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想いの行方 1

 =====



 翌日、お城で薬学の勉強と魔法の講義を終えると私は久しぶりに屋敷に帰った。

 出迎えてくれたのはお姉様と乳母のシャルロット、そして小さな甥っ子達。

 晩餐の時間にはお父様もお兄様も揃って、家族全員で団欒を楽しんだ。


 昨夜は結局あの後ブランルを踊ることなく、黒い仮面の彼にそのまま部屋に送ってもらい別れる事となってしまった。

 彼は最後まで私に気を遣い、扉を閉めるその時まで心配そうにこちらを見ていたのが印象に残った。


 不思議な人だったと夕食を終え自室に戻り、彼のことを振り返る。

 初対面…だと思うのだけど、初めてな感じはしなかった。

 彼から話して来ることは無かったけれど、一緒に居て不快に感じることはなかった。

 どちらかと言うと安心感みたいな物を感じたし、一緒にいて楽しかったとすら思う。

 あんな事話すつもりなんて無かったのに、ジッと黙って話を聞いてくれる彼につい甘えてしまった。


「お城で働く兵士だったのかしら?」


 机の上に飾られたブーケを何気無く見つめる。

 萎れかかっていた花は瑞々(みずみず)しさを取り戻し、生き生きと咲き誇っていた。


 更にそれから数日が経ち、机の上にあったブーケは窓辺に吊るされドライフラワーとなりつつあった。

 机の上には今日の新聞とテディからの手紙が無造作に置いてある。


 何かあったのではというのはやはり私の取り越し苦労だったみたいで、またテディの手紙が届くようになっていた。

 リン・プ・リエンの国内は日に日に混乱を増しているようで、この機に乗じて力を付けようとしている中流階級や下級階級の貴族達も領地の争奪戦に入れ替わり立ち替わり内戦を激化させるのに一役買って居る様子が新聞の記事を読んでいるだけでもありありと伝わってきた。


 今日の新聞では、今まで行方が分からなくなっていた第2王子が宣戦布告を正式に宣言したと言う記事が大々的に紙面を飾っていた。


 アフターヌーンドレスに着替え終えると、私はふぅ…と肩を落としてテディからの手紙を手に取る。

 今日の記事よりも2日前に届いた彼の手紙にはリオが無事に帰って来た事が書かれていた。

 中にはリオ本人からの手紙もあって、突然帰ることになって挨拶も出来なくて申し訳ないといった内容が書かれていた。


 私は机に向かい、2人に宛てて返事を送る。手紙には2人とまた再会出来る日を楽しみにしていると短い文章で伝えた。もっと色々掛けたい言葉がある筈なのに今の私にはこれが精一杯だった。


 魔法使い便を送り終えたタイミングで、部屋にメルが入ってくる。

「お嬢様、お客様方がご到着されていますよ」

 今日は近隣に住む貴族のご婦人を集めて私主催のお茶会の日だ。

 半獣族のお祭りをするに当たって、ご主人を持つご婦人方の理解を得るのも重要な事だとお姉様からアドバイスを頂いたのだ。


 **********


『いいですかレティアーナ様、ご存知無いようなのでお話ししますが、レティアーナ様は一部のご婦人には大変人気がございますのよ?女性でありながらその行動力と迷いのない決断力、そして何より男顔負けに自立していらっしゃる姿は日々夫に尽くすだけの夫人はもちろんの事、強引に結婚を親から押し付けられる淑女達にも憧れの存在なんです』

 真剣な面持ちで力説するお姉様に対して、

『はい?』

 と、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。


 世間の自分に対する評価がどれだけのものなのかは嫌という程自分がよく判っていた。

 幼い頃から事ある毎に人を選ばずワガママを言い、時には皮肉めいた言い方をしてまで必要な物から事まで思うがままに催促して来たのだ。

 周りに居た人間から本人まで、いい顔をされた事はあまり無いし、新聞記事も後押しして陰口だって言われている事も知っていた。


 ので、お姉様のお話は寝耳に水で何の冗談だろうと我が耳を疑った。

『お姉様は私が世間でどれだけ評価が低いのかご存知ないのですか?自分で言うのもなんですが、お父様もお兄様もレイだって昔から私には頭を悩ませているんですのよ?』

 後ろに控えていた使用人達が思わず「うんうん」と私に同意する。

 皆して肯定されるとそれはそれで面白く無いのだけれど?!


 皆の反応にムッとしていると、お姉様はくすくすと笑って私に言った。

『それでも見ている方はちゃんと見ているんですよ。レティアーナ様がなさる事には必ず意味がありますから。レティアーナ様、スポンサーをつけたいならばまずはスポンサーになって欲しい方の奥方に狙いを定めるのです。幸いこの近隣のご婦人方はレティアーナ様に好意的な方が多いです。その方達の理解を得られれば、彼女達が旦那様方を説得に回るでしょう』

 不仲でない限り妻の言葉というのは重みが違うんですよ。と、お姉様は言った。


 **********


 成る程。流石公爵家に嫁いで2年になる兄嫁。話が決まれば「この方は恐妻家で」とか「この方は旦那様が」だとか招待客に相応しい方の目星を付けてくれたり、お茶会主催が初めての私のサポートまでしてくれたりした。

 出来た嫁ってお姉様の為にある言葉だわ。と心の底から感心する。


「今日はお招きいただきありがとうございますレティアーナ様」

「お会い出来て光栄ですレティアーナ様!」

「こうしてお話出来るなんて夢の様ですわ!」

 と、目をキラキラ輝かせて招待した女性達があっという間に私の周りに集まってきた。

 社交儀礼的にご婦人達と会話する事は多々あったけど、羨望を携えたご婦人方に囲まれるなんて経験は実は初めてだったりする。

 かと言って、男性に囲まれる経験も無いのだけれど。


「ワタクシも皆さんとお話する機会が出来て嬉しいですわ。ワタクシ育った環境の所為か女性同士でこういった機会が今までなかったものですから、何か粗相をしてしまわないかと不安なのですが、どうか仲良くして頂けると嬉しいですわ」

 ニッコリ微笑んで私が言うと、ほぅ…と誰ともなく感嘆を含んだ溜息が聞こえてきた。


「粗相だなんて、私達の方が心配なくらいですわ」

「そうですよ!レティアーナ様は所作が凄く美しいし、それに容姿も!いつも遠目でしか拝見出来なかったですが近くで見ると本当にお綺麗で…」

「本当に…お召しになられているドレスも素敵!どちらのお店で仕立てられたもの何ですか?やっぱり最近流行りのガスパーニさんのお店かしら?」

「ええっと…」


 怒涛の如く話し掛けられ、彼女達のパワーに思わずたじろぐ。

 レイやお兄様が女性に囲まれている姿はたまに見かけていたけれど、あの人達どうやって彼女達の相手をしているのかしら?


 オロオロと誰に答えればいいのか迷っていると、お姉様がポンっと私の肩を抱いてニッコリ微笑みながら余裕たっぷりに彼女達に言った。

「皆さん、立ち話もなんですから、取り敢えず席に座ってゆっくりお話ししませんか?レティアーナ様もお困りですよ」

「嫌だわ私ったらついつもの調子で…」

「本当、嬉しくてついはしゃいでしまいましたわ」

「ごめんなさいレティアーナ様!」

「いえ、ワタクシも不慣れでごめんなさい。どうぞお席にご案内致しますわ」

 そう言って私は彼女達を中庭の方へ案内する。

 中庭には既にお菓子が用意されていて、彼女達が席に着くと早速お茶が振舞われた。

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