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ノートウォルドを彷徨って 5

『半獣族の子供のような女…』

 その言葉が私の中で意味をなさないまま通り抜けて行く。


 某然とする私の背中をダニエルが労わるように優しく撫でてくる。

「ハニー…信じられないかもしれないが、ハニーが出会った女の子はアレで成人なんだ。厄介な事に」

 アレで成人…

「でも、何処からどう見ても6,7歳前後の女の子で、初めて会った時も男の人に………」

 そこで私はハッと思い出す。


 あの時、彼らは私に確かに言ってた。この辺りでは有名な悪党の一身だと。

 リオやダニエルの言葉を信じるなら、彼らの言っていた言葉も嘘じゃ無いって事になる。


「私は、ピアに騙されていたの…?」


 震えながらに母親を思っていた姿も、健気に頑張ろうとする姿も全部演技だったって事?

 とてもそんな風には見えなかった。


「きっと何か事情があって…」

 ポツリと呟いた私に呆れた様な失笑を向け、リオは残酷にもそれを否定した。

「この国の人間はどれだけ頭がめでたいんだ。アレはその辺にいる半獣族とは訳が違う。元々海に住む種族で人を惑わす事に長けた一族だ。アレの原種は人を売りさばくどころか海に引き摺り込んで溺れさせていた様な残忍な種族だぞ」


 セイレーン

 と、リオは説明する。

 長い年月を経て、モンスターから半獣族となった種族だが、半獣族となった今でもその残忍性は色濃く残っているのだという。

 見目は少女だが、その目とその声で男を惑わし思い通りに操ることが出来る。

 彼女達はその特技を利用して、人間の男を惑わし、見目麗しい女性や子供を捕らえて、海の向こうにある国に売り払っているらしい。


「しかも厄介な事にあいつらは耳が異常に良い。人に聞こえないような音まで感知出来るほど敏感で、ここまで追い詰めるのに2ヶ月は掛かっている。元は北西の町に出没していたんだが、諜報員に気がついて毎回逃げられていた。聴力の発達に気が付いたのはこの町に来る少し前だ」


 気が付いてからはマジックアイテムを取り寄せて、潜伏場所に遮音の結界を貼って気付かれない様に過ごしているとリオは説明する。


「じゃあ、町の人達がずっとこっちを見てたのはピアを狙ってたんじゃなくて、警戒していた…?」

 男性を操って捕まえさせていたなら、町の人達が操られて手伝わされていたとしても不思議じゃない。


 頭の中で嵌っていくピースに酷い不快感を覚え、ギュッと腕を抱える。

 そうだとしたら、私はメルにとんでもない事を頼んでしまった。

「メルを…追いかけないと……」


 スッと立ち上がった私の腕をダニエルが慌てて掴んで引き止めた。

「待て!今更追いかけても手遅れの可能性が高い。大体メルが出て行ったのは何時だ?」

「昨日の夜よ。馬で追い掛ければきっと間に合うわ。そうでしょ?」

 私の言葉に無情にも誰も肯定してくれる人は居なかった。

 帰ってきたのは沈黙のみだ。


 私はガクリと膝から崩れ落ちて床の上に座り込む。

「ハニー!」とダニエルが慌てて支えてきたけど、彼のその後に続けた言葉が全く聞こえて来なかった。


 メルに何かあったら私の所為だ…

 メルは恩人なのに、私が危険な目に遭わせてしまった。

 どうしよう、どうしたらいいの?


 零れそうになる涙を必死で堪えながら「冷静に、冷静に」と、自分に言い聞かせようとする。

 酷く大きな心音に苛立ちながらギュッと目をつぶると、テーブルの上から大きな溜息が聞こえてきた。


「ほっとけ。少しは骨があるのかと思ったが所詮は女か。役に立たんな。奴らのアジトの方で動きが無かったか誰か行ってこい。後は南の街道で張るやつを2名、隣町で目撃情報がないか調べるやつ1名だ。その姫君は部屋にでも押し込んでおけ」


「解散だ」と言って立ち上がる彼らにハッとして目を向ける。

 そうだ、彼らはずっとこの事件を追いかけて来てて、私は足を引っ張ってしかいない。

 メルの事は私の責任だし心配だけど、私は私に出来ることをしないと。


「ハニー、部屋に案内するから」

 と、ダニエルが腕を引いたと同時に私は顔を上げて、リオを睨みつける。

「私はここに匿われる為に来たんじゃないわ!私にも何か出来るはずよ!メルの件は謝っても許してもらえないかもしれないけど、出来る限りの事はやらせて下さい」


 部屋を出て行こうとしていたリオはチラリと私を振り返ると、やはり迷惑そうに目を細めて答えた。

「お前のような世間知らずの姫君に何ができると?これ以上足を引っ張られるのはごめんだ。迷惑でしかない。大人しく部屋に篭っていろ。ダニエルとっととそいつを連れて行け」


 ダニエルはそう言われて、グイッと少々乱暴に私を肩に担ぎ上げると、

「ハニーの気持ちは良くわかるが…ごめんな」

 と、言って部屋から出ようとした。


「…障壁の理」

 ポツリと私は誰にも聞こえないように呟く。

 すると何処からともなくパンっと部屋中に音が響き渡り結界が張られる。


 大きな音に皆が驚いて周りを見渡すが、特に何もない事が判ると気のせいかとダニエルはドアノブに手を掛ける。


「…あれ?」

 ガチャガチャと豪快な音をたててノブを回すダニエルは首を傾げる。

「何してんだ?」

 訝しげにリオが後ろから覗き込むが、ダニエルは困惑した表情でリオを見下ろした。

「ドアが開かねぇ…くそっなんでだ?!」

 ガチャガチャと一層激しく回そうとするがピクリとも動かない。


 リオは苛立ちをあらわにして「どけっ!」とダニエルに言い放つと同じようにノブを回して扉を開けようとする。


 私は慌てる彼らの会話にニヤリと口角を上げると更に呪文を紡ぐ。

「紅炎の大熱」

「うぁっつ!」

 ダニエルは私を抱えていた手に耐えられないほどの熱を感じ思わず手を離した。

 その隙に私は身を捩らせて、クルリと反転し、ダニエルから離れた。


 驚いた顔で皆がこちらに注目した所で、

「世間知らずで足を引っ張るしか脳がないので、認めてもらえるまでここで足を引っ張ることにしますわ」

 とニコリと微笑んで言い放った。

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