海の見えない船旅 6
頭の中が真っ白になった私の顔をテディは心配そうに覗き込む。
「ハニエル…こればっかりは決定事項なんです。半獣族で見た目があどけない少女だったとしても害のある存在である限りどうしようもないんです」
顔面蒼白になる私の頬をそっと慰めるように撫でるテディの手の指先は少し冷んやりとしていた。
「やっぱり君を傷つけてしまいましたね。辛かったら彼女達と僕の船で…」
辛そうに言うテディに慌てて私は首を振って答える。
「ううん!大丈夫、大丈夫だから。勝手に着いて来たのは私だし…ただ、少しだけ心の整理がしたい、かな」
私がストンと座り込むと、何か声を掛けようとしていたテディは手を引いて、持っていた棒をその場に置いた。
クルリと私に背を向けると、「すみません」と一言言った後、テディはその場から姿を消す。
恐らく先程宣言した通り外へ魚人を捕まえに行ったのだろう。
私はぼんやりと2年前クロエに言われた言葉を思い出していた。
半獣族の盗賊ーーザックに会った時の事だ。
クロエはあの時彼らを見逃すことを良しとしなかった。
甘いとさえ言われた。
でも、あの時の判断は間違って無かったと確信できる。
じゃあ、今回は?
テディは決定事項だって言った。害のある存在だと。
本当に交渉する余地も無いのだろうか…
程なくしてテディがカゴを抱えて戻ってきた。
中には真っ赤な艶のあるリンゴが沢山入っていた。
「外にリンゴがあったので取り敢えずこれを使います。最終的には魚人さん連れて来ないと行けませんが…」
カゴの中のリンゴを見つめてテディは言う。
気を遣ってくれたのね…と、胸がじんわり熱くなる。
テディはリンゴの入ったカゴをその場に置くと、ポケットから石を取り出して魔法陣に投げ込み何やら呪文を唱える。どうやらその石が媒体になるようで、一通りの作業が終わると魔法陣の光りが石の中に宿っていた。
その作業を終えると今度はリンゴを一つ取り、魔法陣の中央に乗せて転送を開始する。
テディの手にした石と魔法陣が光り、リンゴがゆらりと歪むように消えた。
その後暫くテディはジッと魔法陣を見つめる。
魔法陣に変化がないことを認めると再び棒を取って魔法陣の記述を訂正する。
リンゴを置く、転送する、訂正する、時折眠る。をテディは淡々と繰り返した。
私や周りの女性達は声を掛けるでもなく、ただただ見守るだけだった。
どれくらいの時間が経っただろうか?カゴのリンゴが半分近く減った頃、転送したリンゴが暫くするとそのままの形で再び現れた。
「やりました!成功です!」とテディは嬉しそうに声を上げた。
女性達も嬉しそうな声を上げる。
テディはくるりと振り返り、俯いてずっと考え事をしていた私の前でしゃがみ込むと心配そうな顔で伺うように声をかけてきた。
「ハニエル、いよいよ魚人さん連れてきますが…いいですか?」
私はハッとしてテディを見上げる。
「リンゴは成功したのよね?…私が行くのじゃ駄目かしら?」
その提案にテディは一瞬目を見開き、首を横に振る。
「ハニエルに何かあったら僕は勿論メルさんも正気じゃいられなくなりますよ。リンゴが成功しても人が成功するかどうかは今の時点では確実では無いんです」
テディの瞳がゆらゆらと逡巡する。
私、さっきっからテディを困らせてばかりね。
どうしようもない事もあるって解っているのに。
「テディは…」
辛くない?と聞こうとして口を噤む。
辛くないわけがない。きっと、今までもずっと耐えてきたんだ。
テディは武器商人で襲われたこともあるって言ってたもの。
私なんかよりずっと…
グッと唇をキツく結んで真っ直ぐテディを見据える。
この決断はテディはもちろん、恐らくレイ自信も納得して降したんだろう。
ダニエルも、あの場にいた兵士達も、リオも、それを承知で手伝おうとしたに違いない。
みんな覚悟を決めていて、私だけが出来なかっただけの話だ。
「判った。もう何も聞かない。みんなを助けるためだもの。ちゃんと全部見届ける」
力強く頷いて見せると、テディは何か言いたげな顔をして口を開きかける。
しかし言葉を飲み込んで、私と同じように力強く頷くと、
「連れてきます」
と、一言だけ言って立ち上がり、再びその場から姿を消した。




