気高き花 2【フィオ編】
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大きく1度深呼吸をした後、扉をノックする。
「はい」
と、中からメルさんの声が聞こえ、ガチャリと扉が開かれる。僕の姿を確認すると、彼は安心したかの様な表情をして僕を中へ案内する。
「お嬢様、テディ様がいらっしゃいましたよ」
メルさんが嬉々としてレティに声を掛ける。
そちらを見ると、レティは少し辛そうにベッドに横たわってニコリと僕に微笑んだ。
「どうしたんです?具合悪いんですか?」
近くにあった椅子をベッドの横に持って行き腰かける。
レティは「いたた」と言いながらメルさんの手を借りて身体を起こした。
「無理しないで下さい。具合が悪いならそのままで…」
「ううん、違うの。魔法の副作用で筋肉痛なのよ」
ほらと言って、腕にべだべたと貼られた湿布を見せて苦笑する。
「具合が悪いって言えばメル、貴方、薬ちゃんと飲んだ?船酔いするんだから先に飲んでおきなさい」
と、思い出したかのようにレティはメルさんに声を掛ける。
メルさんは少しバツが悪そうに「先程飲みました」と答えた。
「筋肉痛になる様な魔法を使ったんですか?」
「あっと…最初メルが操られてた時、テディも操られててね?私テディに羽交い締めにされたんだけど、覚えてない?」
驚いてぶんぶんと首を振って答える。
聞けばその時にメルさんに刺されそうになって咄嗟に筋肉増強の魔法を唱えて2人とも助かったそうだ。
唐突にアイツに蹴られたのはそういう理由からだったのかと今ようやく理解することが出来た。
すみませんと謝罪をしようと口を開きかけた時、ゴトリと床に陶器が落ちる音が聞こえた。
そちらを見ると、床に入れたばかりのほうじ茶が転がり落ちている。
落とし主は真っ青な顔で震えながら立ち尽くしていた。
「あわわわ…ボク、お嬢様やテディ様を殺そうとしてたんですか?!」
初めて会った時も思ったが、彼は存外気が弱いみたいだ。パッと見た感じ肉付きも太刀筋も悪くないし魔法もある程度使える上に、レティに接する態度を見ていても召使で収まるような人物にはとても思え無いのだが、もしかしてこの性格が弊害になっているのだろうか?
「メル、落ち着いて。不可抗力だし貴方の意思でやった事では無いんだから。それに貴方が私に勝った事なんて無いでしょう?テディも!万全を期した上でああなったんだから、自分を責めないで」
ね?と、彼女は僕の手に両手を添える。
「レティ…僕の事嫌いにならないんですか?」
あれだけの凄まじい光景を見たというのに、どうしてレティはこんなに強いのだろうと思った疑問を素直に口にしてみた。
「っへ?」
彼女はまるで予期していなかったとでもいう様子で肩を落とし、ポカンと口を開けて僕を見た。
「僕はレティを傷付けてばかりです。ピアさんの正体を知ってたのに言わなかったし……折角褒めてくれたのにガッカリさせました。そばにちゃんとついていれば魚人さんを斬らせずに済んだのに結果的に斬らせてしまった。ピアさん達の事だってあそこまで酷いものを見せるつもりは無かったのに…」
「ちょ、ちょっと待ってテディ!」
まくし立てるように懺悔する僕をレティは慌てて制止する。
こめかみに手をあてて「待った!」のポーズのまま難しい顔で唸り始めてしまった。
「もしかして、テディがずっと辛そうに悩んでたのは私の所為なのかしら?」
「違います!レティの所為だなんて!むしろ僕は軽蔑されて然るべき存在です!」
「あ、あのねぇ…」
力説する僕に何故か呆れたような顔でレティは深い溜息をつく。
「ピアの事を言わなかったのは私がガッカリすると思ったのと、何よりピアの耳の良さを知っていたからでしょ?可愛いって言ったのは…確かに男性にしてみたら嬉しくないんだろうし明らかに私が悪かったわ。魚人の件はメルを探すのを1人でやるって言った時点で全て私の責任。そもそも一番初めにテディは忠告してくれていた訳でテディが気に病むのはおかしいわ。それに昔クロエの言ってた甘いって意味もテディの言ってた覚悟の意味も良くわかったし良い経験だと思った。ピア達のことは…驚いたし正直怖かったけど、でもテディは我を忘れてたみたいだったし、最後はちゃんと正気に戻ってくれたわ」
嫌いになる要素なんて無いわ。とクスクス笑いながらレティは言う。
それで全部では無いでしょう?と心の何処かでレムナフの声が聞こえた気がした。
そう、僕は1番最低な事をまだ伝えていないんだ。
唇を噛み締め、ベッドの上に置いた拳に力を込め、絞り出すように喉の奥から震える声を必死で押さえて僕は一番伝えたくなかった真実を口にした。
「それだけじゃないです…僕は始めからレティとメルさんを囮にするつもりでピアさんの同行を許したんです」




