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知らぬは当人ばかりかな 1

 =====



 テディと別れて既にひと月。私はウイニー城で日々を過ごしていた。



 テディと別れたあの後、北の地を周る予定だった私は意図もあっさりとレイとお兄様に連れられて王都へ強制送還を食らってしまったのだ。


 北方の地方は半獣族に対しての差別意識が他領土に比べてまだ根強い為、クレクソン伯のアドバイスに従って声をかけるだけかけてみようと然程重要視していたわけではないので、私も割とあっさり素直に従った。


 戻った後は当然ベルンから帰って来てひと月近くもウイニー内をフラフラしていた訳を説明するハメになった訳だけど、レイは渋い顔をしつつも納得し、お父様も特に何も言う事無くお姉様と甥2人と共に私を出迎えてくれた。


 初めて見た甥2人は1人は既によちよちと歩き回るほど活発で、もう1人は生まれてまだ3ヶ月程しかたっていない乳飲み子だった。

 長男はお姉様やリヴェル侯にそっくりな赤毛をしているけど、その顔立ちはお兄様によく似ていたし、次男は薄っすらと生えた黒髪がお兄様にソックリだけど、顔立ちはどこかリヴェル侯に似ていて日々侯爵に似てくる次男坊にお兄様もお父様も複雑な顔で溜息をついていた。


 長男はセドリック・ニコル・ビセット、次男はシミオン・コーネリアス・ビセットと、赤子ながら大層な名前が付いていた。

 私は唐突に湧いて出た甥2人に目を白黒させながらも、その無邪気な可愛さにお父様同様夢中になってしまった。


 ーーのも長くは続かず…いや、2人に飽きたとか可愛くなくなったとかそういう事では決して無いのよ?

 問題は2人に付き添っている乳母(ナニー)にあった。


「お久し振りですレティアーナ様」

 と、ニコニコと嬉しそうに挨拶をした彼女は、癖のある金髪に大人びた細いオレンジがかった茶色い瞳、口元にある小さな黒子が印象的で、その顔は忘れたくても一度見たら忘れられない優美な美しさを携えていた。


 シャルロット・バーグ。年は私と同じ18才。故ミラー=オルセン伯爵と私の乳母だったクリス夫人の次女で私の乳姉妹。ただしその期間は僅か6年。

 多分私が苦手な人物の中でも1,2を争うくらい苦手と言える人物の1人だ。


 聞けば彼女は3年前に王都で商家として有名なバーグ伯爵の元へ嫁ぎ、働く必要もない程裕福な暮らしをしていたらしい。

 我が家の乳母に立候補した訳は母クリスの汚名返上と私への償いの為だという。


 そう、彼女達親子が6年という短い期間でこの家を出ることになったのは他でもない私に原因がある。

 きっかけは私が夢遊病を発症し、それに気づかず誘拐事件が発生してしまった所為だった。


 そもそも私が病気になった理由はお父様とお兄様が不在がちだった事が1番の原因ではあるのだけど、乳母になつけなかったのも原因の一つだった。

 私が4歳ぐらい迄は普通に懐いていたし、実の母の様に慕っていたのだけど、シャルロットや私が物心付き始めると次第にクリスの取り合いになっていった。

 クリスはいつでも私を優先しようと努力していたし、シャルロットは幼い所為もあって、子供心に何故他人を優遇して自分が蔑ろにされるのかと漠然とではあるけど感じ取っていたのだ。


 決定的だったのは、

「私のお母さんを取らないで!」

 と言うシャルロットの悲痛な訴えを聞いた時だった。


 泣きじゃくるシャルロットを窘めながらも優しく我が子を抱きしめるクリスを見て、クリスは私の本当のお母様ではないとその時初めて私は気が付いたのだった。


 それ以降、私はシャルロットにもクリスにも遠慮する様になり、2人を遠ざけ、隙を見てはお兄様に教えてもらったお母様の部屋に逃げ込んで、1人、肖像画を眺めてはこっそり涙を流す日々が続いていた。

 次第に2人が楽しそうに話す姿を見るのがとても辛くなっていったのだ。


 それだけでも私にとっては十分シャルロットに対して負い目を感じているのだけれど、例の事件のお陰でクリスが乳母を辞職した時は私はショックで数日間口が聞けなくなってしまった程だった。

 お父様は何とか引きとめようとしたみたいだけど、責任を重く感じたクリスはシャルロットを連れて屋敷を後にしたのだった。


 それ以降、私に乳母が付くことはなく、デビュタントの日まで殆どの時間をレイと一緒に過ごす事となった。

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