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Coffee Break : ガキ大将

Coffee Breakは本編ではありませんが、

その時々の物語の背景となる為、若干ネタバレ要素が含まれる場合があります。

気になる方は飛ばして読んで下さい。

 それはまだレティアーナが屋敷の外へ出た事が無い頃のお話。


 幼い頃のレイノルド・イグニス・ルワードは父王に少なからず尊敬の念を抱いていた。

 それは今でも変わらないのだが、成長するに従ってその素直な気持ちは何処かへと封印されていった。

 しかしこの頃のレイは間違いなく父王の背中を追って事ある毎に父の自慢話を家臣やアベル達に聞かせていた。

 やがてその尊敬は歳の近いアベルへと移り、8歳になる頃には何かと競ってアベルと時間を過ごしていた。


 レイ自身はこの時まで特に城の外への興味もなく、とにかく目の前の友でありライバルのアベルより優れた人間になろうと日々努力する事だけが生き甲斐だった。

 その興味が街へと移ったのはやはりアベルの影響だったと言える。


「僕の妹がもうすぐ誕生日なんだ。少しだけど父上からお小遣いを貰ったから妹にプレゼントを買いに行こうと思って。だから今日は早めに帰るつもりなんだ。ごめんレイ」


 何時ものようにアベルと剣を交えていると、まだ昼過ぎだというのにアベルが不意にそう言ってきたのだ。

 時折アベルは妹の事に関して妙に自分よりも優先したがる所があった。レイとしてはそれがとてもつまらなく感じ、この時も例外ではなく、それを隠す事も無く顔を顰めた。


「そんなもの、家の者に頼めばいいじゃないか。僕はまだ今日は一回だって勝ってないんだぞ。勝ち逃げなんてズルいぞアベル!」

「そういう訳にはいかないよ。レティは僕が買ってくるプレゼントを凄く楽しみにしてるんだ。その代わり明日また付き合うから許してよ」

 苦笑しながらアベルが言えば、憮然としながらレイは俯く。

 暫くすると、何かを閃いたように顔を上げてニヤリと口角を上げれば「判った」とアベルに言って頷いた。


「なら僕も付き合ってやる。この間幾らか抜け道を見つけたんだ。多分街に続いてるからそこを探検して行こう」

「えっ!?ダメだよ。王様や父上に怒られるよ」

「じゃあ僕はアベルを置いて勝手に行く。これなら誰もアベルに文句は言わないだろ?」

 そう言って意気揚々と歩いて行けば、案の定アベルは慌ててレイの後をついて行った。


 ヒヤヒヤした様子でついてくるアベルに満足気な笑みを浮かべてレイは城の地下道を通って城壁の外へと辿り着く。

 そこはアベルのよく知っている自分の屋敷の裏手にある小高い丘でまさかこんな場所にこんなものがあったとはと目を(しばたた)かせた。

 それは城を初めて出たレイも同じで、自分が生きてきた世界の狭さを愕然と思い知らされたのだった。

 丘から下を見れば、ウイニーの大きな街並みに、遠くには更に途方もない広さの海が広がっていた。


 勿論、城の中からも場所によっては見える景色ではあったが、角度が違うというだけでここまで別の景色が広がるものかとただ驚くばかりだった。


「凄い…アベル!早く行くぞ!街の中を見てみたい!」

「あ、レイ!ダメだよ!!走ったらはぐれるよ!迷子になるから僕の後に…」

「大丈夫だって!あの建物はなんだ?まずはあそこに行ってみよう!!」


 当初の目的も忘れて突き進むレイに渋々アベルが着いて行けば、時が経つのも忘れて2人で街中を散策して歩いた。

 翌日も、その翌日も同じように街へと繰り出せば自然と人も集まってきて、レイは次第に城の外への興味が深まっていったのだった。


 そんなある日、いつものように街へと出掛けると、街の子供達から変わった話を聞かされた。

 なんでも街の南東にあるお化け屋敷に奇妙な老人と少年が住んでいるというのだ。

 お化け屋敷という割には整った外見をしているのだが、殆ど街外れで屋敷の色もどことなく錆れた色をしていた為、近所の子供達にはそれがお化け屋敷にしか見えなかったらしい。


 面白そうだとレイが言えば、アベルは渋々また付き合う羽目になった。

 子供達に連れられて屋敷へ向かえば、道の途中で件の少年と鉢合わせた。

 子供達は驚いて思わずレイの後ろへと後ずさる。

 鳶色の瞳に同じ色の髪をした少年はさして興味もなさそうにその場から立ち去ろうとした。


「待て!お前、この先の屋敷に住んでる者か?」

 レイが思わず引きとめれば、少年は眉を顰めてジロリとレイを睨みつけてくる。

 その瞳は何処か城の中で時折出会う貴族の殺伐とした視線に似ている気がした。

「…お前に関係ねぇだろ。俺に関わるな」


 何処か寂しげな雰囲気のする少年にレイは何故か益々興味を惹かれた。

 まず見た目は何処か幼いのに、話し方がカッコイイと思った。城の中でそんな風に話す人間を見た事がなかった所為もあるが、立ち振る舞いや見成りから、庶民のそれとは別のものを感じ取れたのもとても奇妙だったのだ。


「そう言うな。ウイニーに住んでて僕に関係無い事などないぞ?お前は貴族の息子か?それとも豪商の息子か?」

 目を輝かせて近づけば、あろうことか喉元にナイフを突きつけられた。

「レイ!…お前!この方はこう見えてお前よりずっと身分の高い方なんだぞ!!痛い目見たくなかったら今すぐそのナイフを下げろ!!」

 アベルが言えば、少年は益々眉を顰める。

「フンッ…そんな事俺には関係ねぇな。殺したければ殺せばいいだろ。お前に出来るとは思えねぇけどな」


 小馬鹿にした笑みを浮かべて見下す少年に流石のアベルもカッとなって腰につけていた剣を抜く。

「おい、アベル。僕はいいから落ち着け。その、悪かったな。気に障ったのなら謝る。お前に興味があっただけなんだ」

 レイが慌てて2人を宥めれば少年は少し驚いた顔をして、またすぐにレイをキッと睨みつけてナイフを納めた。

「とっとと帰れ!俺はお前に興味なんてねぇし信用に足る人間とも思えない!俺に構うな!!」

「そう言うなって。お前何をそんなに怯えているんだ?別に取って食おうなんて思ってないぞ?」

 怯えていると言われ、少年は頭に血が上った。胸ぐらを掴み殴りかかれば後ろからアベルが慌てて少年をレイから引き剥がした。


 レイはあまりの出来事に驚いて少年を見上げた。なんせ人に殴られる何て事は今の今まで無かったのだ。

 ジンジンと骨まで浸みる痛さに驚きつつも、泣きそうな顔で睨みつけてくる少年に成る程なとレイは立ち上がって頷きニヤリと笑った。

「図星か?そう言えば前にジゼルダ公が1人で部屋に篭っていると悪い方に考える様になると言っていたな。よし!決めたぞ。お前、剣が使えるみたいだし俺に付き合え!護衛に任命してやるぞ」

 レイが威張って言えば、少年は唖然としてレイを見つめた。


「…コイツの頭どうなってんだ……?」

 半ば呆れ気味に少年が言えば、レイはさも当たり前の様に少年に言った。

「辛気臭い顔してる奴などこのウイニーにいてたまるか!国民を幸せにするのは王族の義務だからな!お前が笑うまで()がお前を連れ回してやる!…どうだ?こんな感じか?」

 お前の真似をしてみた。とレイが照れながら言えば、ふぅ…と少年は諦めたように肩を落とした。


「俺は別にお前の言う国民じゃねぇよ…暫く祖父に付き合って滞在してるだけだ。…お前の言う王族の義務って何だ?それを教えてくれるなら少し付き合ってやってもいい」

「他国から来たのか?旅人か?まぁいい。客人をもてなすのも務めだ。俺はレイノルドだ。レイでいいぞ。お前、名前は?」

「…フィオディール」

「フィオディール?どっかで聞いた名前だな?どっかであったか?」

「さぁな」


 素っ気なくフィオディールが言えば、レイは特に気にもとめずコクリと頷きフィオディールの手を取った。

「まだ街で回ってない所があるんだ。今日はそこへ行くぞ。お前らもちゃんとついて来い!」


 嬉々として言うレイに手を引かれ、幼いフィオディールはウイニーを知ることになる。

 やがて2人が互いの立場を知る頃にはフィオディールにも子供らしい無邪気な笑顔が戻っていた。

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