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相入れぬ者 3

「麻痺の呪文唱えたのに…効かなかったみたい」

「レティ?本当に大丈夫ですか?」

 ポツリと呟いた私の顔をテディは心配そうに覗き込んだ。

「うん。ちょっとビックリしたけど大丈夫だから。メル達は外に居るのかしら…」

 自分でも不思議なくらい冷静に状況を分析していると思う。

 キョロキョロと周りを見渡して、テディの手を力強く引っ張ると外へ向かって走り出す。


 視界に転がる魚人達の(むくろ)を確認しながら、やはりおかしいと分析する。

「テディ、この中に半獣族の女性が1人も居ない」

 前を向いたままそう告げると、テディはハッとして周りを見渡した。

「確かに…まさか全員船の上に?」


 急ぎましょう!と今度はテディが私の腕をひっぱる。

「船の上だとするとこのままではメルさんも一緒に船と共に沈んでしまう事になってしまいます!視界に入る範囲ならば個々での転移も可能なのでこのまま敵陣に乗り込みます」

「わかったわ」と私は頷く。


 外へ出ると、この島へ着いた時には見当たらなかった戦艦が何艦も島を囲むように陣取っていた。

 そこから逃げるように一隻の船が高速移動しているのが視界に入る。


「飛びますよ!」

 と言って、テディは私を抱えると呪文を唱える。

 視界が歪み、着地した瞬間、ズシンと船体が大きく揺れてよろめいた。

 思わずテディしがみつくと、テディは何とか踏ん張って周りを確認している。

 同じように私も周りを見渡すが、そこには慌てふためく魚人達の姿しか見当たらなかった。


「いませんね。船内に隠れているんでしょうか」

「ううん。それはないと思う…だって、アグラオって呼ばれた女の子はピアの事を姉さんって呼んでたもの。多分ピアがこの半獣族を纏めてるんだと私は思う」


 船内の様子からもそうだと確信できる。

 誰かの指示に従って動いているというより、各々が慌てて思い通りに動いているといった印象を受けるのだ。まるで統率など取れていない。


「そうですね…この様子だとここに司令官はいない。メルさんも居ないと踏んで間違いないでしょう。危ないですし戻りましょう」


 そう言ってテディは再び転移を行う。

 戻ってきた私達の前に、困惑した様子のレムナフさんが近づいてきた。

「テディ様、これを見て下さい」

 と、レムナフさんは片手を差し出す。

 手の上にはナイフで腹を切られたような痕のある小さな魚の死体が横たわっていた。


「なんです?これ。今は夕飯の支度をしている場合では無いですよ?」

 眉を顰めてテディが言うと、レムナフさんは首を振ってテディに答える。

「そういう皮肉はゲイリーだけで結構です。毒されすぎですよ。全くあやつはテディ様に悪影響ばかり及ぼして…これは先程排除した魚人達の成れの果てです。室内にあった遺体は全て時間とともにコレに変化しています」


 私とテディは驚いて顔を見合わせる。

 慌てて中に入ると、レムナフさんが言ったとおり、辺りは同じような魚の死体が部屋中に散乱していた。


「どういう事だ…?」とテディは顎に手を当て俯き呟く。

 私は考え込むテディをその場に残して、周囲を歩き回り観察する。


 魚人と思っていたのはおそらく何らかの方法でピア達に姿を変えられた魚そのものだと推測する。

 麻痺の呪文が効かなかったのは人としての要素もモンスターとしての要素も一つも無かったからだ。


 知覚系魔法は術者に害を与える可能性の無い存在には意味を成さない。

 本来なら刀を振るうどころか捕食される対象の生物なのだから、例えそれが襲い掛かってきたとしても呪文が発動する訳がないのだ。

 それは感覚を司る神様が猫に捕食されるネズミの姿をしていたからだと神話では伝わっている。


 しゃがみ込んで魚の死体と睨めっこしていると、上の階から兵士が顔を出して、

「レムナフ様!此方に妙な部屋があります!」

 と、声を上げた。


 レムナフさんとテディそして私は、顔を見合わせると急いでその部屋に向かう。

 入った部屋は一見すると普通の部屋にしか見えないのけど、兵士が指を指した場所に無数の黒い鳥の羽根が散乱していた。


 一つ手にとってレムナフさんが険しい顔をする。

「これは…まさか……」

 そう呟いてキョロキョロと室内を舐めるように観察すると、羽根が落ちていた壁の前に耳を当てる。

「この奥に空洞がありますね…しかし……」

 と、レムナフさんは黙り込んでしまう。

「何か心当たりが?」

 テディがレムナフさんに声を掛ける。

「うーむ…」と何とも言えない返事を返した後、レムナフさんは兵士達に急ぎ命令を下した。


「ここに残っている兵士達は至急艦内へ撤退するように通達しなさい。全員帰還後、全艦に遮音結界を全員で(・・・)船に張り巡らせ警戒に警戒を重ねた上で待機。訓練の浅いものは念の為耳栓も用意しなさい」

 レムナフさんの厳重とも言える指示に兵士はゴクリと喉を鳴らして敬礼をすると、急ぎ部屋の外へ出て命令の通達を行った。


 テディは訝しげにレムナフさんを見つめる。

 レムナフさんはその視線を気に留めるでもなく、壁の向こうをじっと見据えて険しい顔をしたまま私達に話し掛けた。

「おそらくこの先に探していた方々が居りますが、撤退すべきだと助言申し上げます」

「何故?」

 と、おそるおそる私は尋ねる。

 この先にメルがいるなら助けないと…たとえ生きていたとしても2度と会えなくなってしまうわ!


 泣きそうになるのを必死で堪えていると、テディが私のそばに立ってギュッと手を握って険しい顔でレムナフさんに牽制する。

「答えろレムナフ。この先に何があるというんだ」

 そう言ったテディはまるで王の様な風格が漂っていた。私はその錯覚に思わず息を飲み込んだ。


 レムナフさんは手にしていた羽根をクルクルと指先で回しながら一点を見つめ答える。

「この羽根はおそらく警告です。室内に争った形跡は無く、この場所だけに1箇所に集めたように羽根が散乱している。いかにもこの壁に何かあるとでも言いたげに」

 ふぅ…と息を吐き出すと、目の前の壁の端を前方に押し込む。

 すると、壁は回転しながら開き、奥に細い通路が出現した。

 通路にはパラパラと羽根が道を作って奥にまで散乱している。


「思った通りですね。因みにお二方は本物のセイレーンの姿をご存知ですか?」

「本物の?ピア達の様に耳が魚のヒレの様な種族ではないの?」

「まさか…原種がこの奥に居るとでも言うんじゃないだろうな」

 私の手を握るテディの手に力がこもる。

 顔を見ると少し青ざめてレムナフさんを睨みつけていた。


 レムナフさんはゆっくり頷いてテディに答える。

「セイレーンは元々上半身は人の女性、下半身は鳥の形をしていました。それがどうしてあの様なヒレの耳を持つ半獣族の形へ変化したのかは知りませんが、少なからずこの羽根は私達が追っていた半獣族のものではないと断言します。ともすれば自ずと答えは一つしかないと言わざるを得ません」


 原種ともなれば幻術に耐性のある我々でも無事では済まない可能性があります。と、レムナフさんは続けた。

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