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相入れぬ者 4

「判りました。レムナフも戻って船で待機を。あとは僕達だけでこの奥に進みます」

 行きますよ。と、テディは私の手を引こうとする。

「ちょっと待ってテディ」

 と、私はテディを制止する。そして私はテディとレムナフさんを交互に見やり、ひとつの結論を導き出した。


 レムナフさんのローブとテディのローブは全く同じものだわ。そして2人の会話は明らかに主従関係にあるように思える。テディはさっき「僕の船」って言ってたし多分それは間違いない。

 だとしたらリオがテディに聞いてはぐらかしてたあの問答。レムナフさんにも当てはまるんじゃないかしら?


「レムナフさんってテディの取引相手(・・・・)であの船の指揮官なんですよね?」

 と、私はレムナフさんに確認をとる。

 するとレムナフさんはパチパチと細く小さな目を(しばたた)かせて、「そうですよ」とニコリと微笑んで答えた。

 私はまた少し考えてから「ごめんあそばせ」と微笑んで、背伸びをしてレムナフさんの両耳を手で覆う。


「難聴の調べ」

 と、呪文を紡ぐと、レムナフさんはグラリとよろける。

 おそらく三半規管に影響を受けてバランス感覚が一時的に崩れたためだと思う。


「一体、何を…」

 よろよろと壁に手をついて驚いた顔でレムナフさんは私を見る。

 テディもポカンと口を開けて私を見ていた。

 私はレムナフさんの肩に手を乗せて、耳元でもの物凄く大きな声を上げて喋りかけた。

「一時的ですが!聴力を魔法で奪いました!普通なら全く聞こえなくなるんですが!テディと同じで知覚系魔法に耐性があるなら!耳元で叫べば聞こえると思うんですが!私の声、聞こえますか?!」

「あ、なるほど…」と、テディは相槌を打つ。


 幻術、知覚系に耐性のあるテディが今まで見せた反応から私の掛けた魔法が完全に効果を発揮することはない筈なのだ。

 レムナフさんがテディと同じ修行を積んでいたと仮定した上で、耳栓をするより効果が得られる筈だと予防の為に魔法を掛けたのだ。


 すると案の定レムナフさんは驚きつつも頷いて、

「なんと便利な…本来なら敵の聴力を奪う魔法であると言うのに…いやはや、おみいそれ致しました。私は安心して戦艦に戻れるというもの。ハニエル様、どうぞテディ様をよろしくお願い致します」

 と、深々と私に頭を下げた。

 私はにっこり微笑んで、再びレムナフさんの耳元で「任せてください!」と返事をした。


 その様子を見ていたテディはクスリと笑いを漏らして、

「まるで孫と会話をするお爺さんですね」

 と口を押さえていた。

「…テディ様、声は聞こえずとも何を言っているのかは大体察しがつくものですよ。特に悪口などはね」

 背筋を伸ばしてジロリとレムナフさんはテディを睨みつけると、テディはハハハと笑って肩を竦めた。



 =====



 私はテディにレムナフさんと同じ魔法をかけて、いよいよ奥へと進み出る。

 じめっとした岩肌からは清水が流れていて、所々に苔が生えている。

 地面に散らばった羽根を頼りに奥へ進むと、やがて大きな空洞へと辿り着いた。

 上を見上げると天井には大きな穴が空いていて日の光が差し込み、穴を囲むように木々が茂っている。

 辺りはゴツゴツとした岩に囲まれていて、奥には大きな鳥の巣の様なものが鎮座していた。

 巣の中央にサラサラとした長い金糸を携えた見覚えのある青年が1人横たわっている。


「メル!!」

 私が叫んで彼に駆け寄ろうとすると、後ろからグイッと腕を引かれ、引きとめられた。

「レティ!いけません!あれは罠です!」

 テディが叫ぶとクスクスと、何処からともなく子供の笑い声が洞窟内に響き渡る。

 巣の影から1人、2人と少女の姿をした半獣族達が姿を現した。沢山いると思い込んでいた半獣族の少女達はピアも含めてたった4人しかいなかった。巨大な組織と言うには余りにも少ない人数にテディも私も目を疑った。


「おかしいと思ったんだよねぇ〜。音に敏感なあたし達が商品が逃げたことに気がつかないなんてあり得ない筈だし、ノートウォルドに残った筈のあんた達が何のアクションも無いままあたし達を見逃す筈が無いとは思ってたんだ」

 まさか乗り込んで来るとは思って無かったよ。と子供らしからぬ微笑を浮かべながらピアが姿を現した。


「ピア…どうしてこんな酷い事をするの?彼女達も貴女達も同じ人間なのよ?」

 クックックとピアは何かを堪える様に笑い出す。

「同じ…何だって?人間?私達が?なぁ、あんた達、あたし達が人間だってさ!これが笑わずにいられるかい?」

 ピアの周りに居た少女姿の半獣族も同じように笑い出す。さも滑稽だと言わんばかりに。


「何がそんなにおかしいの?貴女は少なくとも私達と会話をする能力があるのだからお互いに話し合って歩み寄ることは出来るはずよ」

 私の言葉を聞いてピタリと笑い声が止む。

 まるで軽蔑をするような眼差しでピアは私を睨み付け涼やかな声を喉から吐き出す。


「なぁ、いいとこのお嬢さん?寝言ってのは眠ってる時に言うもんだ。あんたとあたし達同じ言葉を発していてもそれは手段でしかない。生き抜くために身につけた手段だ。因みに聞くがあんたとあたしが歩み寄って何の得があるってんだい?命を助けてやるなどという寝言を言うつもりならとっととココから去ることだね。あんたらだって死にたくはないだろう?」

「交渉する気など始めからありませんよ。貴女達はここでその生を終える運命なのですから」

 と、後ろに立っていたテディがピアに鋭い視線を送る。


「テディ…」

 後ろを振り返ると、テディは厳しい顔で首を横に振って見せる。

「言ったはずです彼らを殲滅するのが僕の目的だと。無駄話は必要ないでしょう。根本的(・・・)に彼女達は他の半獣族とは違うんですレティ」

「でもテディ、一体何が違うというの?私には同じにしか見えない!」


 不意にキシャー!と言う鳥が威嚇する様な声が洞窟内に響き渡る。

 洞窟内に大きな影が覆い被さり、天井を見上げればそこには美しい女性の大きな顔がこちらを覗きこんでいた。

 ぞくりとするような笑みを浮かべ女性は洞窟内に降り立つ。

 人間よりもふた周りは大きな体の怪鳥は嬉しそうに巣の中にいるメルを見下ろすと涼しげに歌い出した。

 不快な反響音を轟かせて美声を披露する鳥をピア達はうっとりと見つめ、

「ああ、お母さま……なんて美しいお声なの」

 と、陶酔してそれに合わせるようにハーモニーを奏で始める。


 不快さが増す中、メルが目を覚まし、やがて虚ろな目で剣を抜くと、しっかりとした足取りでゆっくりとこちらへ向かって歩き出した。

「メル!」

 と叫び、手を伸ばそうとした瞬間、私は後ろから誰かに羽交い締めにされてしまう。

 後ろを振り返り、見上げたそこには、同じように虚ろな目をしたテディの姿が目に入った。

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