相入れぬ者 1
※ストーリー「相入れぬ者」は残酷な描写があります。
血生臭いのが苦手な方はご注意下さい。
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意識を失った魚人の男が魔法陣に横たわり、やがて姿を消す。
祈るような思いで皆が魔法陣をじっと見つめていると、やがて中から魚人とは別の人物が姿を現した。
グレー掛かった黒髪に深い緑色の瞳の初老の男性は、裾の短い灰色のローブを身に纏い、歳の割りには背筋がピンと伸びていてとても若々しい印象を与えた。
目尻にある皺は優しげに弧を描き、口元の白い髭はフサフサと綺麗に整っている。
「やや、これはこれは…この歳になって綺麗なレディ達に囲まれる事になるとは現役で頑張った甲斐がありますなぁ」
初老の男性は背で腕を組んで嬉しげに周囲を見渡すと、ピタリと目の前のテディに目を止める。
じーーーっと舐めるように観察すると、細く小さな目を目一杯見開いて、やがてお腹を抱えて笑い出した。
「ぶっはっはっはっは!お似合いですよテディ様!いや、そうしていると亡き母君を思い出しますねぇ」
これは是非ゲイリーに見せなければ!と涙目になりながら肩を揺らす。
テディはと言うと、少し不快そうな顔をして男性を睨み付ける。
「…ゲイリーには言わないで下さい。そして母は金髪でしたし癖っ毛でした!」
むすっと頬を膨らませて拗ねるテディの肩を男性はバンバンと楽しそうに叩く。
そしてすぐ近くにいたテディと同じ格好をした私と視線が合うと、彼はにっこり微笑んだ。
年輪を重ねた皺がクシャリと縮んで、テディとは違った意味で愛嬌のある笑顔だわ。
私もつられてにっこり微笑むと、彼は余裕のある歩みで悠々と私に近づき手の甲に挨拶をした。
「本来ならば膝を折るべきなのでしょうが会釈で失礼を。最近足腰にきてまして、いやはやとしは取りたくないものです。お初にお目に掛かります私テディ様の幼い頃より懇意にさせて頂いておりますレムナフ・クーべと申します。以後お見知り置きを」
何の迷いもなく私の前に進み出て、紳士の挨拶をしたレムナフさんに私は少し驚き、直ぐに気を取り直して挨拶をと思って口を開きかけて一瞬躊躇する。
(周りにこれだけ人がいる中でレティアーナを名乗るのは流石にマズいわよね…)
「始めましてレムナフ様、えっと…私の事はどうぞハニエルとお呼び下さい」
私はそう言って右手を差し出すと、彼は少しだけ目を見開くとウンウンと頷いて握手を交わした。
「レムナフで結構ですよハニエル様。成る程、美人な上になかなか聡明な方でいらっしゃる。テディ様が夢中にーー」
「レムナフ!挨拶はそれくらいにして、貴方がこちらに来たという事は成功したと判断して良いんですね?」
テディは慌てたようにレムナフさんを叱咤した。心なしか頬が赤らんでいるように見える。
そうだった、悠長に挨拶を交わしている場合じゃないわ。
魔法陣を作るのに結構時間がかかってしまったし、そろそろ部屋に掛けた私の結界に気が付かれてもおかしくないわ。
レムナフさんはくるりと踵を返してテディに向き直ると、恭しく返事を返した。
「勿論ですとも。老体なりにあちら側の人身御供として役に立ってみせましたぞ。お嬢さん方、どうぞ陣の中へ。豪華客船とは行きませんが我らが船へ案内致しましょう」
言われて彼女達は今までの話や実験の過程を見ていた所為か、皆進み出る事に躊躇していた。
いくら成功したと言われても、そもそもウイニーでは魔法は一般的なものではないので殆どの人が初めて見たはず。
恐ろしいと思うのがまぁ、普通よね。
私はパンッと両手を叩き部屋中の視線を集めると、彼女達を落ち着かせる為にニッコリ微笑んで魔法陣に進み出る。
「大丈夫よ。彼の言う事は信用できると思う。不安なら私が先に行ってまたここに戻ってくるわ」
テディとアイコンタクトを交わすと、テディはそれに応える様に石を握り締めて呪文を唱え魔法を発動させる。
視界が歪み、目の前に広がる海の反射光と高く上がった陽射しが目に染みる。
そこが大きな船の甲板である事を確認すると周りをくるりと見渡した。
すると魔法陣のすぐ横に居た兵士らしき人物とバチリと目が合う。
私がニッコリ微笑んで事情を説明すると、兵士は快く了承して再び魔法陣を発動させる。
すると何事も無く一瞬の後に元の部屋へと戻って来ていた。
女性達からホッと安堵の溜息が何処からともなく漏れる。
レムナフさんの誘導で彼女達は順番に魔法陣の中へ進み出る。
テディはレムナフさんに石と棒を渡すと何か言葉を交わして指示を出した後、壁際で様子を見守っていた私の方へ近づいてきた。
おもむろに被っていたカツラと服をその場で脱ぎすてて、ほとんど取れかかっていた化粧を飲料用にとっておいた水を使って落とし始める。
ドレスの下に着ていたレムナフさんと同じ裾の短い灰色のローブが姿を現し、見慣れた鳶色の髪はクシャクシャになっていた。
手櫛で整えてあげるとテディは少し擽ったそうに「ありがとう」と、はにかんだ。
「やっぱりこの格好が落ち着きますね。化粧もなんだか異物感があって不快でした。女性は大変ですね」
と、テディは肩を竦め、魔法陣に消えて行く彼女達を見守りながら言う。
特にトラブルも起こっていないようで、順当に室内の人数が減っていく様子に私も安心してテディの隣で行く末を見守る。
「でもよく似合っていたわ。メルは私に化粧をした時、元がいいから美人になるんだって言ってたけど、本当にその通りだとよく判ったわ」
「いつか手紙で言ってた船の上のお話ですね。僕もその時のレティを見てみたかったです。レティは確かにそのままでも可愛いですから。でも僕は別に美人ではないですよ?」
ウンウンと頷いてさらっと可愛いと言われた私の中でドキッと胸の辺りに落ち着かない感情が生まれる。
可愛いとか綺麗とか言われた事がないわけじゃないけど、テディに言われるとなんだか毎回落ち着かない気がするわ。
やっぱり私が変なのよね…
「レティ?」
胸を押さえて俯いてしまった私を不審に思ったのかテディが訝しげに私の顔を覗き込む。その瞬間、
「ひゃあ!」
と、思わず妙な悲鳴をあげてしまった。
だっていきなり目の前に顔があるんだもの!
更に眉を顰めたテディにむかってブンブンと首を振って見せ、赤くなった頬を誤魔化すように押さえてちょっとだけ睨み付けた。
「テディは充分整った顔をしていると思うわ。笑顔がとっても素敵だし…私より可愛いもの!」
と、私が言うとテディは少し微妙な顔で前を向き直す。
「僕、一応男なんですけどね…可愛いは酷いです」
パッと横を見上げると少しむくれたテディの顔。
あら?もしかして怒ってる?
「褒めてるのに」
「褒めてません!もういいです。よく言われるんで。でもレティには言われたくなかったです」
「……ごめんなさい」
怒らせるつもりはなかったんだけど…としょんぼりしていると、今度は慌てて身を乗り出してテディは私を慰め始めた。
「あ…いえっ、違うんです!褒めてくれたんですよね!僕の方こそすみません」
そんな顔しないで下さい。とテディは困った顔で私に言った。
「お取り込み中申し訳ありませんが、子供達も見つけて無事に船に誘導して準備万端なんですが、そろそろ作戦を開始しても宜しいでしょうか?」
と、レムナフさんはいつの間にやら兵士を引き連れてニコニコと楽しそうにこちらを見ていた。
後ろで控えている兵士達も何だかニヤニヤと楽しそうだ。
テディは真っ赤になって「ごほん」と咳払いをすると、きりりとした表情で彼らに命令をした。
「彼らの中に人間が混じっています。少なからず1人は彼女の従者です。金髪の綺麗な男性なので直ぐに分かるとは思いますが、くれぐれも間違えて人を殺さないように。後の指示はレムナフとバシリーに従って下さい。健闘を祈ります」
「「はっ!」」
と、レムナフさんと兵士達は敬礼をして、何人かが魔法陣の中へ消えていく。
暫くすると、外からどぉーんという大砲の音が響き渡り、地面が微振動を起こす。
部屋の外は俄かに騒がしくなり、人が外へ出て行くような足音が聞こえてくる。
「レティ、結界を解いて下さい」
と、テディが私に指示をする。
私は頷いて、扉の前に進み出て結界を解く。振り向くとニコリとテディは微笑んで、次にレムナフさんに目線を送る。
するとレムナフさんはスゥーっと息を吸い込んで、お腹の底から男性らしい低い声を轟かせた。
「いざ、出陣!」




