知らぬは当人ばかりかな 3
私は室内をグルリと見渡し、1人の兵士と目が合うと、ニッコリ笑ってその兵士を指名した。
兵士がビックリした顔で立ち上がるのを確認すると、私は彼に向かって質問をした。
「貴方には…そうね、建物などに使われている"壁"について説明していただけるかしら?」
「えっ?!あの、"壁"ですか?」
「そう、"壁"」
突拍子もない私の質問にどぎまぎとしながら彼は必死で答えてくれた。
「土やレンガ、もしくは石や木で作られていて、雨や風、外敵の侵入等を防ぐ為の物、です?」
「そうね。でも、その知識と説明では魔法で壁を作ることは出来ないの」
ありがとうと言って私は彼に着席を促した。
「この世にある全てのものには魔法文字が宿っているのをご存知かしら?それは生き物にしろ無機物にしろ例外なく宿っているの。何故宿っているのかは神のみぞ知るとしか言い様が無いのだけど、その文字の構成、意味、そして何より私達の感覚が揃って初めて魔法は形になるの。つまり、いくら生み出したいものの知識があったとしてもこの3つが揃わなければ魔法を紡ぐことは出来ないの」
私は手の平を前へ差し出して、一定の念を手の平に送り集中させる。
空気中を漂っているキラキラとした魔法文字を集めると、ニッコリ微笑んで更に説明を続けた。
「見えるかしら?これが魔法文字よ。多分粗方の人間が今の時点では見えてないのではないかしら?文字と言っても、私達が普段使っているような"文字"の概念には当てはまらないから見えないものを説明するのは大変なのだけれど、そうね…パズルのピースのようなものとでも表現しようかしら?まずはこれが見えるようになる所から始めてもらいます。そのために必要なのは体内に流れる魔法文字を感じる事です。言葉だけでは解りにくいのでとにかくやって見ましょう」
こうしてその日は兵士達につきっきりで魔法の基礎を叩き込んだ。
通常ひと月近くかかる基礎訓練にも関わらず、中には1日で魔法文字が見えるようになる強者もいて、実に有意義な日だったと私はとても満足して客室へ戻って行った。
夕食の時間は意外なことにリオと一緒に食事を取るようになっていた。
始めは伯父様や叔母さま、レイと食事を取っていたのだけれど、リオは立場上こっそり1人でご飯を食べているという事を聞いて、それでは寂しすぎると思った私は彼と一緒に食事を取るようにしたのだった。時折レイもその晩餐に参加するのだけど、大抵は2人で食事をとった。
第一印象が悪かった所為もあって、始めのうちこそ会話は続かなかったのだけど、リオが魔法の授業を受け始めたお陰もあってか今ではすっかり打ち解けたと言える。
彼は女性に対して少し偏見があったみたいだけど、考えを改めたと最初に出会った時の事を律儀にも謝ってきたのだった。
一見レイのように横柄に見えるけど、彼はとても真面目な人なのだと好感が持てた。
何時ものように2人で魔法について話し合っていると、不意にリオが「ところで…」と珍しく話題を振ってきた。
「レティは弟…フィオに返事は返したのか?」
「んぐっ!?」
まさかの話題に私は口にしたばかりのジャガイモを喉に詰まらせる。
胸を叩きながら慌てて水でそれを流し込むと、真っ赤になって涙目交じりにリオを睨めつけた。
「なんで、今、そんなことを聞くのかしら?」
恨めしげにリオを見ていると、リオはキョトンとした顔でさも当然だろうとばかりに私に言った。
「何故って、そろそろあれからひと月経ってるだろう?珍しくあいつから俺宛に手紙が来てな。最近はお前からの手紙がめっきり減ったと落ち込んでいたぞ?」
私はリオの言葉を聞いて「う…」と言葉を詰まらせる。
だって、あの後直ぐにテディは魔法使い便を導入したみたいで、毎日手紙が届くようになった…までは良かったんだけど…でも、手紙には必ずと言っていい程口説き文句が書いてあるのだもの!
「会いたいです」とか「出来ることなら今すぐ飛んで…」とかストレートに「好きです」とか…
と、思い出して私は更に真っ赤になって顔を俯ける。
「手紙出したくても何を書いていいのか判らないのよ…だって友達だって思ってたのに、急にあんな……テディとどう接したらいいのか分からなくなってしまったわ」
泣きそう…と熱くなる目頭を必死で抑えていると、不意に「っぶ」とリオが吹き出す様な音を立てた。
首を上げると、片手で口元を押さえて笑いそうになるのを必死で耐えているリオが目に入った。
「レティは何というか、可愛いな」
「…はぁ!?」
まさかリオの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
というか何でおかしそうに笑いながらそんな事を言うのかしら?!
憮然としてさらにリオを睨みつけると、私が言いたい事に気がついたのか、リオは笑ながらも慌ててフォローする。
「いや、別にからかってる訳ではないぞ?素直な感想だ。なぁレティ、実際の所あいつの事どう思ってるんだ?大事なのはそこじゃないのか?」
どう思っているかなんて言われても…
「判らないわ。だって本当に大事な友達だって思っていたし、特別だって言えば特別なんだろうけど、テディと同じ気持ちなのかは判らないんだもの。それに…」
答えを出すのが怖い。と私は小さく呟いた。
答えを出してテディに返事をした時、テディは今までみたいに笑って話し掛けてくれるかしら?
今まであった形が全て壊れてしまうような気がしてどうしても考えることが出来ない。
もし…もしも、それでテディを傷つけて2度と会えなくなってしまったら。
そう考えるだけで目の前が真っ暗になる気がした。
「ふぅん」と、リオはなぜか楽しげに声を上げる。
「なるほどな。だが答えは出してやってくれ。あいつの為にもな。2年…そろそろ3年か?ずっとあいつは待ってた訳だしうやむやにする方が酷ってもんだ」
ごちそうさま。と言ってリオはテーブルにナフキンを置くと、すくりと立ち上がって部屋を出て行こうとする。
私は困惑してリオに向かって呟いた。
「2…年?」
2年前って、だって、テディと初めて会った年よ?その頃から待ってたってどういう事なの…?
するとリオは少し驚いた顔をしてから、意地悪そうに目を細めて笑みを浮かべ、私に言った。
「なんだ、知らなかったのか?フィオは言ってたぞ"出会ってすぐに心を奪われた"ってな。それからもう事ある毎に仕事も蔑ろになる程レティの話ばかりだった」
それだけ言ってリオは手を振りながら楽しそうに部屋を出て行った。
私はというと、新たな衝撃的な事実にデザートの葡萄のシャーベットが完全に溶け切るまでその場に硬直したまま動けなくなってしまったのだった。




