旦那様のお部屋
ダリアから今回の旅行の趣旨を聞きつつ、どたばたと家出……もとい旅行準備をしていると、あっという間にお昼時間を過ぎていました。
いつもの昼食の時間に侍女さんが呼びに来てくれたんですが、やりかけの仕事を放り出していくのもなんだかなぁと、荷作りを優先したのです。っていっても動いてくれているのはステラリアとミモザですけどねっ! そんな二人を見捨てて、私だけご飯を食べに行くなんて薄情なことできませんよ~。
途中、マダム・フルールのところから連絡があり、仕立てている服は夕方には届けてもらえるとのことでした。どんだけ超特急で作ってくれたんだろ……。ありがとうございます。今度はちゃんとしたドレス、作らせていただきましょう。
ステラリアの指揮の元に、どんどん荷物がトランクに詰め込まれていきました。
後はマダムのところから届けられる、新しい服を詰め込むだけになっています。
「こんなもんでどうでしょう?」
パンパン、と手をはたきながらステラリアが充実感たっぷりに微笑んでいます。
「すごいわねぇ! ありがとう。私、荷作りとかしたことなかったから、二人がいなかったらにっちもさっちもいかなかったかも」
きっちり隙間なく埋められたトランクを、感心の瞳で見つめます。
あちこちから引き出されてきていた衣類や靴などが、きちんとトランクに納められているのです。プロの技です。しっかりと見て技術は盗ませていただきます。
ようやく昼食をとりにダイニングに向かうところで、ちょうど旦那様が帰ってきました。
正確に言うと階段を下りているとエントランスの扉が開いたのです。
「奥様。旦那様がお戻りになられました」
すぐさま私の姿を認めたロータスが声をかけてきました。
「もうそんな時間でしたのね。お帰りなさいませ、旦那様!」
旦那様にお出迎えの言葉をかけつつ、階段を急いで下りました。
そう言えば旦那様は今朝出かけていく時、お昼過ぎ頃に帰ってくるって言ってましたね。お昼は先に食べてていいって言われてましたけど、あらやだ、これじゃあまるで待っていたみたいになってしまいましたねぇ!
「ただいま、ヴィオラ。今日は予定通り仕事を終えてきましたよ。これで晴れて明日から休暇に入れます」
旦那様はよほど休暇が嬉しいのか、上機嫌でニコニコしています。
「それはよかったです。お疲れ様でございました。ああ、今からちょうど昼食ですの。旦那様もよろしければご一緒にいかがですか?」
使用人さんたちに手間をかけるのもなんですしと思い、私は旦那様を昼食に誘ってみました。まあ、ひょっとしたら仕事場で済ませてきているかもしれないですけどね。それくらいには十分昼食時を過ぎているのですが。
すると、ぱああっと旦那様が顔を輝かせました。さらにご機嫌UPでしょうか。
「まさか、ヴィオラ、僕の帰りを待っていてくれたんですか?」
ウルウルと濃茶の瞳を潤ませた旦那様が聞いてきました。あ、そっち?
「いいえ? 旅行の荷造りをしていたら食べそびれてしまいましたの。早く食べないと片付かない~ってカルタムに叱られちゃいますわ~……って、旦那様?」
ありのままをお伝えしたのですが、旦那様はピカピカの笑顔を一瞬で消し去ると、ガクッと項垂れてしまいました。
そして、
「うん、だよな。そうだ。そうだよな……」
うなだれたまま何かぶつぶつつぶやいています。
「旦那様?」
よく聞こえないので近付き、顔を覗き込めば、グイッと袖口で目元を拭い、
「いや、何でもないですよ。ちょっと心の汗が滲み出てきただけですから」
そう言って無理矢理微笑む旦那様でした。
ここは前向きに、お一人様昼食が回避できたと喜びましょう。
旦那様と一緒に美味しいランチを食べ終え食後のフルーツをいただいていると、話の流れが旅行準備のことになりました。
「ヴィオラの分の荷造りはできたんですね?」
「はい。ミモザとステラリアに手伝ってもらって、なんとか。後はマダムのところから仕立ててもらっている分が到着すればおしまいですわ」
夕方には届くということですから、十分余裕を持って支度は完成ですね。
私の報告を微笑みながら黙って聞いていた旦那様ですが、おもむろに。
「そうですか。では午後は僕の荷造りをしなくては。ああ、そうだ。僕の荷造りを手伝ってもらおうかな」
なんてことを言い出しました。
は? 旦那様の荷造りを手伝えとな? 自分の荷作りすらしてない私に何言っちゃってんですか、コノヒトは! いや、私が荷造りしてないことは知らないか。いやいや、そういうことは侍女さんにお願いすることじゃね?
ええ、驚きのあまりに動揺しまくってしまいましたよ。失礼いたしました。
目をぱちくり。旦那様を思わず二度見。そのまま旦那様の麗しきお顔をガン見していると、
「手伝うって言っても、服のコーディネートをしてもらうということですよ? まさか貴女に侍女のようなことをさせるつもりはありませんよ!」
私の驚きを正確に読み取った旦那様が、クスクス笑いながら補足してくれました。
それも待った。私に旦那様の私服をコーディネートしろと? コーディネートはこーでねえと! っていう、さっむーーーいオヤジギャグが頭をかすめていったくらいに驚きです。ヤバ。私マジヤバいです。さっきから平常心が行方不明です。
頬をひくつかせていると、
「ほら、いつか一緒に買い物行った時も、ヴィオラのセンスはよかったしね。いつもセンスのいい服を着ているし、飾り物もそれに合ったものを選んでいるし」
と、なぜかべた褒めです。
つーかそれ、全部ミモザのお手柄ですけど。
一緒に買い物行った時は、むしろセンスとかそういうんじゃなくてあの場にあった、一番無難なものを選んだだけですからね!
普段着はミモザが嬉々として選んでくるんですからね! 上から下まで、私は着せ替え人形ですからね! 私のベストチョイスはお仕着せですから。
旦那様のお支度を手伝うのに、私付きの侍女を連れて行くわけにもいきませんしね。そんなことしたら、旦那様付き侍女さんのメンツ丸つぶれですから。
しかしまあ、えーと。いきなり旦那様の私服を選んでくれと言われましても、なんつーハードルの高さよ。
旦那様の突然の思い付きに私が固まっていると、視界の端に旦那様付きの侍女さんたちが。
彼女たちは旦那様の後ろに控えているので旦那様からは見えませんが、いい笑顔で私に向かって小さく親指立てています。ええ、励まされましたよ。大丈夫そうですね!
「お役に立てるかどうかわかりませんが……」
渋々ですがお返事すると、
「では、食後のお茶を僕の部屋で飲みながら、支度をしましょうか! ダリア、僕の部屋にお茶の用意を」
「かしこまりました」
旦那様はすぐさまダリアにお茶の用意を言いつけていました。
よく考えると、旦那様のお部屋に入るのは初めてです。
やむを得ず同室する時は、いつも私の部屋に旦那様が来る形ですからね。私室とか私の部屋と言ってますが、いちおう表向きには『夫婦の寝室』ですから。
前にも言いましたが、寝室との間に一つ、旦那様の書斎を挟んで旦那様のお部屋があります。部屋の前までお見送りはしますが、いつもそこまで。中まで入ったことはありませんでした。お掃除だって、私の管轄じゃないですしね~。
「どうぞ」
旦那様がスマートに扉を開けて、中にエスコートしてくれました。
「あ、失礼しまーす」
ちょっと恐縮しつつ、旦那様のお部屋に足を踏み入れると、そこは私室とは全然違う、シックな色合いで纏められたお部屋でした。
挙動不審とは思いつつ、物珍しさにあちこち目をさまよわせ観察させてもらいます。
私室よりは少し狭いお部屋ですが、それでも十分な広さですよ。
私の部屋が、花を飾ったり手作りのクッションを置いていたりと、明るいナチュラルな感じなのに対して、旦那様のお部屋の調度はどれも濃い茶色で、渋いというよりはどっしりとして落ち着いた感じですね。かわいらしさのかけらもありません。男の人のお部屋だなぁという印象です。
ベッドは私室のものよりは小さめですが、それでも三人は十分に眠れる大きさです。あ、ベッドは私のほうが家主である旦那様より贅沢させてもらってるんですね、なんかスミマセン。と、どうでもいい恐縮はおいといて。
あちこちをもの珍しそうに見ていたからか、
「ああ、ヴィオラは初めて僕の部屋に入りましたね? 殺風景でしょ」
とくすくす笑っています。
「いえ、落ち着いた素敵な部屋だなぁと思いますよ?」
「そうですか? そうだ、今度ヴィオラの手作りのクッションか何かを作ってもらおうかな。僕の部屋にだけ、ヴィオラお手製のものがなくてさみしいですから」
旦那様、何気に『だけ』を強調しましたね? ま、まあ? この部屋だけは手つかずで放置しておりますから?
「あんなのでよろしければ」
「楽しみにしてますよ」
そんなことを話しながらも旦那様にエスコートされ、連れてこられたのは部屋の奥にある扉の前でした。
「この中から適当に、そうだな、僕も六、七着見繕って持っていこうかなと思うんですけど」
「はあ」
ぱかーっと開かれた扉の向こうは、私室のよりも小さめですが、それでも立派に衣裳部屋でした。夜会などに着ていく派手目の正装や、普段に着る服などがずらーっと並べられています。騎士様の制服もありますね。洗い替えですか。
私室のグラデーションドレスよりかは目に優しい色合いですが、それでもこの中から選べって……。
軽く途方に暮れていると、
「はい、失礼いたしますねー」
「お鞄はこちらですね」
「まずは細々としたものから揃えていきましょうねー」
どいたどいたーといった感じで、旦那様付き侍女さんが衣裳部屋に乗り込んできました。
た す か っ た ! ナイスなタイミングですよ!
侍女さんたちが出動したので、私たちは邪魔にならないように衣裳部屋を出ました。そして、これもまた座り心地最高のソファに案内され旦那様と並んで腰掛けます。ダリアによって既にお茶の準備はされていました。
お茶をいただきながら、侍女さんたちがてきぱきと動き回るのを見ています。いやー、やはり旦那様付き侍女さんたちもいい仕事をしていますね~。夜着や下着など、サクサクとお目当てのものを取り出してきて、どんどん詰め込んでいきます。ミモザとステラリアとの違いは、あちらはどの靴にするか、どのお飾りにするか、真剣に、しかし楽しそうに選んでいたのに対し、こちらはそんなに選ぶ余地がないからか、淡々と仕事をこなすといった感じでしょうか。手際の良さは同じなんですけどねぇ。
そんなことを思いながら見ていると、一通り必要なものを詰め込み終えたのか、お次は旦那様のお召し物のチョイスに入ったらしき侍女さんs。
「このジャケットにこのシャツに、このパンツでいかがですか?」
「あら素敵ね! いいと思うわ。それにそのパンツだと、さっきのシャツにも合いますよね」
「くだけた感じで、このシャツはインしないで上から出して着るというのはどうでしょう?」
「そうね~。寛いだ感じでいいですね」
「このキュロットの時はブーツがお似合いになりますわよね? このパンツの時はこのローファーがよろしいのでは? デッキシューズもご用意しておきましょうね?」
「それがいいわね」
侍女さんたちは、次々服をチョイスしてきては私のところに持ってきて意見を聞いてきます。私はそれにイエスと答えるだけでいいのです! 上手いね、侍女さんs! まるで私が選んでるみたいです。全然選んでませんが。
旦那様もどんどん決まっていく服をお気に召しているようで、口を挟むことなく私と侍女さんの会話を聞きながら優雅にお茶を飲んでいます。
旦那様用の黒色の旅行鞄に、決まったものからどんどん詰め込まれていきました。
私、旦那様のお部屋にお茶しに来ただけみたいです。
今日もありがとうございました(*^-^*)
遅ればせながら3/21の活動報告に小話を載せています。よろしければそちらも覗いてやってくださいませ♪




