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海の見えない船旅 1

 =====



 暗渠(あんきょ)化された川の地下道を通って、私とテディは半獣族達のアジトへ向かう。

 下流へ進むと、私の予想していた通りに町の港から死角になる形で中位の舟がそこに浮かんでいた。


「彼らはあの舟に女性や子供を乗せて、沖にある本船へ運びます。今回は僕達が来たことで人を集める事がそんなに出来なかった筈ですから、然程多くは往復しないと思います。物陰に隠れて彼らの目を盗んで、あの舟に乗り込みますよ。良いですね?」

 艶めいた長い黒髪に蠱惑(こわく)的な怪しい微笑を浮かべてテディは言う。

「判りましたわお姉様」

 と、私も同じような黒髪を従えてテディにニッコリ返事を返した。私達は姉妹として、私がテディをお姉様と呼び、テディは私をハニエルと呼ぶことにした。


 目の色は流石に変えられなかったけど、カツラも服も似たような物を用意して一見姉妹に見えるような装いにした。テディは声の方も私が調合した魔法薬で一時的ではあるけど女性の様な高い声が出るよう変えている。効果は一晩しか持続しないから気を付けないといけないけど。

 テディの化粧も私が手伝ったわけだけど、なんていうか、メルがなんで私をコーディネートしたがってたかわかった気がしたわ。

 始終(くすぐ)ったそうにされるがままだったテディが妙に可愛くて癖になりそうとか考えてしまったのは本人には内緒だ。


 お姉様と呼ばれた(くだん)のテディはと言うと、呼ばれた直後片手で口を塞ぐと顔を赤くしながら、

「なんか、イケナイ事をしている気分です…」

 と恥ずかしそうに呟いた。

 うーん。どちらかと言うとそれは私の台詞のような気がするんだけど。


 それにしても…と、ふと私は思い出して思わずクスリと笑いが漏れる。

「まさかこんな形で約束が果たされると思わなかったわ」

 今度会った時は一緒に海の向こうを旅する。私達は再会を願ってそう約束していた。

 こういうのを運命のいたずらとでも言うのかしら?


「約束を果たす内に入るんですか?これ。旅ともまた違う様な気もしますし…僕は勘定に入れたくないです」

 と、かなり不満そうにテディは言う。

 私はそれでも可笑しくて更にくつくつと喉を鳴らした。

「でも意図せず結果的に海に行くことにはなったわ。偶然なのかもしれないけど、なんだかあの時の妖精達がイタズラでもしてるみたい」


 もしそうだとしたら、また再開の約束をしてそれが果たされた時、もしかして同じように意図せず何かが起こったりするのかしら?

 思えば私の鞄の帯が切れていなければ再会していなかったかもしれないわけだし…そう考えると妖精がイタズラしてても別段不思議じゃないように思えてくるわ。


 うんうん。と1人で納得していると、やっぱりテディは嫌そうに顔を顰めた。

「それは…少し嫌なイタズラですね。偶然だと思いたいです」

 再開できたのは嬉しいですけど。と、テディは注釈を入れる。



 それから会話も止まってしまい特に話す事も無く、静かに物陰に2人並んで座り込み待機した。

 誰が来るわけでもなく、波の音と地下道を通り抜けて行く空洞音だけが響き渡る。

 間もなく初夏に入ろうという季節ではあるけど、流石に目の前が海というだけあって、日も当たらないこの場所に入ってくる海風は肌を冷たくするのに対して時間は掛からない。


 ぶるりと震える体を押さえて身を縮こませていると、不意にテディが「しっ」と小さく警告を放つ。

 ハッとしてテディの険しい視線を追ってみると、地下道の奥の方から複数の足音が反響しながらこちらに近づいてくる。

 思わずテディに寄り添うと、「大丈夫」と言う様にテディが私の背中を支えた。


 松明の明かりが大きさを増し、複数の人型の大きな影が壁面に映し出される。

 スカートを履いた幾人かの女性と小さな子供、そしてそれを囲む様に男の影がちらついた。


 緊張を背にしてじっと彼らの到着を待ち受ける。

 やがてその姿がはっきりと目に映る距離まで来るとその護衛の中にメルが紛れているのに気がついた。

「!!」

 思わず声を上げて立ち上がろうとした私の口を、テディは咄嗟に手で塞いで私を引き寄せた。

 少しだけ熱くなった目頭を堪えながらテディを見上げると、私を安心させるようにニッコリ微笑んでテディは頷いた。


 私は息を飲んでそのままメルを目線で追う。

 テディが言った通り何処か虚ろな目をしている。焦点があっていない上にその足取りは危なっかしい。

 よく見ると村に住む男達だろうか?彼らもメルと同じく心ここに在らずといった様子だった。

 そしてしんがりに長く透き通った耳の見覚えのある少女が現れた。

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