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想いの行方 3

 =====



 コンコンと書斎の扉をノックする。

 すると中から執事のアントンが顔を出して「どうぞ」と中へと私を招き入れた。

 書斎の机ではお父様が忙しそうに各国の要人に宛てて手紙を認めていた。


「お父様、少し宜しいですか?」

 夕飯を終えて直ぐだというのに、お父様は珍しく忙しそうに仕事をしていた。

 明日にした方が良かったかしら?と少しだけ後悔する。

 お父様は顔を上げると、嫌な顔一つせずに目を細めて「構わないよ」とペンを置いてソファーの方へ近づいてきた。


 お互い向かい合ってソファーに座ると、執事が温かいお茶とお父様にはコーヒーを用意してくれた。

「こうして2人で話すのも久し振りだな。今日は茶会を開いたとアントンから聞いたよ。楽しかったかい?」

「はい、お姉様が何かとフォローして下さったお陰で有意義な時間を過ごせました。半獣族への理解もして貰えたみたいで旦那様方にお話しして下さるそうです」

 そうか、それは良かったね。とお父様は微笑みながらコーヒーを啜った。


「それで、何か話があるのだろう?」

 伏し目がちに言うお父様にドキリと心臓が飛び跳ねる。

 今までこう言った事は直接お父様にお話しした事は無かったから、なんて言われるのか判らないだけに背中に緊張が走る。

 なにぶん温厚閣下と呼ばれる父の激昂する姿など想像がつかない。そうでなくてもじわりじわりと遠回しに責めてくるお父様のお説教はとても苦手なのに。


 ふぅ…と小さく息を吐いて、それでも目をしっかりと見つめてお父様に久々のワガママを口にする。

「お父様、外出の許可を下さいませ」

 すると、お父様は奇妙なものでも見るかのようにパチクリと目を(しばたた)かせた。

「ふむ。夕飯に何か変なものでも入っていたかアントン?私の娘は外出許可など与えずともフラフラと毎日の様に出歩いていると記憶しているのだがなぁ」

「旦那様、旦那様と同じものをお嬢様はお召しでいらっしゃいましたよ」


 2人の何気ないやり取りにグサリと何かが突き刺さる。

 外出許可が欲しいという意味が城下を歩き回るという意味では無い事などわかった上でお父様は言っているのだと嫌でも判ってしまう。

 だけどここでお父様の牽制に負けて家を飛び出すようでは今までと変わらない事くらい私にも解る。


「お、お父様、ワタクシ国境のトルーデンに行きたいのです」

 トルーデンはフェンスの東、リドよりも南に位置する国境の小さな町だ。

 リド辺境伯領と違って周囲の高低差が激しく、崖に囲まれた大自然の渓谷の中にある小さな町は外界から隔離されたかのような空中に浮かぶ孤島とも言われる兵士すら必要としない大自然の要塞に囲まれる町だ。

 その為領主と言っても本当に町長レベルの人しか住んでおらず、住民も僅かばかりで、必要最低限の蓄えしか無い土地だと聞いている。

 その絶景に観光客は多いものの、医師や薬剤は他の地域に比べ不足している筈だった。

 現地で補えない物資を運ぶのがとにかく大変なのだ。


 私の言葉にお父様は顔色ひとつ変えずにまた、コーヒーを一口口に含む。

「お前は今、お城で薬学の勉強と兵士達に魔法を教えていると言っていなかったかい?私の娘は無責任な事をする様な娘だったかな?」

 キラリとお父様の黒い瞳が鋭く光る。

 引き受けたことを投げ出して、あれもこれもと手を出すなと暗にそう言っている様な気がした。

 …いや、多分そう言ってるんだわ。


 グッと喉を詰まらせたものの、ここで引き下がる訳にはいかないとお父様から目を逸らさずに私は言う。

「少し位お勉強の方をお休みしても問題は無いと思います。決して投げ出したとか逃げ出すとかそういう訳では無いです。今日、お茶会でリン・プ・リエンとの国境付近の町や村に難民が流れてきているという話を聞きました。確かにこの国の薬学はまだ知識不足かもしれませんが、魔法薬ならば誰にも負けない自信があります。私が必要になる場面もあるのではないかと、そう思ったのです」


 通常の薬は主に病気や栄養補助、毒消し等に特化しているけど、魔法薬は外傷や内出血、疲労等の血肉に関する物に特化している。他にも魔法特有の補助効果を付与したりと、通常の薬では出来ない様な事も可能だ。


「勉強はいつでも出来ますが、困っている方は今助けないと取り返しがつかないと思うんです。もちろんずっとという訳にはいかないと思いますが、知識を託すことだって出来る筈です」

 魔法薬を作るのは魔法を使うよりも安易ではないけれど、可能性を捨ててしまうのは全てを諦めるのと同じ事だと思う。

 きっと託せる相手は居る筈なのだ。


 何も言わずにお父様の言葉を待っていると「ふぅ…」とお父様は溜息をついた。

「断わりを入れるくらいには成長したと言う事なのか…お前はどうして私に似てしまったのかなぁ?」

 やれやれ…とお父様は小さく首を振る。

「ごめんなさい」と居た堪れなくなって、私はお父様に謝罪した。


「国境付近は確かに今大変な事になりつつあると私も聞いている。折角ベルンまで勉強に行ったのだ。お前が思うようにやって見なさい」

「旦那様!」

「お父様!!」

 執事は顔を青くしていたけど、私は思わず立ち上がってお父様に飛びついた。


「ありがとうお父様!私きっと役に立ってみせるわ!!」

 お父様は苦笑しながら、私の背中をポンポンと叩くと「ただし」と付け加えた。

「殿下と陛下の許可も取るように。城の講義を休むのだからその旨もしっかりと伝えるんだよ?」

 言われて思わずお父様の首から離れると、お父様はニッコリと私に微笑みかけていた。


 どちらかというとそちらの障害の方がハードル高くないかしら…?

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