神妙に頷いた。


 現地へ赴くと、お医者様がせっせと患者の対応に追われていた。

「状況はどうなっているのですか?何かお手伝い出来ることは?」

 私が声を掛けると、お医者様は手を動かしたまま私に向かって言った。

「人数はそれ程多くない。だが徐々に増えてきているのは確かだ。原因は判らないが皆同じ症状だ。発熱に吐き気。熱中症の類でもないし今の段階では感染症なのかもわからない」

「下痢はどうだ?食中毒はこの時期良くあるだろ」


 ダニエルがお医者様に問いかけると、お医者様は首を振って「違う」と答えた。

「ただ小さい子供の中に幻覚症状が見られる患者がいた。その症状がどうも気になる。考えたくはないが……」

 と、お医者様は口を濁す。


 それだけの情報では私も判断がつかない。おそらく…と、お医者様の考えている事に私も何と無く目星をつけたが、あり得ないと頭を横に降る。

「原因は判ってからでいいです。憶測で事を運ぶのは良くないわ。何か必要なものはありますか?」

「この勢いでは解熱剤が底を尽きそうだな。後は大量の水だ。布と着替えも足りない」


 わかりました。と言って私は急ぎその場で手紙を認める。

 リド公爵と王都へ向けて手紙を送る。王都へは魔法使い便で。ただ、リドだけはクロエかダニエルに行ってもらうしかない。


 魔法使い便は一見便利で万能に見えるけど、ある程度面識のある相手で無いと発動しないという欠点がある。本職の魔法使い便ならばそんな事はないのだけれど、自己流習得の為どうしても限界があるのだ。

 魔法使い便は手紙に相手への想いを乗せる事が第一条件なのだ。


 適任は…やっぱりクロエよね。名前が知れてるし。

 私が手紙を見つめた後クロエに向き直ると、クロエは何も言わずにコクリと頷いて見せた。

「ごめんなさい。クロエ、お願いするわね」

「承知。馬を走らせれば2刻程で到着する筈です」

 必ずお届けしますとクロエは急ぎリドヘ向かった。


 それからクロエが戻るまで私とダニエルはお医者様の手伝いに翻弄される。

 予想通り徐々に患者は増えて行き、クロエが物資と人出を連れて戻ってきた頃には町の3分の1の人間が寝込む事態となっていた。


 更に翌日には話に聞いていた子供の意識が戻らなくなっていた。

「これはやはり……!!」

 と、お医者様が愕然とする。

 突然声を上げたお医者様に私は近寄り、具合が悪そうな子供の顔を覗き込む。

「!!」


 顔色はすでに土の色、だけど唇は異常に赤く、額からは大粒の汗、その子はうわ言のように奇妙な言葉を発していた。

 その症状が意味する事は一つしかなかった。


「カルキルべネスの毒…」

 私が真っ青になって呟くと、お医者様は神妙な面持ちでコクリと頷いた。


 カルキルベネスは山岳地帯に生える珍しい花で燃えるように真っ赤な百合に似た植物だ。

 百合入りも小さく愛らしい花だけど、葉や根、花の蜜に至るまで人にとっては害にしかならない。

 口にすれば発熱、吐き気、幻覚症状が現れ、重篤となると唇が燃えるように赤くなるのが大きな特徴となっている。

 放っておけば間違いなくこの子は死んでしまう。


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