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Coffee Break : 諜報

Coffee Breakは本編ではありませんが、

その時々の物語の背景となる為、若干ネタバレ要素が含まれる場合があります。

気になる方は飛ばして読んで下さい。


 ダニエル・ジェイ・トレンスはハニエルやメルと別れた後、自分の人生とは一体なんなのかと頭を悩ます日々が続くこととなった。


 まず、ダールに着いて早々、リヴェル侯爵に対面し、ハニエルの書いた手紙と指輪を渡すとリヴェル侯は大層驚愕し、手放しでダニエルに協力を申し出た。

 実家には何と使者ではなく侯爵自らが同伴することとなったのだ。

 この時初めてダニエルは自分の父親とリヴェル侯が旧知の仲だった事を知った。

 昔父はリヴェル騎士団で世話になったとしか話をしていなかったので、そこまでの仲だったとは流石に認識していなかったのだ。


 更に実家に着くと、リヴェル侯のおかげで家の中まですんなり入ることが出来たのだ。

 門前払いを覚悟していたダニエルにとってはこれだけでも拍子抜けだというのに、手紙を受け取った父は渋い顔ながらもダニエルを受け入れ母の面会を許可したばかりか、勘当までも解いたのだ。


 これには流石のダニエルも首を捻るばかりだった。

 そしてその理由はリヴェル侯が帰った後、父自らの口で語られる事となった。

「この手紙によると、お前は随分レティアーナ様にご迷惑をお掛けしたみたいだな。旅の間、非常に世話になった。奥方の容体が悪いと聞いた、どうかお前の勘当を解いて話し合って欲しいと書いてある。お前も心を入れ替えた、と」


 聞きなれない名前がダニエルの耳を掠める。眉を顰め、父にその名を聞き返す。

「…レティアーナ?とは誰です?自分はそのような名前の人物知りません」


 その言葉に父が眉尻を上げてダニエルに言葉をぶつける。

「知らないだと?!お前はそれでも子爵家の嫡男か!しかも呼び捨てなど言語道断!だが、確かにこの手紙にはお前に正体は明かしていないと書いてあるな。…レティアーナ・ビセット様と言えば判るか?ビセット公爵閣下の御息女だ。この国で知らぬものなどいまい」


 父の言葉にダニエルは愕然とすると同時に、最後にハニエル…いや、レティアーナが言った言葉を思い出した。


『ふふふ。忘れないわ。でも、私の正体を知ったら貴方きっと後悔するわよ?』


 そういう事か!とダニエルは頭を抱えた。

 レティアーナ・ビセット……この国で発行されている新聞記事で彼女の名前が掲載されない日は珍しいくらい有名なワガママ姫だ。


 よりによって自分は皇太子の従兄妹である姫君に恋をしたという事になる。

 どうあがいても子爵家では彼女の隣に立つなど出来るわけがないし、散々無礼な態度をとったと言える。

 いや、良い所のお嬢様という自覚はあった。

 だが、せいぜい侯爵または伯爵令嬢ぐらいの認識でしかなかったのだ。


 雲の上とはそういう事だったのだ。


 それから母が亡くなるまでの間、母の看病や父や弟の手伝いをしつつもダニエルは空虚な日々を送っていた。

 初めて心から好きになった相手は手を伸ばしても届かない場所にいる。

 我武者羅にこれから働いたとしても、彼女を手に入れる位の爵位を手に入れるなど奇跡が起きない限り不可能である。


 初恋は実らないとは誰が言った言葉なのか。


 その気持ちに追い打ちをかけるかの如く、帰ってきてひと月後に母は家族に囲まれながら安らかに旅立った。

 やれるだけの事をやり切ったダニエルは不思議と満たされた気分で母を見送ることが出来たと満足していた。

 穏やかに微笑みながら母は逝く事が出来たのだ。


「これも全てハニーの…レティアーナ様のお陰、か…」


 空を見上げ、ここに居ない彼女を思う。

 初春の寒空に生える真っ白な雲が風に流されていた。


 拳を握り、ダニエルは自分に出来る恩返しは何かないものかと考えあぐねる。


 それは今までフラフラと放浪を続けていた自分には考えられないような心境の変化だった。

 あの頃の自分のままならば、公爵家だろうがなんだろうが無茶をしてでも彼女を攫おうと考えただろう。

 だが、今の彼女は恋い焦がれる相手の前に、一生を費やしても返しきれない恩人だと認識している。


 そんな時、王都から皇太子の使者が子爵家に訪れた。

 父に呼び出され、皇太子からの手紙を読む。

 渋い顔をしていた父にダニエルは迷わず宣言した。


「父上、子爵家は弟…アスキンに任せます。元々勘当された自分にここを継ぐ資格なんてないでしょうし、殿下やレティアーナ様に恩返しが出来るのであれば、この話謹んでお受けしたいと思います」


 子爵は静かに目を伏せると、一言だけ「そうか」と頷いた。



 翌日、トレンス子爵家からダニエル・ジェイ・トレンスと言う名の男がひっそりと姿を消す事となった。

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