デートじゃありません、散歩です!
フィサリス公爵領の主都であるこの町は、ピエ・ド・ラ・モンデュックというそうで、長いので通称『ピエドラ』と呼ばれているそうです。
別荘に来る前に町中を通ってきましたが、なかなか素敵な町で乙女心をくすぐられました。
ですので、
「旦那様? 後で町に行ってみたいのですが」
到着早々、旦那様にお願いしてみました。
王都から半日で着くと言われていた公爵領。ゆっくりとした道中でしたがそれでも夕刻前には領地についているので、ちょっとくらいなら町中を見て回れるかなと思ったのですが。
「今日、これからですか?」
さすがに急でしたか。旦那様はちょっと驚いています。
「はい。あ、別にいつでもいいんですけどね」
「今日はこちらに着いたばかりで疲れているでしょう? 結構長い時間馬車に揺られて来たんですから。明日はどうです? 明日なら特に何も予定を立てていないので大丈夫ですよ」
「それでもいいです。ではお散歩がてら歩いて行くのでも大丈夫ですか?」
せっかくの町探検ですから、馬車で移動なんて無粋なことはしたくありません。馬車に乗っていちいち街角のお花屋さんやカフェになんて行けませんよ。
「散歩がてらですか? デートでしょ?」
「さ・ん・ぽ です」
「……まあ、いいでしょう」
私の提案に、旦那様ははじめ『どうしようかな?』って顔をしましたが、すぐさま引っ込めてロータスとフェンネルの顔をちらりと見てから、答えてくれました。アイコンタクトってやつですね!
多分、護衛とか警護だとかなんとかだと思います。だって旦那様は超重要人物ですもん。 何かあった後ではいけませんもの。ここは王都と違いますからね。え? 王都は安全ですよ? 私も実家にいた頃は、一人でよく買い物に行ったものでした。それに、旦那様と二人で外出した時も、護衛さんは付いていませんでしたし。
話がまとまったところで、フェンネルに案内された私たちの部屋。
そう、私たちの部屋です。
「いずれ使うだろうと、奥様が準備なさっていました」
と言って通されたのが『若旦那様とその奥様のお部屋』でした。うん、ちゃっかり準備されてました。
ワタシ的には客室を二つ借りるんだろうな~なんて楽観視してたんですがね。
一瞬『いつも通り、部屋は別でお願いします』なんてごねそうになりましたが思いとどまりました。
そう。それは王都の公爵家だから通る話で。
私たちの事情を何も知らないであろう別荘の使用人さんたちに迷惑をかけることもできませんからね!
だから私は何食わぬ顔をして、
「まあ、素敵なお部屋ね! お義母様たちにお礼を言わなくちゃ!」
なーんて演技をしましたけど。
幸い寝室と居室が別になっていたので『着替えは旦那様が居室で、私が寝室で』という取り決めになりました。ええ、グレーゾーンは存在させませんよ! 寝る場所は、いつもの押し問答を一通りやってから『同じベッドで寝る。ただし境界線アリ』ということになりました。あ~、シャケクマ持ってこればよかったなぁ、なんて思ってみたり。しかし後悔は先に立たずなので今回の境界線は枕とクッションです。まあ、それを置いても広々としたベッドでよかったです。
次の日。
朝食をいただいてから、出かける支度をしに部屋に下がりました。。
寝室に入り、昨日のうちにステラリアが荷ほどきしてくれていた中から一番気張らないものを選びます。
「これでいいかしら?」
生成りのワンピースは白いレースの襟がかわいらしくあしらわれています。シンプルですがラインの綺麗なデザイン。マダムのところのデザインは、どれもこれも着る人を引き立ててくれますねぇ。
「ええ、いいと思いますわ。靴はこちらで。ヒールのないものの方が似合います。髪は町娘風にさっくりとまとめましょうね。アクセントにちょっと大きめのリボンを結びましょうか」
そう言いながら手際よく私の支度を手伝ってくれるステラリアです。メイクも、いつも通りのナチュラルメイク良妻バージョンで。
そう凝るところもないので、支度は至極あっさり整いました。
寝室を出ると旦那様も準備ができていて、ソファに寛いで何か書類に目を通しているところでした。旦那様も、侍女さんが選んだ(私じゃないですよ~)、カジュアルなお召し物です。ネイビーのコットンスラックスの上に、白いシャツを着ています。もちろんシャツはアウトで。
とってもシンプル服装なのに、滲み出る高貴なオーラがハンパネぇです。どんなお召し物を着ても、滲み出る生まれながらの気品というものは隠しきれないのですね。
私なんてまるきり町娘だと思うんですけど。町娘がちょっと頑張った感じでしょうか。自分で言ってて悲しくなりますけど。
まあそれはこの際いいです。目をつぶります。
私が寝室から出てきたのを見つけた旦那様は、手にしていた書類をテーブルに置くと、
「今日もかわいらしいですね! デートが楽しみですよ」
ニッコリ超絶素敵スマイルをぶちかましてきました。ああもう、ぶちかまされたんですよ。
って、やっぱりデートとか言ってるし。
「お待たせしてしまいました! 支度もできましたし、出かけましょうか」
デート云々はスルーして、私は旦那様を促しました。
使用人さんたちに見送られて、別荘を出発する私たち。しかし護衛の方が見当たりません。
「旦那様? 護衛さんはいいんですか?」
周りをきょろきょろとしながら旦那様に聞きましたが、
「ええ、大丈夫ですよ。貴女が気にすることはない。では、いきますか」
そう言って手のひらを差し出してきました。ん? なんで手のひらでしょう?
旦那様の意図がわからなくてその手をじっと見、小首を傾げます。
すると苦笑した旦那様が、差し出していた手で私の手を握ってきました。
「はへっ?!」
予想外でした。びっくりしたのでおかしな声出ちゃったじゃないですか!
間抜けな顔をしていると思われる私の顔を見て、旦那様は。
「せっかくのデートですし、たまには、ね」
クスクス笑いながら言いました。
いや、その、たまにも何も。
「……恥ずかしいんですけど」
「これくらい、街中じゃみんなやってますよ」
私が繋がれた手を持ち上げてみても、離れるどころか旦那様の手ごと持ち上がってきます。繋がれた手から旦那様に視線を向けると、旦那様はにっこりと微笑んだまま。
「みんなって、旦那様、見たことあるんですか?」
「ナニカナー? さ、今度こそ行きましょう!」
あらぬ方を見てとぼけましたね、旦那様! みんなって、見てないくせに!!
ああもう、私たちを見る使用人さんたちの生温かい視線がいたたまれません。そんな微笑ましげに見ないで……。ここは三十六計逃げるにしかず!! 早くこの場を逃げ出そう!
そう決めた私は首だけ振り返り、
「じゃあ、行ってきまーす!」
「「「「「行ってらっしゃいませ!」」」」」
元気よくお見送りの人たちに手を振り、旦那様を引っ張って町への道を歩き出しました。
緩やかな坂道を少し下った頃には、お見送りの使用人さんたちは見えなくなりました。
「今日はこのまま町散策ですか?」
繋がれた手をまじまじと見ながら旦那様に聞けば、
「もちろんですよ」
楽しそうな声が返ってきました。
「ええ~、恥ずかしいですよ」
「そうですか? 僕は全然恥ずかしくないですけどね~」
って、旦那様。羞恥心、どこかに置き忘れてきたんじゃね?
今日もありがとうございました(*^-^*)
まだまだ活動報告にて小話祭りを開催中です♪ よろしければ覗いていってくださいませ!




