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帰国の末 2

 =====



 薬は案外簡単に作れて、3日間欠かさずに使用すれば元の肌色に戻るはずの逸品が出来た。

 問題は材料が足りなくて一回分の一本しか作れなかった事だ。

 とは言っても、実験もして無いので本当に効果があるのかも怪しい。


 メルの方はというと、両替後そのまま不要なマジックアイテムを露店販売して、あっという間に大金を稼いできてくれた。

 これで当面の食料と馬も確保出来るはずだ。


 翌日には食料と馬を確保し、手に入れられる薬の材料を出来うる限り購入した。幸い、一部を覗いて殆どの材料が薬というより食材だったので何処かで残りの材料を採取出来ればメルの分も合わせて作れそうだった。


 服の方はというと、やはりまだ買う勇気が出なかった。

 肌が黒くても問題ない服はあるにはあったけど、元に戻った時に似合うか不安だったのでとりあえず節約することにした。


 メルはちゃっかり自分の服を早速買っていたわけだけど…

 濃い灰色の古着加工のスキニーにワイン色のすらっとした襟付きシャツを併せ、憎らしい程オシャレに着こなしている。

 まるで私が馬鹿みたいに見えてくる気がするのがなんとも虚しい。


「お嬢様にお似合いになる服も何着かありましたよ?どうせ直ぐ売ろうとなさるんですから買えばよかったんですよ」

 と、馬に跨りながらメルが言う。

「そうは言うけどまだ当分旅は続くから汚れてしまうだろうし、そうなったら売るに売れないもの。2年の間にこの格好にもだいぶ慣れてしまったし、これから交渉を行う上で話題作りにもなるだろうからとりあえずはこのままでいいわ」


 メルに続いて私も馬に跨ると、ポンっと馬の腹を蹴りブールの街を出発した。

 2年前はこの大きな馬に1人で乗れなかったというのに、自分でも信じられない成長ぶりだと感慨に耽る。

 成長期なんてもう終わってしまったと諦めていたのに環境が変わったせいなのかなんなのか、とにかく嬉しいとしか表現方法が思い浮かばない。


 ブールの南東にあるクレクソン領は、クレクソン伯爵が納めるとても小さな地域で、ダニエルの父であるトレンス子爵はクレクソン伯爵の下で補佐として働いているらしい。


 時々ダニエルに手紙は送っていたものの、返事が返ってきたのは最初のうちだけで、そのうち返事は返ってこなくなっていた。

 あれだけしつこかったのにチョット酷いわ。と少し文句を言ってやるつもりだ。

 まぁ、子爵と和解出来たみたいだから忙しいんだろうけど。


 ブールから2刻程進むと、難なくのどかな丘陵が続くクレクソン領に入った。

 この地域は王都にも出荷する程色鮮やかな様々な花を栽培している。

 栽培した花は生花はもちろんの事、香水などにも珍重されていて、観光地としても人気のある地域だ。

 特にウイニーでは新婚旅行で訪れる人が多いらしい。


 時期も丁度花の盛りなので丘陵からは香しい花の香りが漂って来ていた。


 村へ入るとまずはトレンス子爵の屋敷の場所を調べることにした。

 村人に尋ねたところ、子爵の家は村から離れた丘陵地帯の少し奥まった場所にあるという事だった。

 言われた場所へ向かうと、確かにそこに小さな屋敷が存在した。

 茶色い煉瓦造りの屋敷はうちの屋敷の3分の1程度の大きさで、屋敷を取り囲む塀は膝丈ぐらいの高さしかない。屋敷の周りには自家製農園と思われる小さな畑と、小さな井戸があるだけだった。


「ステキね。まるで花に囲まれたドールハウスみたいだと思わない?」

 目を輝かせながらメルに言うと、メルもこっくり頷いた。

「いいですね。あの男の家だっていうのが癪ですけど、素朴ながら落ち着きがあってボクも好きです」


 馬から降り屋敷の端に馬を誘導していると、屋敷の中から質素ながらも身なりの整った若い女性が出てきた。

「こんにちは。あの、うちに何か御用でしょうか?」

「初めまして。ワタクシ、ビセット公の娘でレティアーナ・ビセットと申します。こちらに住んでいると教えられたんですが、ダニエル・ジェイ・トレンスはご在宅でしょうか?」


 真名のアサルはまだウイニーで知られていない筈なので、あえて古い名前で自己紹介をした。

 私が名乗ると彼女は茶色い目を大きくしてから、上から下までジロジロと私を観察し、次に後ろに控えていたメルに目線を移した。


 ああ、やっぱりこの格好だと疑われちゃうのも仕方ないのかしら…


「ええっと、証拠になるかわかりませんが、前にダニエルから受け取った手紙と、古いですが殿下に書いてもらった身分証がここに。なにぶん今までベルンに居たものですからこんな格好で…」


 そういってダニエルの手紙とレイの書いてくれた身分証を提示してみせる。

 ふたつとも旅の間にだいぶ変色してしまっているけれど。


 女性は後ろで軽く束ねた茶色に近い赤い髪を少し掻き上げてから手紙の中を確認する。

「…確かに、この手紙は義兄のものですね。失礼致しました。私、ダニエルの義妹でメリー・フィリア・トレンスと申します」


 義妹って事は弟さんの奥さんって事なのかしら?

 何はともあれ信じてもらえたようで助かった。


「それで、ええと、ダニエルは…?」

「ああ!申し訳御座いません!義兄は今仕事でこの屋敷には居ないんですよ。なんでも皇太子殿下から直々に仕事の依頼が来たとかで半年以上此方には帰って来ていないんです」


 なんですって?!レイはそんな事一言も手紙に書いてなかったのにー!


「うぅ、それだと王都にいるって事ですよね?もしかしてトレンス子爵も王都へ?」

 がっくり肩を落としながらメリーさんに尋ねる。


「いえ、義父は夕方には夫と一緒に帰ってくる予定ですが…すみません。義兄の方は何処に居るかも極秘らしくって、たまに連絡は来るんですけど…いつ帰って来るかも判らなくって。わざわざ訪ねて下さったのに本当に申し訳ないです」

 メリーさんは申し訳なさそうに何度も頭を下げるので、私は慌てて手を振ってみせた。


「いえ、こちらこそ突然お邪魔してしまって!あの、それで、もしご迷惑でなければ子爵に言伝を頼めますか?相談に乗って欲しい事があるのでお暇な時にでも連絡を下さいと。ワタクシ達は暫く村の宿に滞在しようと思いますので」

「あの、それでしたら今夜こちらにお泊まりになっては如何でしょうか?大したおもてなしは出来ませんが…」

 メリーさんの提案に私は少し躊躇する。


 う、うーんどうなんだろう?トレンス子爵とは面識があまり無いんだけど、クレクソン伯爵は少しは顔見知りだし、その伯爵を差し置いて子爵の家に泊まったのがばれたら何かと厄介なような気がしないでもないし…


「あー…いえ、やめておきます。お忍びの旅みたいな所があるのでクレクソン伯に見つかったらそちらにご迷惑がかかるでしょうし。子爵にもそう伝えて置いて下さい。では、ワタクシ達はこれで」

「何のお構いも出来ず、すみません…」


 しょんぼりとして言ったメリーさんに笑顔で「いいえ」と応えたあと、私とメルは再び馬に跨り、もと来た道を戻っていった。

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