交渉と対話 9【フィオ編】
僕がレイに提示したのは3つのメリットだった。
一つは国境付近の警備。リン・プ・リエン内のゴタゴタに巻き込まれ無いように内側に向かって警備を行うと約束した。
おそらく内乱にまで発展してしまえばエルネストは同盟国のウイニーに協力を仰ごうとするだろう。
それをさせない為の警備強化を約束した。
二つ目はリオネスを1年匿う毎に2年間のリン・プ・リエンの関税減額を約束した。
もちろんこれは全てがキチンと片付いた場合のみになってしまうがウイニーにとってはこれほど嬉しい事は無い筈だ。
そして三つ目は開拓地で生産されている幻の薬草ナハトリーフを一定量無償で提供するというものだ。
ナハトリーフは夜にしか取れない貴重な植物で、自然界に極僅かしか生えていない見つけるのも困難な薬草だ。
それを何とか研究し、栽培まで成功させていた。
とはいえそこまで沢山量があるわけではないのでこれも極僅かになってしまうが、薬で国益を得ているウイニーにとっては少量でも嬉しい申し出になるだろう。
僕は全ての条件を提示すると「どうです?」と笑顔で手を広げて見せた。
兄上1人に対して破格の条件と言える筈だ。
本来ならリン・プ・リエンの関税減額で十分うまい話と言えるのだが、勝負は時の運とも言えるのでウイニーにとっても確定的な条件として薬草も付け足した。
レイはソファーの上に寝転がって腕を組んで考える。
僕はその間お茶を堪能してレイの判断をじっくり待つ事にした。
然程間も置かず、レイは目をゆっくり開いて起き上がるとニヤッと笑って返事を返した。
「いいだろう。お前の兄貴は丁重に預かってやる。だが薬草は前払いで頂きたいものだな」
「そういうと思ってましたよ。これがそのナハトリーフです」
そう言って僕は小包大の大きさの箱を鞄から出して机の上に置く。
レイは眉尻を上げて、箱の中身を確認する。
中にはキラキラと黄色に発行する乾燥させた葉がギッシリ詰まっている。
「なんだ、これだけか?樽一杯位はくれるのかと思ったぞ」
「何言ってるんですか!それだけの量でも使用人付きの大豪邸一件買ってお釣りが付いてきますよ」
「これでか?!」とレイは目を見開いてゆっくりと箱の蓋を閉める。
「さて、と」と言って僕は立ち上がる。
「話は着きましたし、僕そろそろ行きますね」
「なんだ、もう行くのか?久々に手合わせでもと思っていたんだが…」
少々残念そうにレイは言う。
「そうしたいのは山々ですが僕も忙しくってやる事一杯なんですよ。あ、さっきの話、絶対に誰にもしないで下さいね?レイだから話したんですから」
ニッコリ微笑んで僕が言うと、レイも「わかってる」と、苦笑しつつも返してくれた。
レイが国王になった時、僕はきっとこの国といい関係が築けそうだと確信している。
彼は国民にとって理想の王となる事だろう。
「それじゃあ、申し訳ありませんが、兄を宜しくお願いします。あ、あれでも国一番の騎士団長でしたのでこき使ってもらって構わないですからね?」
実の兄貴をこき使うって…とレイは呆れ気味に苦笑した。
「ああ、引き受けたからにはちゃんと保護しよう。…っとそうだった!フィオ」
僕が扉に手を掛けて外に出ようとした瞬間、すんでの所でレイは僕を引き止めた。
「なんですか?」
首を傾げて振り返る。
少し言いずらそうにレイは頬を掻きながら目線を逸らして僕に言った。
「お前、レティアーナにちょっかい出そうとしてるってウチの補佐官から聞いたんだが?」
その言葉が脳に到達する迄に数十秒、意味を理解した直後、火が付く感覚が全身を駆け巡った。
(クロエさんっ!本当に報告しちゃったんですね!僕流石に恨みますよ!)
「ちょ、ちょっかいとかっ言わないで下さい!僕は、本気で彼女が…その………って、なんで本人にも言ってないのにこんな事言わないといけないんですかっ!」
むすっと顔を背けると、珍しいものを見るような好奇な視線がヒシヒシと突き刺さってくる。
「お前…マジかよ……一体アレの何処が良いんだ………?」
目を丸くするレイをジトリと睨みつけながら答えてみせる。
「何処って……可愛いじゃないですか…健気だし、素直だし、何でも全力でやる所とか………笑った所とか…」
僕は今他人から見れば物凄く酷い顔をしているんだろうなと推測する。
なんせ耳まで熱くて堪らない。
「け…なげ……か………?アレの行動はトラブルばっかり起こして迷惑でしか無いんだが……お前の感覚は判らん」
「良いんです!僕が判ってれば!他の誰かが彼女の良い所に気が付いて持って行かれても困ります!聞きたいことはそれだけですか?僕もう本当に行きますからっ!」
ドアノブに再び手をかけて出て行こうとすると「いいや、まてまて!」とまた制止されてしまう。
「俺はあいつの事を小さい頃から嫌になるほど知っているが、俺はお前のその腹になんか抱え込んでるのも知ってんだ。人の色恋沙汰に口は出したく無いがな、あいつだけやめてくれないか?あんな奴でも俺は妹みたいに思ってる所があってな。不幸な目に合わせたくはないんだ。解るだろ?」
ドアノブにかけた手をジッと見つめる。
彼女を望めば彼女を不幸にする。か…
確かに僕が過去にして来た事、これからやろうとしている事を考えれば
…レティは僕を軽蔑するだろうか?
ギュッと唇を噛み締めてドアノブを見つめたまま何時もより低い声で言葉を吐き出す。
「……そんなもん、どうなるかなんてわかるわけないだろ。何もする前から全てを諦めるなんて僕はやだね。彼女を不幸になんてするつもりなんてサラサラ無いし、お前が障害になるって言うなら全力で潰すから覚悟しとけよ」
スッと顔を上げて凍りつくような眼をレイに向ける。
レイも僕の視線を受けて立つかのようにジッと見つめ返した。
フッとレイは目を細くする。青い瞳がまるで何かを見透かすように僕に突き刺さる。
「そこまでアレに本気とはな…まぁいい、俺が口出しすることでも無いか。だが、あいつが泣く様な事になったら俺もお前を許しはしないからな」
「そんな事絶対にあり得ませんから。では、兄を宜しくお願いします」
今度こそ本当に扉を押して外へ出る。そのまま振り返る事もなく、僕はウイニーの城を後にした。
ーーその後リン・プ・リエンに戻った僕は、エルネストに「兄上に逃げられた」と嘘の報告を書きそのまま暫く表舞台から姿を消した。
次にフィオディール・バルフ・ラスキンとして表舞台に姿を現した時、僕は激しく後悔する事となる。




