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知らぬは当人ばかりかな 7

 当時私は16で、リン・プ・リエンの雪狐騎士団に入ったばかりの事でした。とクロエは語る。

 勿論クロエは事件の当事者ではなかったし、新人が事件に関わる事もなかった。

 そもそも事件と言っても、事の発端は数年前に遡っていて、その結果として元王妃が心労で亡くなったという事だった。


「私も人づてに聞いた話でしたし、信憑性があるなどとは言えませんが、そもそもの事の起こりはフィオディール様の母君を毒殺した元王妃に非があって、監禁状態で接触できる人間が少なかった為に報復として同じように毒を持ったのではないかと噂が経ったわけで真相は未だ闇の中としか言いようがないと言えばないのですが…」

 どちらにしてもあの方の周囲…いえ、あのご兄弟は常にきな臭い噂が絶えません。と、クロエは顔を顰めながらとても嫌そうに語った。


 もしかしてクロエがテディと仲が悪そうに見えたのはその所為なのかしら?

 でも…と私はクロエに反論する。


「それってテディが悪いわけでは無いわよね?それに、テディが毒殺なんてするかしら…」

 ポツリと私が呟くと、クロエは大きく溜息をついて私に言った。

「姫、それは欲目というものです。酷かもしれませんが、あの方は姫が思う程善人ではありませんよ」

「あ、違うの。そうじゃなくて、テディが本気で元王妃様の報復に命を狙おうって思ったら毒殺なんて回りくどい事しないで自分で剣を取るんじゃないかなって」


 なんだかとても物騒な話になりつつあるけど、頭に血が上った時のテディを見てる分、目には目をってやり方は何となくらしくないって思うのよね。


 私の言葉があまりにも意外だったのか、クロエは呆気に取られながらも、

「確かに…国王はともかく、あのご兄弟は共通して血の気だけは多いですから」

 と、妙に納得していた。


 そんな私達の物騒な会話に伯母様は額を押さえながら首を振って溜息をついた。

「貴女達は…お茶の席で何て事を平然と話しているのかしら。私が聞きたいのは殿下の人となりやレティとの馴れ初めよ!有名貴族のましてや王族の世間的醜聞くらい私の耳にもちゃんと入ってきます!」

 まったく!と伯母様は腹を立てながらハーブティーのおかわりをカップに注ぐ。

 クロエは小さくなってお茶を飲み、私は赤くなりながら伯母様に抗議した。


「馴れ初めって…伯母様、テ…フィオディール様と私はお友達であって、その、お付き合いをしている訳では無い、です…」

「でも告白はされたのでしょう?レティも殿下の事を泣く程お慕いしているのよねぇ?」

 ふふふと伯母様は楽しそうに笑う。

「ち、ちが…」

「わないわよ。18にもなって本当に困った子ね。貴女、月のものが初めて来た時もこの世の終わりみたいな顔で同じ様に泣いたの憶えているかしら?」

 意地悪そうに目を細めながらとんでもない事を伯母様は言う。

 な、なんてこと言うの伯母様は!!


「だっ、だって!あの時はあんな…知らなかったし、何かの病気で、死ぬのかと思ったから…」

 真っ赤になって俯く私にクロエが驚いた顔で私を凝視しおそるおそる口を開く。

「あの、姫、淑女教育で教わらなかったんですか?」

 クロエの質問に「ふぅ…」と頬を押さえながら伯母様は溜息をつく。


「それがね、レティはお城でうちの息子と教育を受けていた所為で、だーーれもレティが淑女教育を受けていない事にその時まで気づかなかったのよ。レティは何故だか所作は完璧だったし、ビセット公は城でやってると思い込んでいたし、ジゼルダ公は家で受けてるものだと思い込んでいたしで…男って駄目ね」


 因みに所作は乳母(クリス)がいた頃に少しは教わっていたし、城に通うようになってからは伯母様や他の貴婦人の真似をしていただけだったりする。

 それは…ご愁傷様です。とクロエは私に同情の目を向ける。

 そんな目で見ないで欲しいわ…


 つまりね。と、伯母様は続ける。

「貴女がそういう顔で泣きそうになる時というのは、十中八九未知の世界に対してどう対応していいのか判らなくなる時なのよ?それともレティは泣くほど殿下がお嫌いで困っているのかしら?」


「そんな!テディが嫌いだなんて!そんな事、思った事無い…です」

 そう叫びながら思わず立ち上がった自分に驚いて呆然としながら座り直す。

 嫌いだなんてあり得ない、大事なお友達だと思ってる。だからこそどうしていいのか判らないのだ。


「ねぇレティ?」と伯母様は諭すように問いかけてくる。

「あなたはどうして殿下とお友達でいたいのかしら?なかなかお返事が出来ないのは何故?」

「それは…だって、大事なお友達で…でも、テディはそうじゃなくって、私は、お友達だって思ってたのに、違うって…もっと大事だって言われて……」


 もしも…と口にして、その考えがおそろしくなり、私はティーカップを握りしめる。

 もしも、私の気持ちがテディが求めているものと違っていたら…私はきっと彼を傷つけてしまう。

 大事だって、特別だって、思っていても、彼の言う特別と私の特別が違うのであれば…


「もう、2度と会ってはくれないかもしれない…」

 怖い…と掠れる声で言葉にすると、ジワリと涙が零れ落ちた。


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