交渉と対話 5【フィオ編】
「雪狐を解散だと?」
僕の言葉に兵士達も唖然としている。
僕はコクリと頷くと、真面目な顔で話を続ける。
「僕ももう流石に疲れたんですよ。兄上が僕と陛下…エルネストとの間で板挟みなのは重々承知していますが、どっちつかずのままでいられても正直見捨てていいのか匿っていいのか判断に困るんです。あ、ゲイリーはそれならいっそ切り捨てろって言うんですけどね?血を分けた兄弟全員手にかけるとか僕、嫌ですし」
「お前…気付いていたのか?俺が兄上に色々報告していた事…」
もしかして、気付かれてないとか思ってたのだろうか……
少々呆れた顔で兄上を見上げる。
「あまり僕を舐めない方が良いと思いますが?そして兄上は少々浅はかです。確かに鯨波は軍事力がありますし海に関しては僕ですら手が出ないかもしれないですよ?しかし、です。あの人は絶対的に自分主義なんです。いくら兄上が保身の為に強いものに巻かれたとしても、僕を処分した後迷いなく兄上を抹殺して雪狐を手に入れようとなさるでしょうね?なんせ自分の父親を殺す位ですから造作もないでしょう」
「お、まえだって母上をっ!」
「アレは僕のせいではないでしょう?因みに誓って言いますが、王妃に毒なんて盛ってませんよ?夢想が四六時中監視はしていましたが卑怯な真似は全くしていません」
信じるか信じないかは本人次第だけど。
精神を追い込んだという意味では殺した認めてもいい。
随分噂にはなってしまっていたから否定するのも面倒臭くてそれが事実になりつつあった。
大差ないから僕としてはどうでもいいのだが。
ふぅ…と軽く息を吐き出す。
ここまで来たら話せるだけ話してしまった方がいいだろう。
どうせこの状況では生きるか死ぬかしかないのだから。
「エルネストに何を吹き込まれたのかは知りませんけど、今の状況をよく考えられた方が良いかと思いますよ?正直僕はもう、ここまでしないと兄上を信用することが出来ない。土壇場で裏切られる訳にもいかないのです。その代わり僕にキチンと協力して貰えれば絶対に悪いようにはしないと誓います」
兄上は険しい表情で、雪狐の兵に一通り目線を送った後、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「…もし、俺がここで拒否をしたら、お前はどうする気なんだ?言ったよな?俺は死にたくはないが部下を犠牲にする事は出来ないと」
チラリと腰の帯剣に目線を送ると、窓の外にも見えるように左手を柄に掛けて見せる。
すると外から窓が割れるのではないかと錯覚するような物凄い殺気が室内へ押し寄せてきた。
流石にこの殺気には兄上も雪狐の兵も気がついて思わず外に目を向ける。
僕は左手を下げると、ニッコリ微笑んで兄上に告げる。
「信頼に足る人物か疑わしい相手と対峙するのに、僕がゲイリーだけ連れてここに来るはずが無いでしょう?兄上が否と答えれば、兄上以外の雪狐が全員死ぬことになります」
右手を上げてパチンっと指を鳴らしてみせる。
間も置かず、部屋の至る所でブォンっと言う不快な音が響き渡る。
奇妙なその音に雪狐兵や兄上が警戒心を強めたが、時既に遅し。
状況を把握しようと目配せをしている雪狐兵は、見えない何かによってあっという間に組み敷かれてしまった。
兵の首元をよく見ると銀色の鋭い光沢がそこにある。
徐々に人の形を表したそれは、庭から屋敷内へ転移した夢想兵達だ。
短距離ならば陣無しでも夢想兵ならばこれくらいは出来る。
状況を把握した兄上は絶句し、動けないまま目の前の兵を呆然と見つめていた。
「何故だ…何故こいつらを殺して俺だけ生かそうとする」
ようやく言葉を見つけ出し掠れた声で吐き出した。
状況を把握しても心がついて行かないと言ったところか。
「兄上を殺してしまうのは簡単ですが、それより雪狐を人質にとった方が兄上にとっては苦痛でしょう?今まで散々裏切っておいて楽に死なせるほど僕は甘くないですよ?」
正直に言えばこんな回りくどい方法は僕好みではない。
利用価値がなければとっとと始末している所だなどと決して口にはしない。
兄上は「ッチ」と舌打ちをすると、唇を噛み締めながら「わかった」と何とか言葉を絞り出した。
やがて、震える手で懐中時計を取り出すと、蓋を開けてキツネの召喚を行う。
懐中時計は白い淡雪のような光を発し、光は球体を成して天井で弾け飛ぶ。
そこから白く美しいキツネが姿を現し、着地と同時にふさっとした耳と尻尾の生えた若い女性の姿を成した。
「はぁ〜い♪」
と、この場にそぐわない明るい声が響き渡る。
白く寒々しい衣を赤い帯で締め、長い銀髪にはジャラジャラと氷柱を模した簪が刺さっている。
全てを凍てつかせるような氷の瞳とは裏腹に、その性格は陽気すぎるといえる。
「雪狐、聞いていたな?お前とこのような形で別れることになるとは…申し訳ない」
兄上は深々と頭を下げる。
雪狐は耳をピクピクと動かしてキョトンとしながら首を傾げた。
「それは別に構わないんだけどぉ〜。次の契約者が居ない事には契約破棄は出来ないわよぉ?そこんところだいじょうぶぅ〜?」
「雪狐の契約条件ってなんなんです?」
「いい男」
僕の質問にズバッと即答で返って来た。
漠然としているけど実にシンプルだなと頷き納得する。
「じゃあゲイリーはどうでしょう?強面ですが悪い男ではないと思いますよ?」
そう言われて雪狐はジロジロとゲイリーを上から下まで値踏みする。
「え〜…どぉしようかなぁ〜?私どちらかと言うと色が白い人が好みなのよねぇ〜?」
まぁ、ゲイリーは確かに色黒だが、ユニコーンと契約してる僕が契約するわけにはいかないし…
「色白というとホルガー辺りになりますかね?と言ってもここには居ませんが」
ゲイリーは少しガッカリした表情で顎髭を撫でながら言う。
ってゲイリーでも落ち込むことがあるんだな。もしかして女性が弱点だったりするのか?
「ここに居なくても名前さえ判れば破棄後に契約出来るわよ?因みにその人のフルネームは?」
「ホルガー・ヤネスです」
「オッケー!ホルガー、ホルガー、ホルガー・ヤネス……うんうん。解った。チョット見てくるから待ってて!」
キツネはシュルンと音をたててその場から姿を消す。
そして暫くするとまた同じ場所に姿を現した。
目をキラキラと輝かせて瞼が少し高揚しているのが見て取れた。
「いいわ、いいわ!あの人がいい!私の好みドンピシャよぉ!リオネス!早く契約破棄して!!」
キツネの様子に兄上は呆気に取られる。
僕も何度か兄上がキツネを使っている所を見たことがあるけど、実に忠実な下部と言った印象が強かったからこうもアッサリしていると少々兄上が可哀想な気になってくる。
兄上は首をぶんぶんと横に大きく降ると、気を取り直して懐中時計をキツネに差し出す。
「今までご苦労だった。その、お前が居てくれて助かったし楽しかった」
キツネは握手をするように兄上の手に自分の手を重ねるとにっこり微笑んで懐中時計を受け取った。
刹那、2人は白い光に包まれてパラパラと硝子のようなものが崩れ落ちる音がした。
「契約破棄終了♪リオネス、私も楽しかったわぁ貴方、これからもっともっといい男になるわよぉ♪じゃあねん♪」
そう言うとあっという間にキツネはその場から姿を消した。




