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思わぬ誤算 3【フィオ編】

 =====



 ーーウズマファス

 言わずと知れた鯨波騎士団の拠点の一つで、アスベルグとノースプリエンの間にある海軍都市。

 キツネは僕の命でこの地へと向かう事となった。


 その前に、まず2つの命をキツネにこなしてもらう。

 ひとつはシュミット伯領当主カイザー・シュミットの偵察。

 そしてもうひとつはカイザー・シュミット直筆の書状を手に入れる事だ。

 書状の内容は任意とし、キツネに取ってこさせた。

 正直、ユニコーンより物分りが良かった為、これらの任務はトラブルもなくキツネはこなして帰ってきた。


 キツネが持って帰ってきた書状を元に、偽造文章を作成し、これをキツネに持たせ、まずはエブグレイのすぐ北、シアンダルへと向かわせる。

 シアンダルでは例の鎧を着たレムナフが手配した傭兵とキツネが合流する。

 傭兵には荷物と称してウィルズ・シュミットの遺体を予め持たせてあるので雪狐はそれを受け取り、傭兵と共にシュミット領経由でウィルズ・シュミットに化けた状態でウズマファスへと侵攻する手筈だ。

 遺体は流石にある程度腐敗が進んでしまっていたが、作戦を提案した時点で氷を使って腐敗の進行を止めたおかげで、有る程度は誤魔化しが効く筈だ。


 作戦は単純明解で、ウィルズ・シュミットに化けたキツネとエブグレイ騎士団に扮した傭兵集団に鯨波騎士団を襲わせるというものだ。

 予定では有る程度傭兵集団に鯨波を殲滅させ、適当な所で撤退もしくは全滅してもらう。

 奇跡的に勝って貰っても構わないのだが、1番の目的はウィルズ・シュミットがカイザー・シュミットの命でエルネストを裏切り鯨波を襲わせたと思い込ませる事である。


 まずはウィルズ・シュミットに扮したキツネが大立ち回りを派手に演出し、鯨波騎士団にその姿を焼き付けさせる。

 キリの良い所でキツネは遺体に偽の書状を持たせ、適当な場所に放置し帰還する。因みにこの書状にはカイザー・シュミットの偽の署名の他に兄上(リオネス)の偽の署名が入っている。

 鯨波に傭兵が情報を漏らさない為と、書状が確実に鯨波の元へ行き渡るように念の為に数人の夢想を付近に待機させた。


 傭兵を使うという事で、若干の不安はあったものの、特にトラブルもなく、作戦成功の知らせはそれから5日後に第5拠点へ届けられた。


「でかしました。後は他騎士団の進軍状況次第ですかね、傭兵集団はまだ生き残っていますか?」

 帰還早々のキツネに僕は尋ねると、疲れた様子のキツネが、

「まだ生きてたわよぅ?あの子達逃げるのは得意みたいよぉ」

 と答えた。

「なら彼らにはもうひと頑張りしてもらいましょうかね。雪狐はレムナフに化けて前金を払った上で彼らに特別報酬をチラつかせてシュミット領の南西へ向かい迎撃態勢に入るように指示して下さい。首を持ってくればその数分ボーナスが出ますよとでも言っておけばいいです。あ、先にレムナフにその事を急ぎ伝えて下さいね」


 ウズマファスを通る騎士団は確実に鯨波からシュミット領へ向かうように言われるだろう。

 そうなると残りはシュミット領経由でアスベルグへ入る騎士団と、シュミット領の南部地域を経由してアスベルグへ入る騎士団に分かれる。

 どちらか一方を抑えるのであれば、後者に勘違いをさせる方が容易い上に、北と南から挟む形でシュミット領に攻め込ませる事が出来る筈だ。


 疲れ切っていたキツネは「えぇ〜!」と不満そうに僕を睨みつける。

 隣にいたホルガーは呆れたように僕を見ると、

「殿下、前金はともかく、流石にそこまで資金に余裕は無いですよ…」

 と言った。


「これが終われば夢想に片付け(・・・)させるので問題ありません。雪狐はこの仕事さえこなしてくれればホルガーと1日デート権を差し上げましょう。丸一日好きにしていいですよ」

 と、僕がニッコリ微笑みながら2人に言うと、キツネは死んでいた目を輝かせて、嬉々として現地へ向かい、ホルガーは青い顔で頭を抱えて伏せてしまった。


「それ失敗したらレムナフ殿の首が危ういのでは…」

「失敗しなきゃいいんですよ。なんなら僕が現地に行きます。ここからなら近いですし」


 作戦室に入り浸りで我慢の限界がきていた僕がそう提案すると、今度はゲイリーが目を細くして僕に言った。

「バカですか貴方は。敵の中に殿下の顔を見知ったものがいれば取り返しのつかない事になりますよ」

「主君に対してバカとは何ですかバカとは。戦時でなければ独房に入れてますよ!変装ぐらいして行きますから問題ないです」


 現地に行くと言い出した僕にホルガーとゲイリーは首を降り続けたが、結局僕は押し切る形でゲイリーと共に現地へ向かい、傭兵と敵の到着を物陰から息を潜めて待つ事となった。


 最初のアスベルグ襲撃から日にちがだいぶ経っていた為、敵騎士団の到着が先になる可能性の方が高かった。しかし移動に関してだけ言えば、人数の少ない傭兵の方が有利だと僕はそこに賭けたのだった。


 潜伏して2日、傭兵と騎士団がほぼ同時に現地に到着した。

 僅かばかりに傭兵の方が早く到着したものの、騎士団は既に目と鼻の先まで迫っていた。

 旗印と鎧の紋章からクシュケピオとニールオムニスの一団だと判った。


 数はやはり圧倒的に両騎士団が多い。素人集団の傭兵達では到底勝てる数ではないし、逃げ出してもおかしく無い状況なのだが、意外な事に傭兵達はそこから逃げようとせずに、騎士団の真正面に堂々と立ち塞がり、騎士団達の到着を待ち構える体勢に入った。


 その陣の最前線中央には割腹のいい大男が仁王立ちしており、鈍くオレンジ色に光る金髪の襟足が鎧の隙間から見えた。どうやら傭兵団の団長らしい。


「んん?ちょっと待って下さい。あの鎧、鯨波の鎧じゃないですか!?」

「は?…確かに。あの鎧はエブグレイ騎士団の物では無く鯨波の物ですね」


 よもや傭兵達が鯨波の鎧を着ているなどと誰が想定していただろうか。

 僕はそんな命をキツネに与えていないし、キツネがそんな判断をするとは到底思えない。


「レムナフの指示…という事は無いですよね。アスベルグから出ていない筈ですし…何を考えているんだあの傭兵達は?!」

 まさかここに来て裏切ったのか?と僕は真っ青になって頭を抱える。


 金に忠実な傭兵だからこそその心配は全くもって想定外としか言いようがないのだが、ゲイリーは、

「暫く様子を見ましょう」

 と、難しい顔をしているものの落ち着いた様子でじっと身を潜めていた。

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