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想いの行方 5

 =====



『何故じゃ…何故最期のチャンスまで逃してしまったのじゃ…』

 深く沈む意識の中で、そんな声が頭の中に響き渡る。

『やはりあれだけでは…レティアーナ様は少々…いえかなり鈍い方ですから…』


 誰?何の話をしているの?

 鈍いって一体なんの事?


『直接手紙を送るのは?もういっそダイレクトに名前を語って送っちゃうとか』


 手紙?


『ダメじゃそれでは意味がない。真名は自分の口から相手へと直接渡さなければ効果が得られない』


 真名…?もしかして、女王陛下が下さった名前の事を話しているのかしら?


『…そうじゃ、レティアーナ。お主は渡さなければならなかった。しかしもう全て遅いのじゃ』


 暗闇に落ちていく中、まるで私がいる事に気が付いていなかったかのように進められていた会話は唐突に私に向けて警告を放つ。


「えっ!?」

 と、声を上げ目を凝らすと、遥か上の方で見覚えのある少女の顔が険しい顔で私を覗き込んでいた。


『残る手立てはーー』




 少女がそう口にした瞬間、私は薄暗い部屋でパチリと目を覚ました。

 ドキンドキンと心臓が大きく鳴り響き、額からはビッショリと汗が流れてきていた。


(今の、ライリ女王陛下…よね?)


 やけに生々しい夢だったと思う。

 ユニコーンの力で見た時のそれに似ているけれど、なんていうか、見ていたというよりも見られていたという感覚に近い気がする。


 話の内容は私の名前の事だった気がする。

 全て遅いって…どういう事なの……?


 嫌な予感で早くなる鼓動を押さえながらベッドから降りようとする。

 すると何かカツンと冷たく小さなものが手に当たった。

 ベッドの上に転がっていたそれを手にとって掲げてみると、小さなガラスの瓶に何か液体が入っているのが見えた。

 暗がりでよく見えないけれど、おそらく透明な液体が入っている。


「何かしら…?」

 瓶に見覚えはない。道中で購入した薬でも香水でもなさそうだし、もしかして、私が来る前に泊まっていたお客さんの忘れ物かしら?と首を捻る。


 すると今度はカサリと反対側の手の平に紙のようなものが当たる。

 今までそこには何もなかった筈なのにと驚いてそれを拾い上げると、何やら文字が書いてあるのがかすかに判った。


 部屋のランプに火をともして、手紙の文字を読み上げる。


『この時だと思った時に使いなさい』


 イスクリス語だ。

 どう考えても、あの夢と繋がりがあるように思える。

 ということはこれはきっと女王陛下が何か意図があって送ってきた物って事になる。

 この時って何時の事だろう…それに使うと言ってもこれが何なのか解らないし、使い方も解らないわけだけど…


 ーー全て遅い


 女王陛下が言った言葉を再び思い出し、胸騒ぎを覚える。

 今のリン・プ・リエンの状況に、あの時の夢が再び思い起こされる。


 私はもしかして、何かしなければならなかったの?

 真名を渡すって…

 もしかしてテディに……?


 送られてきたガラス瓶をギュッと握りしめて頭の中に浮かぶ嫌な予感を封じ込めようとする。

 手の中でカタカタと瓶の蓋が揺れる音に不快感を感じながら、私はその晩から再び眠れぬ夜を過ごす事になってしまった。



 =====



 リド手前の町で3日が経過しても一向に顔色の良くならない私に、クロエとダニエルは1度王都へ帰還してはどうかと進言して来た。

 後はこことリドだけなのにそんな訳には行かないと私は頑なにその言葉を拒否して結局翌日にはリドヘ向かう事にした。


 旅支度をしていると、コンコンと扉がノックされ、中に心配そうなダニエルが顔を覗かせた。

「少しいいか?」

 と、ダニエルが扉の前で立ち尽くす。

「どうぞ、入って?」

 と、私が中へ促すと、ダニエルは扉を少し開けた状態でおずおずと部屋の中へと入ってきた。

 私はその様子を見て思わずクスリと笑ってしまった。


「なんだ?」

 と、ダニエルが訝しむ。

「だって、貴方が気を遣うなんて随分成長したなと思って」

「う…そりゃあハニーと噂になるのは大歓迎だが、殿下や陛下…それにあの隊長補佐殿の怒りは買いたく無いからな」

 それはクロエに怒られた事があるという事なのかしら?


 憮然としながら答えるダニエルに私は更に笑って、

「クロエは怒ると怖いから気をつけなさい?」

 と言って冗談混じりにダニエルを脅かす。

 ダニエルはそれに苦笑して肩を竦めてみせた。


「それで?私になんの御用かしら?」

「あ、ああ…」

 ダニエルは怯みがちに返事をすると、何か言葉を探るように宙を仰いだ。

「その…ハニーは……いや、そうじゃねえな」

 落ち着かない様子で目線を泳がすダニエルに首を捻っていると、ダニエルは深呼吸をした後、喝を入れるかの様に自分の両頬を渾身の力を込めて引っ叩いた。

 何事!?と私が驚いて目を見開いていると、真剣な面持ちでダニエルは私にはっきりと問い掛けてきた。


「俺は今でも変わらずにハニーが…レティアーナ様が好きだ。身分は足りていないかもしれないが…それを抜きにして俺の事を選んではくれないだろうか?」


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