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Coffee Break : 雪狐

Coffee Breakは本編ではありませんが、

その時々の物語の背景となる為、若干ネタバレ要素が含まれる場合があります。

気になる方は飛ばして読んで下さい。

 ホルガー・ヤネスが雪狐と契約を結んで然程経たないある日の事。

 ホルガーは突然現れたこのキツネに頭を悩ませていた。


 初めは政務室で忙しく領地の執政に励んでいた時、突如として目の前に現れた彼女に、

「リオネスと契約切れちゃったから、貴方私のマスターになって♪」

 と、半ば強引に契約を結ばせられた訳だが、このギスギスした男ばかりの拠点に女性がいるのも悪くないなと少々下心が有った事は否定出来なかった。


 が、まさか四六時中ついて回るとはホルガーも思っていなかった訳で、政務中や食事はまだいいのだが、就寝や下手をしたら風呂場まで入ってこようとするのだからたまったものではない。

「あの、雪狐さん…」

 と、ホルガーはこめかみを押さえながら、職務中にも関わらずしな垂れ掛かってくる雪狐に話し掛ける。


「なぁに?ダーリン♪"せっこさん"だなんて他人行儀ねぇ。ハニーって呼んでくれて構わないわよぉ?」

 それともご主人様って呼んだ方が嬉しかったりしちゃったり?と、雪狐は目を輝かせてホルガーに言うと、ホルガーは耳まで赤くしてブンブンと首を横に振って何とか雪狐の手を振り払い後ずさった。

「貴女、リオネス様にも常時そんな感じだったんですか?私は貴女にそういう事を求めている訳では無いので、出来れば用がない時は時計の中に居てくれると助かるのですが…」


 ホルガーがそう言うと、雪狐は少し不満そうにホルガーに抗議した。

「リオネスはリオネス、ダーリンはダーリンよぅ!あたしは別に尻が軽い訳ではないわよぅ!常時こちらに出て居られるのはホルガーとあたしの相性がとてもいいからなのよぉ?あたしと契約してきた人間の中ではピカイチだしぃ〜。好みドンピシャだったのもホルガーだけよぅ」


 それはつまり雪狐と契約している限り私は結婚出来ないという事なのだろうか…と、ホルガーは赤くなるどころか真っ青になってしまった。

 その反応にますます雪狐は不満を露わにする。

「なによぅ!せっこさんじゃ不満ってわけぇ?ホルガーはどんな子がタイプなのよぅ!それとももう好きな子がいちゃったりしちゃったりするわけぇ?!」

「いや、この環境ですのでそういう方は居ませんが…私は立場上、世継ぎは必ず作らないといけなくてですね…」


 しどろもどろに言うホルガーに対して、雪狐はキョトンとした後、ケラケラと笑い出した。

「なぁんだそんな事!大丈夫よダーリン♪せっこさんが可愛い子を産んであげるわ♪」

「えっ…いや、貴女神獣であって人間ではないですよね。神獣が人の子を産めるわけ無いでしょう?」

 産める産める。と、雪狐はあっけらかんと言ってみせる。


「前例がないわけじゃないわよぅ〜。例えば竜の国の王族には竜の血が流れてるしー、神の時代には神族に仕えていた天族がウイニー王族の始祖に嫁いだりしてたんだからぁ。もっともウイニー王族の始祖に嫁いだ天族が原因で神族は滅んじゃったんだけどぉ〜」


 今、衝撃的な歴史的真実を雪狐は口にしなかっただろうか…とホルガーは唖然とする。

「あの、今の話本当ですか?どの聖典にもそのような事はひとつも書いてない筈ですが…」

 あらぁ?と雪狐は首を傾げる。

「ん〜?人間は忘れっぽいからぁ、きっと書くのを忘れちゃったんじゃなーい?因みに〜せっこさんは生まれてこのかたずっと独身よぉ?年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せって言うじゃなーい?お買い得よぉ〜♪」

「カネノワラジって何ですか?何処の国の言葉です?」


 時折雪狐は異国のコトワザとか言うものを話す。思えば彼女が着ている衣服もリン・プ・リエンの物ではないし、そもそも何処の土地を守護しているのかも教えてもらっていない。

「んん?リン・プ・リエンには無い言葉なのかしらぁ?竜の国より南東の国に伝わる家庭円満の秘訣よぉ♪」

「随分遠い場所の事を知っているんですね。神獣って守護する土地以外から出れない物では無いんですか?」

 そんな事ないわよぅ〜と雪狐は言う。


「ホルガーは知らないのねぇ。せっこさんは神族が滅んだ時に竜の国の南東に降りたのよぉ〜。南東の衣服"キモノ"に凄く興味があってぇ〜♪でも、雪が降らない国だったからぁ、せっこさんバテちゃってぇ〜最近までずっと眠ってたのよぉ〜。100年ちょっと前くらいまでぇ?」

 それは随分長く眠ってたんだなぁとホルガーは頷きつつ黙って話を聞く。


 雪狐曰く、その100余年程前にフィオディールの曽祖母でミヤビという南東の国に住む女性が国内の抗争に巻き込まれ命からがら懐中時計を手にベルンへと渡ったらしい。

 懐中時計自体はミヤビの家に伝わる家宝として長年伝わっていたらしく、特に契約を結ぶ事も無かった為、ミヤビがフィオディールの曽祖父と出会うまで雪狐は眠り続けていたそうだ。


 そこまで聞いて、ホルガーは「ん?」と声を上げる。

「ちょっと待って下さい。結局、雪狐は南東の国を守護していた訳では無いんですか?そもそも殿下の家に伝わる懐中時計だったのであれば、なんで殿下は雪狐を引き継がなかったのでしょうか?」


 雪狐はホルガーの疑問よりも"雪狐"と敬称なしで呼ばれた事が余程嬉しかったらしく、きゃあきゃあと歓声を上げながらホルガーに飛びついた。

 ホルガー真っ赤になりながら周囲に人が居ないかキョロキョロと挙動不審な動きをしてしまう。

 あえて言うなら現状、幸か不幸か執務室で2人っきりなのだが。


 質問に答えてください!とホルガーは無理矢理雪狐を引き剥がす。

「照れ屋さんねぇ〜♪そこがいいんだけど♪あたしはそもそも南東の国に降り立っただけで定住を決めたわけではないからぁ〜。契約も守護も必要なかったーみたいな?定住してない神獣は今だに多かったりするのよぅ?例えばそうねぇ〜…ユニコーンはフィオと契約した時にここに定住を決めたみたいだけど、あの子と契約するまでは定住して無かったわね〜。後はブリューグレスとかぁ?鯨波とか赤獅子とか定住して王族と契約を代々結んでいる方が実は珍しいのよぅ?」


せっこさんはアスベルグ気に入ったから今は定住って感じかしらぁ?と、嬉しそうに言う。

 ホルガーが自分に四六時中着いて回ってて大丈夫なんだろうかと頭を抱えると、雪狐は「長い人生の中の旅行みたいなものだから気にしない気にしない♪」と、あっけらかんとホルガーの疑問に答えた。


「で、殿下が雪狐を引き継がなかったのは何故ですか?」

 と、ホルガーが言うと、雪狐はまたむすっと不満そうに顔を顰めた。

「確かあの子が4歳くらいの時に、私を見るなり直ぐにリオネスに懐中時計を押し付けちゃったのよぅ!あの時の先先代(おじいちゃん)の顔は今でも忘れられないわぁ」


 その理由は"なんかカッコ悪いから"だった。

 フィオディールが生まれる前から母親には護衛役という名目で監視役として、エルネストやリオネスの母で王妃の実家が管理していた夢想騎士団の騎士、英雄レムナフが近くに居た所為もあって、フィオディールは物心着いた時には無邪気に夢想に憧れる男児に成長していたのだ。


 その後、幸か不幸か二つの騎士団は管理される家が真逆になるという妙な構図が出来上がってしまったのだ。両騎士団とも大々的に騎士団内部の改革が行われたのは言うまでもない。


「割と有名な話かと思ったんだけどぉ…ホルガーは意外と物を知らないのねぇ〜?」

「私は没落貴族の出で、開拓募集に応募するまでは故郷の農家に世話になってて日々の生活だけで手一杯でしたから。それまでの時勢については恥ずかしながら疎いんですよ」


 苦労人なのねぇ〜。素敵!と雪狐は目を輝かせる。

「これでダーリンの疑問は全て解決したわけよねぇ?もうあたし達の間に障害はないのねぇ♪式はいつがいいかしら♪あ、その前に親御さんにご挨拶みたいな感じ?」

 きゃっきゃっと再び飛びつく雪狐をホルガーは再び宥めようとした矢先、


「失礼しますホルガー殿、先程の第13拠点の件なのです、が……」

 と、タイミング悪く補佐官が部屋に入って来てしまう。

 当然の如く、補佐官は「失礼しました」と言って部屋を出て行ってしまい、慌てて後を追ったものの、ホルガーは暫くの間妙な噂に頭を悩まされる羽目になる。


 雪狐が彼を口説き落とすのはそれから3ヶ月後の事だった。

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