ウイニーの親友 1【フィオ編】
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所帯が増えて頭を抱えたのはホルガーだったが、思いの外彼らは実に優秀だった。
僕は宣誓を終えたその場で直ぐにウルフに命を下す。
ウルフにはそのまま東へ向かってもらい、主だったエルネスト配下の貴族領を撹乱してもらう事にした。
方法は彼らに一任する。下手に指示を出すより、彼らに任せてしまった方が上手く行くだろうと思ったからだ。
そして、その後ろから夢想兵を引き連れたゲイリーが着いて行き、混乱に乗じて貴族達の暗殺を図る事にしたのだ。
思ったとおり出兵で手薄になっている彼らの領地にはすんなりと行軍することが出来、あっという間に形勢を逆転することが出来た。
主だった貴族を暗殺し終えた頃には、シュミット伯領も崩壊寸前で、鯨波や地方騎士の元に暗殺の知らせが届いたのは危険を察知したウルフ達がアスベルグへと逃げ去った後だったと言う。
気がつけばアスベルグ襲撃からひと月以上が経過していた。
僕は拠点から久しぶりにアスベルグへと向かい、彼らを労うと、残りの貴族達への処遇についてレムナフ、バシリー、ゲイリー、ウルフと話し合うことにした。
拠点を空にするわけにもいかないのでホルガーは連れて来ていない。今頃はキツネと仲良く楽しく過ごしているだろう。
ここの所また不機嫌になりつつある僕は乱暴に応接室の扉を開けると、どかりと座って会議を始める。
「早く座ってください。当面の間アスベルグが襲われる心配は無いとしても、まだ生き残って淡々と力をつけようとしている貴族が山程居るんですからね!」
テーブルに肘をついて憮然として言う僕に、レムナフとバシリー、ウルフはキョトンとして席に着くと、溜息をついて座ったゲイリーに向かってウルフはコソコソと耳打ちをしてみせた。
「戦況は形勢逆転してこっちに有利ですよね?マスターはなんであんなに不機嫌なんスか?」
「気にする必要はありませんよ。毎日の楽しみがここひと月程失われて不機嫌なだけですから」
「殿下の楽しみと言うと、確かウイニーに住む恋人から届くお手紙でしたっけ?失われたというのはもしかして…」
「なんと!殿下は姫にフラれたと!まぁ、ここの所忙しかったですからねぇ…女という生き物はほおって置かれるとすぐに心変わりしてしまいますからな…殿下、女性は何もあの姫君だけではありませんから、お気を落とさずに。なんなら私めが殿下好みの女性を探してきて差し上げますよ」
「僕はレティをほっとくような事はしていませんし、フラれてもいません!!」
言いたい放題の家臣達を一喝すると、皆ほとんど同時に肩を竦めて顔を見合わせた。
レティから毎日の様に届いていた手紙はあの告白以降ほとんど届かなくなっていた。
今では逆に僕の方が毎日必死で手紙を書いている位だ。
必死で綴った手紙の返事が漸く来たと思えば、心なしかどこか素っ気ない内容ばかりで、こんな事なら告白なんてしなければよかったと悔やむばかりの日々が続いた。
拠点にいれば目の前でキツネとホルガーがイチャイチャと楽しそうにしているわけで、正直堪ったものではないのだ。
ココへ来る前に青い顔のホルガーにはこれでもかと言うくらい仕事を押し付けてきてやった。
少しは気が晴れるというものだ。
触らぬ神に祟りなしと、ゲイリーは溜息をついて話し始める。
「殿下、一つ訂正させて頂くならば、残っているエルネスト派の貴族は山程どころか残り僅かですよ。地方貴族は取り逃がした3候、残りは王都やノースプリエンに住む貴族のみです。中立だった貴族は既に降伏の意を表明しているものも多く、レムナフやバシリーの元に沢山の書状が届いて居ると報告を受けています」
ゲイリーがそう言うと、慌てたようにバシリーが書状の束をテーブルに広げる。
「こちらがその書状です。中にはエルネスト陛下から身を守って欲しいという内容の嘆願書もあります。宛名にレムナフ殿の名前が記されたものが殆どですが、フィオディール殿下の名が記されたものもあれば、リオネス殿下の名が記されたものもあったりとあちら側でも情報が錯綜している様です」
手にとってみれば、中には漠然と夢想宛だったり雪狐宛だったりするものもあった。
考えてみれば暗殺する時に僕の名を使って暗殺している訳では無い上に、死亡説まで流れているのだからエルネスト本人はともかく、貴族達は関係のないもの達までもが大混乱という訳だ。
「一部地域では治安の悪化も見られますし、このままでは我々が王都へ進軍しようにも支障が出てくる可能性がありますねぇ。殿下、どうでしょうか。ここら辺でそろそろ宣戦布告などなさるのも頃合いなのでは?」
宣戦布告か…とレムナフの言葉に呟いて答える。
確かにあまり長い事この状況が続けば、リン・プ・リエン国内から難民がウイニーへ脱出しようと押し寄せてくるだろう。
現に今でもちらほらと国境を越えようとする民がいるという。
流石にそういった民をしらみつぶしに監視できる程の軍事力はないし、あまり増え続ける様であればウイニーを巻き込む問題へと発展しかねない。
「リン・プ・リエンがどうなろうと知ったことではない。と言いたいところですが、ウイニーに逃げ込まれるのは困りますからね…仕方ありません。兄上に戻ってきてもらいますか」
と、僕は軽くテーブルを叩く。
ん?と首を捻ったのはウルフだった。
「宣戦布告するのにリオネス王子が必要なんスか?つか生きてるんで?リン・プ・リエンがどうなろうと知ったことではないって、主はこの国を一体どうするつもりなんスか?根絶やしにでもなさるおつもりで?」
そう言えばウルフにはまだ何もその辺りを説明していなかった。
っと、バシリーも僕の発言に顔を青くしている。レムナフかゲイリー辺りが説明していたのかと思ったがどうもこちらも聞かされてはいなさそうだ。
「根絶やしは流石に現実的じゃありませんね。貴族や王族がいなくなるのは理想的だと思いますが、そもそも僕はこの国に興味が無いんですよ。僕の脅威となり得る可能性のエルネストとその配下貴族さえ倒せれば後はどうでもいい。勝手に誰かが王位に就こうが他国に侵略されようが構わないんですが、ウイニーを巻き込むのは無しです。ありえません。それだけは駄目です」
僕の言葉にバシリーは愕然とし、全身を震わせながらテーブルを拳で思い切り叩いて僕に抗議した。
「殿下は!民の事をどうお考えなのですが!!今まで付き従ってきた家臣達だって、殿下を信じてついてきたのでは無いのですか!?それを個人的な恨みだけで動かしてきたと、そう仰るのですか!!」
何処までも真っ直ぐなバシリーに僕やゲイリーはキョトンと彼を見上げた。
レムナフはまるでオモチャでも見るような目で小さく細い目をキラキラと輝かせているし、王族相手に手を上げようとするバシリーの姿にウルフは驚いた顔であんぐりと口を開いて彼を見つめていた。
「ええとバシリー、申し訳ないですが、僕直属の夢想は基本的に僕に対しての忠誠心で動いてる訳では無いですよ?どっちかって言うと皆レムナフ命ですよねぇ?」
「心外ですね殿下。ここまで人使いが粗くて慈悲もない殿下に付き合っていられるのもそれなりに忠誠心があるからですが?少なからずそこのご老人に忠誠を誓った覚えは無いですね」
「私も部下やゲイリーに忠誠を誓われても困りますよ。まぁ、私の場合はいつまで経っても落ち着きのない息子が気になって仕方ない親の心境と申しましょうか、忠誠心から来るものとは違うと認めましょう」
と、ゲイリーとレムナフはアッサリと僕の想定外の答えを言い放つ。
「レムナフはともかくゲイリーが僕に忠誠を誓っていたなんて知りませんでしたよ。もう少しそれなりに態度で表して欲しいものですが…っと、バシリー、落ち着いて下さい。僕が悪かったです。ちゃんと話しますから」
殴りかかるんじゃないかという勢いでバシリーに睨みつけられ、流石に僕も身を縮こませる。
真面目な人間が本気で怒ると怖いとは良く聞くが、まさか自分が体験するとは思ってもなかった。
バシリーは今後怒らせないようにしようと思う。




