ウイニーの親友 4【フィオ編】
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客室へ入るとそこには既に兄上が座って待機していた。
「兄上、お久しぶりです。お元気そうですね。迎えに来ました」
「ああ、手紙は受け取った。レイノルド殿、長い間本当に世話になった。いずれこの礼は必ず…」
と、立ち上がって言いかけた兄上の言葉を遮って、僕もレイにお礼を述べた。
「本当に兄がお世話になりました。あの話はいずれ書状に纏めますから安心して下さい」
今兄上に取引の内容を知られるのはマズい。帰ってから王位を継ぎたくないなどと言われかねないからな。
「あの話って何の話だ?」と、訝しむ兄上に、
「いいえ何でもありません。レイと僕だけの秘密です」と、返してみせた。
そのやり取りを見ていたレイは「話してないのか」とポツリと呟いて苦笑した。
「こちらとしても、色々と世話になったしリオネス殿のおかげで兵達も大分成長することが出来た。あの話が何の話か判らんが、こちらとしても十分有意義だったと礼を述べよう」
レイは僕に近づくと「あの葉だけで十分だ」とこっそり僕に耳打ちした。
「レイ…人がよすぎますよ」
「そうか?どうしてもっていうなら書面も受け取るが。とりあえずまぁ座ってくれ。立ち話もなんだしな」
レイに促され僕は兄上の横に座り、正面にレイが座るとアベルさんがお茶を出してくれた。
この国の紅茶はとても上品で美味しいのだが、残念ながら僕好みじゃなかったりする。
しかし今日出されたのはこの間船にあった茶葉をお裾分けした飲み慣れたほうじ茶だった。
お茶を一口口にするとサッパリとした味がじわりと広がる。
「フィオはホントそれ好きだな。俺はまだ紅茶の方がうまいと思うが…」
と、兄上は苦笑する。
「ん?これはリン・プ・リエンで一般的な茶ではないのか?てっきりリオネス殿もこちらの方がいいのかと思ったが…アベル、すまんが紅茶を頼む」
「ああ、いや、飲めないわけでは…すまない」
催促した訳ではないのだが…と兄上は口を濁す。
僕はクスリと笑ってレイに答えた。
「アスベルグでは割と一般的なんですけどね。昔母方の祖先が南東から持ってきたお茶です。僕はこれを飲むと落ち着くんですよ」
僕がほぅ…と息を吐き出すと、レイは「通りで変わった味がする」と呟いた。
「まぁ、茶の話は置いといて、フィオに話しておかないといけないことがあってな」
ティーカップを置いてレイは手を組むと、真面目な顔で僕に向かって話し始める。
「少し前に、リン・プ・リエン国王からウイニー国王に向けて特使がやって来たんだ。ウイニーとの関係を深める為に公爵令嬢ーー現王家の血筋で1番近しいレティアーナ嬢を是非妃に。という内容の書状を手にしてな」
「なんだと!?」
レイの思いも寄らない報告に僕は思わず声を荒げる。
あの戦乱の差中に国境を越えたというのか…!
よりによって1番巻き込みたくないレティを!!
「国境の警備をもっと厳重にするべきだった…すまないレイ。こちらを巻き込む事だけは避けて来たつもりだったのに」
自分の詰めの甘さに腹が立ち、思わず唇を噛みしめる。
「国境と言ってもなぁ、何か壁があるわけでもないししょうがないだろう。町や村がある場所以外は結局は山だったり平原だったり森だったりな訳だし。ある程度は覚悟してたさ」
気にすんな。とレイは苦笑する。
しかしそうなるとますますもって事を急がなければならない気がする。エルネストがそれだけでウイニーの協力を諦めたとは到底思えない。なにぶん今や相手は追い詰められたネズミだ。なりふり構わず何か手を打ってくるだろう。
「本当にすみませんレイ。兄上、こうなったら一刻も早くリン・プ・リエンに戻りましょう。早急に解決しなくては」
苛立ちを露わにする僕に、後ろで静かに控えていたレムナフがコホンと咳をして言った。
「落ち着いて下さい殿下。急いてはことを仕損じる、ですよ。まずは国内の状況でもご説明されては如何ですか?」
「そうだな、俺もそちらの状況は噂や国境付近の貴族からある程度は聞いているが、詳しい話は流石に判らん。是非知っておきたい所だ」
レイはそう言って兄上に目配せをすると、兄上もコクリと頷いて、
「フィオ頼む」
と、僕に話を促した。
僕は掻い摘んで、アスベルグが襲われた事から地方貴族を追いつめた事、そして今、国内は領主のいなくなった土地で暴動が発生している事、難民がウイニーに来る可能性がある事等を掻い摘んで説明した。
「大体の事情は判った。リン・プ・リエン国境付近の領主にはその旨を伝えてウイニーでも警戒をしておこう。難民が来るとなるとこちらでも暴動が起きかねんからな」
そう言ったところでレイは難しい顔で考え込むと、後ろに控えていたアベルさんに向かって命令した。
「アベル。陛下と取り次ぎを頼む。流石に後で説明しなきゃならん。それと、レティアーナには絶っっっっ体に漏らすな」
「了解」とアベルさんは苦笑混じりに答えて部屋を出て行った。
「ところでフィオ、俺を連れて帰るのはいいんだが、お前一体俺に何をさせる気なんだ?俺はてっきり内戦が終わるまでここに居るものだと思っていたんだが…」
「その予定だったんですがね、まぁ、その話は帰ってからします。ここでする事でも無いので…」
と言ってチラリと僕はレムナフを見る。
レムナフはコクリと頷いてニッコリ微笑むと、
「恥ずかしながら老体に強行軍でどうも身体があちこちと痛みまして…キリが良さそうですし、そろそろお開きにさせて頂けませんでしょうか?」
「ああ、すまない。気付けなくって…そうだな。フィオも疲れただろう。兵に客室へ案内させるからゆっくり休むといい。何のもてなしも出来ないが必要なものがあればその辺の侍女か兵に言ってくれ」
じゃあこれで。と立ち上がるレイを僕は慌てて引き止める。
「あっ、待って下さいレイ!コレをレティに渡してくれませんか?」
と言って、僕はレイに花屋で買った小さなブーケを差し出した。
するとレイは呆れた顔で肩を落として僕をジトリと睨めつけた。
「お前…それくらい自分で渡せよ……どこの世界に王子に使いっ走りを頼む奴がいるんだ」
「ここに居ます。今はまだ、会わない方がいい気がして…」
手紙の反応から彼女に会うのが躊躇われるというのが大半の理由ではあるけれど、この緊迫した世情で今彼女にあってしまえば更に彼女を巻き込んでしまうのでは無いかとレイの話を聞いて僕は恐怖を感じていた。
レイは溜息を吐き出すと、僕の心を見透かしたように額をコツンと軽く叩いてきた。
「自分で渡せ。レムナフ殿、1日だけでも予定を伸ばせないか?」
と、レイは僕の肩ごしにレムナフに問いかけた。
「そうですね…今早急に必要なのはリオネス様ですから、後でお返し頂ければ2日でも3日でも構いませんよ」
と、レムナフはニッコリ微笑んでレイに言う。
「いや、そんなに空けたら僕胃に穴が…」
「そうか!じゃあフィオ、明日も泊まっていけ!明日、リオネス殿とレムナフ殿は丁重に国境付近まで送り届けよう」
困惑する僕にレイはニヤリと笑って肩をぽんぽんと叩くと、そのままどこか楽しそうに部屋を出て行ってしまった。




