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3章 エピローグ

 =====



 レイとリオはテディを見送るために既に町外れの街道で待機していた。私はメルとお兄様を連れて3人と合流する。

 誘拐された女性や子供達の誘導はレムナフさんがウイニーの兵士と連携をとって行うことになったらしい。因みにダニエルもそちらの作業を手伝っている。

 テディはそれを見守る事なく自国へと急ぎ戻らなくてはいけないのだと私に告げた。


「厄介ごとが山積みなんです。平時ならばこのままレティと旅に出たいところなんですが…すみません」

「平時ならばって…リン・プ・リエンは今、平時じゃないって事?」

 それはつまり何処かと戦争しているって事…よね?


 歴史書で、リン・プ・リエンという国柄はなんとなくは把握している。

 過去に何度となく内戦や他国との戦争で国力を得てきた国だから。突然そんな事が起こっても不思議ではないのがリン・プ・リエンという国なのだ。


 不安げに見つめる私にテディは困った顔で肩を竦める。

「そんな顔しないで下さい。レティのその顔僕苦手です。単純に壮大な兄弟喧嘩が始まるってだけです」

「壮大な兄弟喧嘩って…壮大すぎんだろ。くれぐれもウイニー(うち)を巻き込むなよ?」

「…すまない」

 テディの言葉にレイが呆れたようにツッコミを入れ、更にリオがテディのフォローにまわった。

「そう言えば、リオ…様はお帰りになられないんですの?」


 ちゃっかり見送り側にいるけど、彼テディのお兄様って事は第二王子なのよね?

 あれ、そうなると壮大な兄弟喧嘩って相手は第一王子?リン・プ・リエンの第一王子って確か現国王……


「リオでいい。俺はその壮大な兄弟喧嘩に巻き込まれた上で既に敗者なんだ。弟に従わざるを得ない」

「ええ。今帰ったりしたら僕か兄上に殺されるだけですね」

 この状況を分析するだけでも手一杯なのに、今テディはとんでもない事をサラッと言わなかったかしら!?


 目を見開いてテディに再び振り向くと、苦笑しながらテディは言った。

「リン・プ・リエンとはそういう国なんですよ。親だろうが兄弟だろうが信用出来ない恥ずかしい国です。僕なんてまだ8才だか9才の時に"王妃殺しの王子"なんて不名誉な肩書き付けられましたからね。ウイニーに生まれたかったですよ僕」

「やめてくれ…お前が治めたらウイニーは殺伐とした国になってしまう」

 レイは真っ青な顔で頭を抱える。

 うーん…なんだかテディという人物がだんだんわからなくなってきたわ。


「失礼ですね。僕も母の事がなければ割と普通に素直な可愛らしい王子だったんですから。…やっぱりレティはこんな物騒な王子、嫌、ですよね」

「う…あの、えっと……壮大過ぎて、よく、わからない、わ」

 切なそうに言うテディを見て私は真っ赤になって言葉を詰まらせる。


 必死で頬を抑える私に驚いた顔のテディ以外の3人が突き刺さるような視線を送ってきていた。

 うち1人は真っ青な顔で黒い瞳に動揺の色を浮かべている。

 遠巻きに後ろで控えていたメルはその様子を見て、何を察したのかニコニコと嬉しそうに微笑んでいた。


 いたたまれないってまさにこういう事を言うのね。


「お前、まさか、フィオになんかされたのか……?」

 おそるおそるレイが私に尋ねる。

「レティ…お………そ……嫁入り前なのに!!」

 と、レイの言葉を聞いてお兄様が青い顔のまま私の肩に掴みかかる。


「な……2人とも何を考えているの!?最低よ!コリンもレイも最低!大っ嫌い!!」

 2人を睨みつけて涙目で声を上げると「すまん…」とバツが悪そうにレイは珍しく素直に謝り、お兄様は「大っ嫌い」が余程ショックだったのか絶句したままよろよろと後ろに仰け反ってしまった。


 そのやり取りを見ていたテディもムッとした様子で2人を睨んで腕を組む。

「本当に最低です。僕はただレティに気持ちを伝えただけです!ダニエル(あんなやつ)と一緒にしないで下さい!」

 思い出したら腹が立ってきた。とテディはボソリと呟いた。


「ほう…」と面白そうに声を上げたのはリオだけで、お兄様はやっぱり青い顔のまま愕然としていて、レイは眉間にシワを寄せていた。


「で、お前なんて返事したんだ?こいつに嫁ぐつもりなのか?やめとけやめとけ。アベルは見ての通り今にもぶっ倒れそうだし伯父上なんてきっと心臓麻痺起こすぞ」

「無粋ですよレイ。返事はまだ貰ってません。次会う時に聞く約束ですから」

 ね?とテディはにっこり微笑む。


 私は何も言えずに、ただただ頷くことしか出来なかった。


「さて、名残惜しくてもそろそろ僕は行きますよ。レイ、兄上を宜しくお願いします。兄上はくれぐれも勝手な行動をしないように。アベルさん、は……次会う時はよく効く精神安定剤でも手土産に持って来ますね」

 テディは一通り挨拶を終えると最後に私に向き直り、何事も無かったかの様に私に握手を求めた。

 おずおずと、私はそれに応じる。強く握られた手にはどちらの物ともつかない汗が滲んでいた。


「また約束でもしましょうか。んー、何がいいですかねぇ」

 と、テディは顎に手を当てて面白そうに顔を歪める。

「あ、まって!」と、私は徐にメルの元へ駆け寄り、預けていた鞄の中から綻びた小さなクマのぬいぐるみを取り出しテディにそれを押し付けた。

「ピアに被せていた私の帽子はあのどさくさで失くなっちゃったから、この子をテディに預けるわ。やっぱり懐中時計に及ばないだろうけど、私の大事なものに変わりないから」


 驚いた顔でテディはぬいぐるみを受け取ると、まじまじとぬいぐるみを観察していた。

「まだそれ持ってたのか」

 と、お兄様が苦笑しつつ後ろから声をかけた。

「だって、お兄様が初めてお給料で買ってくれた誕生日プレゼントですもの。この子も私の家族だわ」

 振り返ってにっこり微笑んだ私に対して「子供か」と呟いた無粋な従兄弟の声は聞かなかったことにする。

 すぐ隣ではリオが呆れたようにテディを見て「まだ返してもらってないのか…」と呟いていた。


 その言葉が指すものが懐中時計の事だと解り、やっぱり返した方が…とテディを見上げると、テディはふるふると首を振って私に答える。

「持ってて下さい。その方が安心なんです。僕もこの子を預かりますから。そうですね、今度は僕の国を案内するのはどうでしょう?」

「リン・プ・リエンを?だったら私、テディの育った場所を見て見たいわ」


 話に聞くリン・プ・リエンはウイニーよりも領土こそ広いものの、南に広がる竜の山脈と北に広がる大海原から吹き荒ぶ強い風に影響を受け、天候が変わりやすく、ほぼ全ての領土が過酷な地ばかりだと聞き及んでいる。

 観光には向いていなくとも、ウイニーやベルンとは違った何かを得ることが出来るかもしれない。

 それにやっぱり単純にテディの事がもっと知りたいとも思う。


 私がそう言うと、テディは予期していなかったとでも言うような顔で目をパチクリと(またた)かせると、やがてまたいつもの笑顔で頷いて見せた。

「僕の故郷ですか…いいですよ。その時までにレティも安心して歩き回れる国にして見せますよ。ね?兄上」

 突然話を振られて意表を突かれたリオは目を見開いた後、訝しげに「何故俺に聞くんだ?」と答えた。

「兄上の国でもあるのに他人事みたいに言わないで下さい」と、テディはムッとして答える。


 テディは気を取り直して私に向き直ると、

「約束、忘れないで下さいよ?今のも、昨日のも」

 と言って私の渡したクマのぬいぐるみの頬にキスを落として意味深に微笑んだ。

 途端、私の全身に熱が駆け上がり絶句していると、テディは満足そうに頷いて「では」と言いながら手を振ってその場から土煙と共に消えた。


 最後に見た彼の満面の笑みはほんのり頬を染めて、今まで見たどの笑顔よりも生き生きとしていたのが深く印象に残った。



 ーーそれから一週間も経たない内にリン・プ・リエンの内乱はウイニーの国民にも広く知れ渡る大きな物へと発展して行った。

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