Coffee Break : 仮面騎士?
Coffee Breakは本編ではありませんが、
その時々の物語の背景となる為、若干ネタバレ要素が含まれる場合があります。
気になる方は飛ばして読んで下さい。
「いいか?声さえ発しなければバレることはない。その仮面は構造上目の色を確認することは出来ないし、帽子を被っておけば髪の毛が見えることもない。上手くやれよ」
と、金糸の若い青年が黒い仮面の男の肩を楽しげに叩く。
仮面からは困惑した様子のくぐもった声が聞こえてきた。
「上手くやれって、無理に決まってます!!こんなのすぐにバレますよ!?」
「だから声を出さなきゃ大丈夫だって。ほら、レティを連れてくるからここで待ってろ」
スキップでもしそうな雰囲気を醸し出しながら金糸の青年は目の前の扉をノックする。
「はい」と中から涼やかなレティアーナの声が聞こえてきた。
青年が中に入ると、あろうことか部屋の中にいるレティに向かって到底人を褒めているとは思えない皮肉混じりの称賛を口にする。
案の定彼女は怒り出し、金糸の青年に食いつく勢いで抗議をしだした。
仮面の男は金糸の青年の髪を思い切り掴んで引っ張ると、胸ぐらを掴んで物凄い殺気を放ち彼に言った。
「おい…いくらレイでもレティを傷つけるのは許さねぇぞ」
ただでさえ怒ると怖いというのに黒光りした仮面がその迫力を増し、本気で殺されるのではないだろうかと金糸の青年ーーレイはゴクリと思わず生唾を飲み込んだ。
「…わかった。俺が悪かった。頼むからその仮面で睨みつけないでくれ」
冷や汗をかきながら謝罪するレイの後ろから、ひょっこりと白い仮面をつけた美しい女性が顔を出す。
「レイ?誰かいるの?」
その瞬間仮面の男に衝撃が走った。
思わず息をするのも忘れてしまい、ジッと彼女を凝視した。
真っ白なドレス姿のレティはまるで純白の花嫁の様に可憐で、編み上げられた蜂蜜色の金糸は神々しく廊下のシャンデリアの明かりでキラキラと揺らめく光を放っていた。
一緒に旅をしていた時とはまるで違う。
いや、普段の彼女も凄く愛らしいのだが、今は触れると神に罰せられてしまうのではないかと思ってしまう程美しいのだ。
(仮面が邪魔だ…)
と、思わず手を伸ばしそうになる。
呆然とレティを見つめていると、レイがとんでもない事を彼女に説明しているのに気がつき我に返る。
「今日は仮装舞踏会だからな。誰かと聞くのは野暮ってもんだろ?今日は一日そいつに相手してもらえ。もっとも話せんだろうがエスコート位は出来るだろ」
(ちょっと待て!!僕は聞いてないぞ!!)
と、仮面の男はレイを引っ張り1度彼女から離れた。
「レイ!!僕はレイの付き添いじゃないんですか!?エスコートなんて出来ませんよ!!僕が一体何年開拓地にいたと思ってるんですか!!」
「お前、俺があいつのエスコートなんてして平気でいられんのか?いくら開拓地に居たって言っても重要式典なんかには出てただろうが。形だけでも出来るだろ?手を引いて相手に合わせりゃいいだけだ」
呆れた顔でレイが言えば益々もって仮面の男は仮面の下で顔を青くした。
「バカ言わないで下さい!手を引くくらいは出来るかも知れませんが、僕はダンスなんて踊れませんよ!?」
「はぁ!?」
なにぶん思春期の大事な時期に社交界などというものに縁のない生活を仮面の男はしていたのだ。
戦いに明け暮れ自分の思うがままに生きてきた結果、女性を伴侶にするための勉強などというものは全く学んでいなかったのだ。
「すまん…そこは誤算だった…」
と、レイは男に謝り、レティの元へと戻った。
申し訳なさそうに彼女に踊れない事をレイが告げると、少し不思議そうな顔をしたものの不快に思った様子もなく、にっこりと微笑んで仮面の男を慰めてきた。
(顔も見えない不審な男だというのに、なんて優しいんだ!!)
男が感動に打ちひしがれていると、隣から肘でつついてくるレイに気がつく。
彼女に分からないようにレイは男に顎で合図を送った。
(そうだ花!)
と、男は慌ててマントの下に隠し持っていた小さなブーケを彼女にサッと差し出した。
レティは一瞬驚いた顔をすると、おずおずとブーケを受け取り、やがて男が想像していた以上に柔らかい笑みを浮かべて男にお礼を述べてきた。
「まぁ…ワタクシに下さるの?ありがとう、お花なんて初めて貰ったわ。嬉しい」
あまりの可愛さに男は感極まって思わず彼女を抱きすくめた。
(なんて可愛いんだ!!ああ、やっぱり仮面が邪魔だ。こんな顔が見れるなら幾らでも君に花を贈ります!)
目を白黒させる彼女と呆れるレイの言葉は男の耳を通り過ぎ、レティが苦しそうに呻き声を上げるまでそのまま男は腕の中の彼女の温もりに没頭していた。
その後も男はレティの言葉に表情に一喜一憂を繰り返す。
顔を見られている訳ではないというのにまるで手に取るかのように自分の感情の機微を肌で感じ取り、何かと気遣ってくるその姿は例えようのない程愛おしいと感じる。
自分ではない他の男と舞うその姿を見れば胸を締め付けられる想いに駆られ、悟られまいとマントの下で胸を押さえつけた。
その相手が例え彼女の実兄であっても焦燥感に駆られてしまう。
いや、他の人間よりも親しい距離を見れば尚更なのかもしれない。
隣でその兄の妻が苦笑しがちに溜息をついた。
「妬けますねぇ…私にも弟が居ますが、あんな風にベッタリではありませんでしたよ」
視線の先では2人は楽しそうにワルツを踊っている。ヒラヒラと舞う2人の呼吸は完璧で、傍目で見ているとまるで本物の恋人同士の様にも見える。元より目立つ兄妹に見物人も少なくなかった。
「僕も兄が2人いますが、まるで正反対ですから。本来兄妹とはこういうものなのでしょうか?」
男の問いに「まさか」と女性は首を振る。
「レティアーナ様は産まれてすぐにお母様を亡くされて、その所為なのでしょうね。主人は亡きお母様を悲しませないように、レティアーナ様に寂しい思いをさせないようにと努力していらっしゃったと聞いています。レティアーナ様にとっても母代わりとまではいかなくても特別な存在には違いないのでしょう」
そうか…レティは母親の温もりを知らないのか。と、男は思った。
自分も幼い頃に母を亡くしているが彼女の様に温もりを知らない訳ではない。
母を失った時の絶望は父を失った時のそれとは比べものにならなかった。
自分の置かれた環境の所為もあっただろうが、父に愛情が無かったわけでもない。
男親に比べて母親という存在の大きさを知る以上、幼い頃彼女がどんな思いで過ごして来たのかと思っただけで胸が締め付けられる気がした。
視線の先では彼女の兄が彼女の頭にキスを落としていた。
「……でもあれは行き過ぎでは無いですか?!」
男が悲鳴に近い声を上げると、女性は頭を抱えつつ「そうですね…」と答えた。
「僕もいつかレティの隣に立つことが出来るんでしょうか」
あの姿を見ていると敵う気がしない。と、男は感じた。
すると隣の女性は驚いた顔で仮面の男を見上げ、
「もう隣に立っているじゃありませんか。少なくともレティアーナ様の頭の中の半数は貴方様で占められていると思いますよ」
と伏し目がちに微笑を浮かべて言った。
「そうでしょうか?でもレティは以前よりも素っ気なくなってしまいました。少し後悔してるんです」
急ぎ過ぎたのでは無いか、と。
ポツリと男が呟くと、どこかスッキリした顔の兄妹はがこちらに近寄ってくるのが目に入る。
隣にいた女性は近寄ってくる彼女に聞こえないようにそっと男に囁いた。
「大丈夫ですよ。乙女心は複雑なんです。少なくとも嫌われてなんていませんから」
私が保証します。と女性は小さくウインクをする。
彼女の兄嫁からのお墨付きを貰い、不安だった心に小さな希望がほんのり光を灯す。
(僕は、期待してもいいんでしょうか?)
頬を紅潮させ駆け寄ってくるレティへと手を伸ばし、小さく柔らかい彼女の手を包み込むようにギュッと男は握り締めた。
言葉には出来ないけれど、その手に彼女への想いを込める様にーー




